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〜自然が答え〜岸和田ニノ段

大阪2件目は、同じ岸和田市で畑とみかん畑を不耕起の自然農で育てている『寺岡自然農園』さんにお邪魔しました。



寺岡自然農園では畑は耕さず、雑草も共に育てる草生栽培。
作物が自然に種を落とし、自生する強い野菜のみを育てるというまさに自然の摂理に合わせた栽培方法だ。
苗も同様に、苗床などの温室で温く育てる事はせずに、露地で落ちた種が発芽した物を苗として別の畑に定植していく。
畑は同じ作物が綺麗に参列するものの、所々に自然発生的に起こる共存関係『コンパニオンプランツ』も目立っていた。
人が管理する畑と言うよりは、自然に作って貰う畑を人が見守るといった印象を受ける畑だ。













販売方法も一般的な農家がしているような決まった量を大量に生産して卸す事はせず、自然に出来た旬な物を野菜Boxとして理解ある個客に届ける。
作る焦りはなく、出来た物をというこのスタイルは畑の栽培方法と同様に無理のない自然な経済バランスにまで及んでいる。

お話をうかがったのは寺岡自然農園代表『寺岡 一郎(てらおかいちろう)』さん。
ベジタブルジャーニー89件目の農家さんです^ ^



自然農との出会い

農家になる前に家庭菜園を無農薬でやってたけど、農家になるにあたって研修した先が慣行農業やったから、最初の頃はその流れで化学肥料もホンマちょっとの間やけど使ってましたけどね。
ほんだら、ここの村のみかん農家さんと知り合って、その人が『MOA自然農法』をやっる人で「そんなせんとアンタこんな栽培あるで」と教えてもろうて。

昔は有機農業で農薬使わんと有機肥料使ってやってたんやけど、それでもやっぱり虫の害や病気やいっぱいあるしね。
色々勉強していくうちに肥料使わんでいい川口さんの『自然農』のやり方を知って。
でもなんでそんな事が出来るんやろゆう疑問を持ち続けて、川口さんの勉強会行ったりしてて。
農業始めて15年目やけど初めの5年間くらいはずっと悩み続けてたな。
有機農業やりながら自分自身が有機農業を納得できずに。
川口さんの所に行って、自然農に切り替えてから不耕起で草と一緒にやりながら、今度は農家としての収入がそんなやり方でって疑問が出てきて。
ずーと悩みながら3年経って、放っといたら勝手に出来てくるみたいになって来て。
これはこれで行けるんやなって。
今は全然迷いはないですね。



寺岡さんはなぜオーガニックを選んだのですか?

もともとサラリーマンやってて農業しようと思った時に、なるべく安全なものがえぇかな?ぐらいの軽い気持ちでやってて、自然農法とか自然農があるってだんだんのめり込んで行ったんです。
生き物てみんな他の命を食べて、それが健康な命でないと健康にならへんから。
やっててだんだんこんなのがえぇんやなって後から気付いてきたみたいな感じですかね。
肥料やり過ぎたり、化学肥料に限らず有機肥料でもなんでも、肥料だけやってる野菜っちゅうのは人間で言うたら栄養取り過ぎて身体にコレステロールがいっぱい溜まった感じで、筋肉質じゃないブヨブヨの身体と同じ。
多分野菜もそうだと思うんですよ。
そやからあんまり見た目だけ大きくして綺麗に揃えて作っても中身が多分ないから健康になれへんね、人間がそれを食べるんやから。



寺岡自然農園のこだわりとは?

僕はとにかく出来るだけ自然を壊さんようにと。
自然が1番上手いこと出来るように思うんですよ。
人が手を加えたら加えるだけ反作用みたいなものが必ずある。
いかに自然を利用して、出来るだけ手を加えんようにして。
でもやっぱり栽培やからね。
何もせんと放っといたら山みたいになってしまうし、雑草でも生い茂りおるし、目的の物より雑草のがよう出来てしもうたりするから、そこら辺を上手いこと出来るだけ壊さんように手を加えて。
まぁでも始めの頃は病気や害虫で難儀したけどね、あんまり今はないですね。
病気もたまにはあるんですよ?
たまに病気の野菜が出来るけど、その部分だけで終わるし伝染なんか全然しない。
昔は徹底的に取って、ビニール袋で隔離してどっか持ち出して焼いたりとかね。
今は病気出てもそのまま放っておくんですよ。 それ以上広がらへんし、多分病気に対抗する何かがあってそれでだんだん強くなって今はもう何も苦労してないね。

害虫の場合もあるけど、あんまり気にせず放っておいても全滅する事はないんですよ。
100あったら昔は酷かったら90くらいやられてたけど、今は酷い時でも20%くらいやられる事はあるけど、こんな風にいっぱい種類作ってるから別にえぇなと。
白菜やキャベツ植えても一箇所じゃなくあっちこっち植えるんですよ。
ここの畝がやられても向こうは助かってるみたいな。

なるべく植え付けすらも自然に近い形でやってますね。





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〜地球の恵み〜岸和田ノ巻

ベジタブルジャーニー20県目の大阪府に入りました!
大阪府は東京都、神奈川県に次いで日本第3位の人口規模を持ち、人口密度は東京都に次いで日本第2位。
県内総生産は、東京都に次いで全国第2位の言わずと知れた日本にある大都市の1つ。

そんな大阪で向かった先は、大阪府泉南地域に位置する岸和田市。
泉南地域の中心都市でもあり、大阪府の出先機関や企業の支店などが集中していて、岸和田『だんじり祭』で有名な所。

伺ったのは岸和田市で田畑を自然栽培している『小太郎農園』さん。

春日和の
陽のような
らかな農園をめざして、、、

小太郎農園では畑で野菜を育てる他にも田んぼ、果樹、里山での竹の子栽培に加え、加工免許を取得し自宅を加工所にリノベーションして、栽培したお米から麹を作ったり、味噌や玄米餅、調味料と様々な加工品を手掛けています。

種も全体の約8割が自家採種。
全てが固定種というこだわり。

小太郎農園代表『前田 博史(まえだひろし)』さんにお話をうかがいました。
ベジタブルジャーニー88件目の農家さんです^ ^



(可愛い名刺入れ)


農法は自然栽培?

この辺は不耕起栽培なんです。
不耕起と耕起するところを分けてるんですけど、どんどん不耕起を広げて行ってるんです。
不耕起の方がよく出来るんですよね。





自然栽培と自然農の間ぐらいかな?
自然農みたいに草と共に生やすって感じでもないんですよ。
野菜が育ってる時は、草はわりと取ります。根っこから抜いて。
野菜が終わりかけの頃になったら草を生やして。
夏の野菜を作る時は冬場に冬草を思いっきり生やすんですね。エンバクとか麦とかマメ科の植物を。
最初はわざと種を蒔いてたんですけどだんだん自生してくるようになって。





夏の野菜を植える所には冬の草が生える様にしてて、冬草が生えてちょうど5月ぐらいに枯れてくるんですよ、そこに夏野菜を定植とか、種を蒔いたりして行くんです。
冬草が絨毯みたいに最後枯れて行くので、刈るんじゃなくて踏み付けて倒してその間に植えると良く育つんです。

冬草が根っこを張って、言うたら耕してくれて。
根っこには作物に必要な窒素も固定してくれて、最後は枯れて根っこがあった所も空洞になって、これで排水もすごい良くなるし、空気の道も出来て菌も住みやすくなるので、多分それでよく出来やすくなるんかなっていう。
耕しても出来るんですけど、耕さへん方がなんか粘り強いっていうか最後までよく育ってくれるっていうか。
耕したやつは最初は根が張るからバァーってなるんだけど割と早く終わるというか。
でも不耕起はゆっくり隙間に入ってくから夏の野菜でも12月まで採れたりとかするんですよね。





農家になった理由とは?

もともとは営業の仕事をしてて、辞めてフリーターみたいな生活でコンビニの夜勤とかやってて、知らんうちに店長になって。
そうなってくるとコンビニの事情とか、食べ物の廃棄もめっちゃ多かったし。
この弁当作るのに色んな国からフードマイレージ使ってやっと1つの弁当出来たのに、また売れへんとかで捨てるだけとか。
便利な世の中なんやけど、なんか凄い違和感と言うかしんどくなってきて。
かたや食糧難とか言ってるのに、こっちではこんなに捨ててたり。
しかも食べ物なのか何なのかわからん化学的な物ばっかりいっぱい入ってて、そういうのに凄い疑問を持ち始めて。
その時期に気持ちを切り替えようと思って、ちょっと海外とか行ったんです。
第3世界と言われてる南太平洋とかそっちの方に行ったんですけど、現地のみんながすっごい生き生きしてたと言うか、お金はないんですけどなんか違ったんですよ。
そういう世界を目の当たりにして日本に帰って来てから余計に「いやぁもう無理やな」ってなって。
昔から環境の事とかに興味があったので、そういう勉強をしてたんです。
「ビオトープ」ってあるんですけど自然環境を再生するみたいな資格の勉強をしてた時に言ってたのが『日本の田んぼとか畑が日本の自然を守ってくれてる』みたいな事が書いてあって。
やっぱり根本的なとこから行きたいなと思って農業やりたくなったんです。



ほんで有機農家さんとこ行ったんですけど、そこでも疑問をめちゃくちゃ感じてしまったんですね。
有機ペレットとか色んな糞を入れたり、その糞はもしかしたら遺伝子組換えのエサを食べたり、どこの糞かも分からない物をバンバン土に入れたりする事に疑問を持って。
その時に自然農の川口さんの事とかを知って、そっちの畑を1回見学行かしてもらった時にすごい気持ちが良いなと思って「あぁ、こっちやな」みたいな感じになって。
有機農家さんの所で研修してたけど、気持ちは自然農の方をやって行きたいなという思いでやってて、独立したんです。



今やられてる農法の技術や考え方はどこから?

たまたま自然農やってる知り合いのおじさんが近くに居てて、さっき言ってた夏草と冬草を利用するとかそういう農法をやってる人とたまたま出会って、それで1〜2年ぐらい師匠みたいな感じで付いて色々教えてもらったんですよ。
そんで不耕起のやり方でやったらよく出来たんです。
「あぁやっぱこれやな」となって、今は自分なりにアレンジしてやっていってる感じです。





前田さんにとってオーガニックな栽培方法を大切にしている比重ってどこが1番占めていますか?

多分、嫁さんは『食』だと思うんですよ。
そういう事に関心があって、料理作るのもすごい好きやし、アレルギーの事とか色んな事を。
自分は『環境』の方かな。
食は嫁さんの影響でって感じなので。
食にも関心はあるんですけど、放射能の事とか色々活動とかもしたんですけど、でもやっぱりメインは汚れて行くのが嫌なんですよね。
どんどん土が悪くなってくのを見るのが嫌で。
どっちかって言うとそっちのが気になって仕方がないという感じかなぁ。

小太郎農園のこだわりとは?

楽しみたいってとこですかね。
楽しんでやらないと意味がないって言うか、苦しい苦しいでやってたらそんな人見て「えぇな」ってならないと思うんで。
楽しみたいっていうのが理想かなぁ。
地球は、美味しい。
地球は、たのしい。





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〜繋ぐ価値観〜明日香二ノ段

昨日の明日香ビオマルシェ4周年の抽選で当てた自然栽培米を育ててる方が、埼玉県出身で奈良に移住して新規就農したという事でお話を聞きに行く事に。
たるたる農園さんと共に明日香村を盛り上げる事に貢献している稲作農家『minimal life(ミニマルライフ)』さんにお邪魔しました。

この日は稲刈りの日。



作業の合間にお話をうかがったのはminimal life代表『瀬川 健(せがわけん)』さん。
ベジタブルジャーニー87件目の農家さんです^ ^



栽培方法とその考え方とは?

僕は自然栽培っていう無肥料でやっているから、反収(1反の収量)が慣行栽培だと600kgとか言われてるんだけど、少なく見積もってもだいたい300〜350kgと一般の半分くらい。
例えば米ぬかだったり、レンゲとかを活用したりすると反収が上がったりするんだけど、基本的には何も施さないで作るってやり方でやってます。
天日干しも『はざかけ』とか『だしかけ』って言ったりするんだけど、明らかに味が違うと思うし、地元のおばあちゃんとかも「これが美味しいんだよね」って言ってくれたりするから必ず違いがあると思ってやってます。
天日干しの掛け方も地方によって違うみたいで、地方のやり方呼び方があるんだよね。
種は自家採種100%でやってます。





どんな品種のお米を育ててるんです?

『コシヒカリ』と『ヒノヒカリ』の2種類です。
これはコシヒカリ。
この地方だとヒノヒカリっていうのが奈良県の推奨米で、もともとは九州の品種らしいんだけど奈良の気候に合うってことでこっちに持ってきた人がいるんだよね。

農家になろうと思ったキッカケとは?

前職が静岡でファッション雑貨の営業をやっていて、ネパールとかタイで手作りの可愛らしい雑貨を東京の名高るメーカーとか大手に営業してたんだけど、結構大きな会社を相手にしてたから残業も長かったし、お客さんに買ってもらった商品を来年また使ってくれてる人ってどれくらい居るのかなって思った時によっぽどじゃない限り皆無なんじゃないかなと思って。
その時34歳ぐらいだったんだけど、結婚もそろそろしようって時にそんな事を考えていて。
そこから僕らがやってる大量生産と消費の関係性とか、日本だけじゃなく世界の現実バランスみたいなものを掘り下げて考えるようになった時に、これは不安でしかないなって思ったら、じゃあ何したらいいんだろうって振り返った時に、嫁が食べ物に気を使うタイプだったからそこに気持ちとして応えたいっていう衝動があって。
そこから色々調べて自然農の福岡正信さんを偲ぶ会みたいのが渋谷であった時に参加してみたり、その時に『野口種苗』の野口さんの種の話を聞いたりとかして、ちょうど木村さんの奇跡のりんごとかもあったし、食べ物を自分で作ると言うよりかは生きる術っていうかシンプルに『生きる』ってどういうことか。
どういう知恵、力を身に付けたいかを考えるようになったのが農家になったキッカケかな。



農園名にはどんな想いが?

minimal life(ミニマルライフ)っていう屋号は、ミニマムとかミニマルってほぼ似たような意味合いなんだけど『最小限』っていう意味で。
音楽も好きだったからミニマルミュージック、ミニマルアートとかも好きだし。
『最小が最大』みたいな事とも言えるのかなと思ってて。
最小限で生きるのを模索するっていうような考えとして、農業は1つのツールだけど『生き方』としてミニマルライフっていうのを推進して、自分で築いて行きたいなって想いですね。







minimal life(ミニマルライフ)のこだわりとは?

基本的には『種』を気にすると言うか自家採種を続けていく。
もう僕たちだけの世代の話ではないから、やっぱり次の世代に引き渡せる考えとか知恵っていうのを自分で学び高めていく事。
ザクッとしてるけどそれが自分の中でのモチベーションになっていて、インターネット販売は一切してなく、そこに理解をしてもらう為のマルシェだったり対面販売だったり。
あんまり不安材料ばかりの情報を煽って買ってもらうのも嫌だしそれで生きてくのも辛いから、たるたる農園なんかともよく話すんだけど、一緒に楽しめて表現して行くところを作ってくみたいな。
文化の継承じゃないけど、そこまで重くならないようにはしたいし、僕らの価値観の中でそこを楽しめるようなものと、今までずっとやってきた歴史あるものを融合するような部分で繋げて行きたいなと思ってます。





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〜生きる事を考えること〜明日香ノ巻

ベジタブルジャーニー19県目の奈良県に入りました!
向かったのは奈良県明日香村。
奈良県の中央部付近に位置し飛鳥時代の宮殿や史跡が多く発掘されていることで知られる村。

毎週金曜日に開催される無農薬、有機栽培で大切に育てられた野菜などが集まっている『明日香ビオマルシェ』に向かいました。







この日は偶然にも明日香ビオマルシェ4周年。
抽選チケットで運を試すと。



大当たり!



自然栽培のお米2kgを頂きました!



実はこのマルシェに来た理由は、和歌山編で何度か話に聞いた『たるたる農園』さんに会う為でもあったのでご挨拶に。
次の日にお話をうかがえる事になりお邪魔して来ました。



ベジタブルジャーニー86件目の農家さんは、自然農法で少量多品種生産している、たるたる農園代表『樽井 一樹(たるいかずき)』さん。



明日香ビオマルシェはいつから?

昨日で丸4年になるんですけど、もともとはマクロビオティックの料理人さんがオーガニックの食材にこだわってた店があって、そこのお客さんが店で扱ってる野菜が美味しいから買える所はないのか?っていう事で、そこの店が仕入れてた野菜農家さん中心にマルシェやってみないかって、僕が1番就農して長かった事もあり代表になって始まったのが4年前ですね。

週末ではなく金曜日にやっているのは?

週末にやらないっていうのは、普段の家庭の食卓に上がるお野菜をオーガニックで提供したいっていう事で。
明日香村っていう場所柄もあって観光客とかも来るんですけど、言うたら一見さんになりますよね、そっちの方が集客は見込めると思うんですけど、その場その場のイベントっぽくなって行くんじゃなくて、農産物を売っていきたい知ってほしい、そしてリピートして欲しいっていうような事で平日チャレンジしてみようって始まったんですね。

言うたら田畑なんて沢山ある地域ですからオーガニックだからと言って普通の直売所より価格が高めで、見た目も虫食いがあったり。
新鮮なお野菜なんて当たり前って地域でお客さんが来てくれるのか?という思いがあったので、大阪の方とか奈良でも住宅街のお客さんをと思って、そっちのお店とかにチラシも配ってたんですけど、いざ蓋を開けてみると意外と明日香村周辺地域であったり、ココから40〜50分ぐらい掛かるような南部の所からも毎週のようにお客さんが来てくれてると。
結構オーガニックを求めてる人が散らばっていて、その人達がお買い物できる場所って言うのが結局無かったんですね。
小さいお子さんを持ったりとか、妊娠してとかっていうママさんが多いですかね。
主婦層の他にも料理人さんが朝一に買い付けに来てくれてたり。
変わったカラフルなお野菜はどう使っていいか分からないってことで一般の主婦の方は初め、あまり買わなかったので料理人さんが積極的に買ってたんですけど、今は主婦の方もそういう野菜をどんどん求めるようになって来てるなっていうのは実感としてありますね。



樽井さんの農法は自然農法。

僕の自然農法のくくりとしては、何も入れないという事ではないです。
出来るだけこの場で見える範囲のものは漉き込んだりしてます。
例えば土手の草だったり、作物から出る残菜とか。
土手も含め、ここで生まれた命を巡らす事で、次の命が育って行くような『命巡る田畑』みたいなものがコンセプトですね。

農繁期はいつくらいですか?

6、7月ですかねぇ。田んぼもやってるんで田植えの準備、田植え、夏野菜の植え付け、仕立て、収穫。どれもが重なるので。
個人的には7月半ばぐらいかなぁ。
河内音頭の音頭取りを3年前から始めてて、これは盆踊りの唄を歌う人の事ですね。
僕の中では農業と全然関係ないってわけでもなくて、これも仲間とやってる事なんですけど『田植え祭り』っていうイベントをまだ2回ですけど僕らでやっていて。
『明日香盆唄』という今はあまり唄える人も少なくなったっていう明日香村の民謡があるんです。
それを唄ってもらって、みんなで踊ったり一緒に唄いながら田植えしたりとかそういうイベントをやったりしてるんです。

農作業って単純で退屈だったり、同じ姿勢でしんどいとか、それをちょっとでも楽しもうと『仕事唄』を唄いながら何かをしたり、農作業だけじゃなくて蚕から糸を紡ぐときにも唄があったりとか。
明治になって外国からたくさん日本に人が入ってきた時に、日本人は仕事をしてる時はみんな唄ってるんだなみたいな話を昔聞いた事があって。
唄いながら田植えっていうのは当時、日常に1番根ざしてる、年に1回のビッグイベントになってて、その時に出会いの場だったりとか、全員総出で参加しながら、それぞれの役割りで唄を唄いながら、踊りながらの田植え祭りというのが昔はあったと。
そういうのを友人で研究してる人が居て、大和高原でまだ残ってる田植え唄を発掘して来て、みんなで唄いながら田植えしたりっていうイベントを現在やっています。
今風にアレンジしながら最終的には明日香村の『今の田植え唄』っていうのを復刻しつつ、それを年に1回だけじゃなくて唄い、踊りながら田植え体験や稲刈り体験をしたり、昔は休憩の時には『さなぶり餅』っていう小麦を使ったお餅を突いて食べたり、消滅しかかってる伝統的な農文化というのを掘り起こして、今風にアレンジして体験してもらことを事業化して行こうと思ってるんですよ。
農業以外にも芸の道っていうのに触れながらそういう所に活かして行ければ良いかなと。



農家になった理由とは?

大学出て、6年間くらいベンチャー企業でサラリーマン生活して、理由も1つじゃないですけど。
1つは老人医療に関わるコンサルティングっていうかなりニッチな仕事をしてたんですけど、高齢者や、特に終末期っていうような人が、入院医療じゃなくて自宅に帰って療養する、もしくは最後は畳の上で死にたいみたいな人のとこにお医者さんをアテンドするという病院の中でそういう部門を作ったりだとか、開業する病院の先生に在宅医療専門の支援をしたりとかっていう中で、患者さんを始めご家族との関わりがあるような仕事で。
そういう現場を見てきて、もうちょっと積極的に『生きる』という所に寄与したいなと思い、自分もそういう仕事したい事と、もう1つは医療というものが世界で1番お金が動いてる世界なんですよ。
人の命に関わる事が1番のビッグビジネスで、それの闇の部分と言うか。
製薬会社が片方で食品添加物を作りながら、片方でそれで病気になった身体を治す薬を作るとか。
そういう矛盾した闇の部分とかも目に入ったりして色々考える事があったし、今の資本主義経済っていうのがだいぶ末期的な所に来てるんじゃないかなと思うところがあって、業界の中で成功してのし上がって行くんじゃなくて、何か次の世代の僕らが生きてるうちに変わるであろう社会の価値観みたいなものを、どんなブームが来るんだろうなっていうんじゃなくて自分達がある程度作って行かないといけないんじゃないかなと。
それには自然の地に足ついた生活ってとこにもう1回立ち返って組み立てる必要があるんじゃないかなと思ったりして、そう思うキッカケになった映画が『ガイアシンフォニー』だったりとか色んな本を読んだりになるんですけど、色んな事が積み重なって、父親が急に倒れて死んでコップの水が溢れるみたいな感じで何か生き方を変えたい。
自然に関わる仕事がしたい。何が出来るかなって考えた時に農業。
オーガニックの農業っていうような感じで会社を辞めて。



数ある農法の中からオーガニックを選んだ事について。

まずは環境問題って事が言われてた時で僕も関心があって、地球の中で人間が癌細胞みたいな存在になってしまってる。
その時に読んだ本で、人が関わる事によって生態系が豊かになっていく森があったりとか。
例えば、ココの畑に僕が手を入れる事によって綺麗な土を作る事が出来ればココに降った酸性雨が綺麗な水になって川へ流れて行き、海に循環していくっていうような、人が関与する事によってそこの自然が豊かに綺麗になっていくって事が人が関わってても出来るんだっていう農業をしたいなと思ったんです。

始めは自然農の川口さんの所に学びに行ったりして不耕起栽培で3年ぐらいやったりしてたんですけど、まぁ収量が全然で作業に見合って来ないと。
じゃあちょっと耕して肥料も入れてみるかと言うことで、いわゆる有機農業をやった時期もあったけど、やっぱり出来てくる物がなんか納得いかんと。
という事で、炭素循環農法っていう理論で仲間もやり始めた所があってその要素をやってみようかって初めて耕してた自然農法で成功したのがニンジンやったんですよ。
それキッカケで今では100%肥料っ気を入れない自然農法で切り替えて3年ちょっとかな。
それが出来るようになったキッカケっていうのが、和歌山の橋本市にある「ゆの里温泉」
あそこに行って社長さんに水の仕組みのお話を聞く機会があって、それを聞いて今まで僕たちが教科書で学んだH2Oとは違う水の仕組み。水=命の仕組みを聞かせて頂いてどんどん出来るようになって来たんですよ。



自然農法でもなぜ野菜が出来るのか納得が入ってくるようになったんですよ。
その理論がすごく命の法則みたいなものの本質を突いてて、今の水の研究っていうところの最先端を学べるポジションに居て、しかもそれを実践出来る場があるというので、これは楽しいなってとこはありますよね。

具体的に言うと、そこのゆの里温泉には3種類の水が湧き出てて。
『金水』『銀水』『銅水』って言うてるんですけど、金水は温泉じゃなく地下水で、凄い大きな岩に閉じ込められてる水なんですね。
その閉じ込められた時期と言うのが地球上で命が生まれ始めた時に何らかの地殻変動の理由で閉じ込められた水で、非常に安定してるフラットな水っていうものなんです。
銀水っていうのは温泉なんですけど、また違う機能がある。
銅水っていうまた違う源泉から出てる温泉もある。
これが何年かおきに発見されるみたいな感じで、その水が凄く安定してるってことで世界的な水の研究をされてるアカデミックな大学の教授がココの水が凄いってことで、ココの水を使って研究をさせてくれって研究が始まったのが15年くらい前で。
そこからブルガリア人の神戸大学の名誉教授チェンコバ先生という先生が、水をH2Oとして見るのではなくて、水の結合の仕方によって水の機能っていうのが様々あるという。
これが「アクアフォトミックス」っていう研究分野で、光を当てて水の構造を見るという分野なんです。

たるたる農園のこだわりとは?

自然農法とか農産物っていうのは1つのツールではありますけど、基本的には人と人とが繋がっていく明日香ビオマルシェと言う場であったりとか、僕が作ったお野菜を通して人が笑顔になって繋がっていく、というようなキッカケになってくれればいいし、そういう場であったり「時間」というのを出来るだけ多く「演出」していければ良いなと思ってますね。



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〜見えないチカラ〜橋本ノ巻

和歌山編の最後に向かったのは、和歌山県の北東端に位置する橋本市。
ここで農薬・化学肥料・家畜肥料を使わず少量多品目の有機栽培と、一部自然栽培で四季折々の野菜を育てている『根っこ農園』さんにお邪魔してきました。



お話をうかがったのは根っこ農園代表『辻本 悠二(つじもとゆうじ)』さん。
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農業をやる理由とは?

経済学部4年間行って大学出て、その頃から自然の中で働きたいと思ってて、農業とか林業、漁業とかそんなんに興味あったけど、いざ一歩踏み出す勇気がなかなかなくて、最初は普通に眼鏡屋さんでとりあえず働こうと、全然興味なかったんやけど販売の仕事だったらなんとなく出来るんちゃうかなと思って。
その後THE NORTH FACEのショップに3年間くらい居て、けどまぁ街やったし全然自分の目指してるものとは違うなって。





強いて言うならウエイト半分くらい占めてるのが、幼少期に魚とか虫とか、学校に虫博士みたいのが居たと思うんですけど、そういうレベルで生き物とか植物も好きで、その延長っていうのと。
残りの半分は、レゲエが好きでルーツレゲエのラスタの思想とか、言ったらそれで経済的な活動って何だろうって考えて、農業だったらありえるかな?みたいな。
そんなラインで行こうと決めました、はい。
最初は川口さんの自然農みたいな耕さない憧れとか、志向的なとこで凄いイイなぁとか思ってたけど、自然な農家と出会ってくうちに農業を生業としてやってる人らのメンタルとか、自然な意識がある人を見てたら僕もそれで飯食って行きたいってなって。
それで今に至ってる感じです。







農園名の『根っこ』とは?

みんなにはそんな言わないですけど、やっぱり根っこはルーツロック。
植物の根っこも大事やし、地域に根ざすと言うか、見えない部分だけどめっちゃ大事だなみたいな。それが人でも。
自分らが続けて行くと同時に野菜を通してもっと多くの人に認知されて、そういうマインドみたいなのが広がればって感じですかね。

ラスタファリアンって肉を食さないけど辻本さんの場合は?

肉は自分からは食わないですね。

それは肉体的に合わないから?それとも思想的に?

どっちかって言うと僕は思想から入ってる感はあるんすけどね。
母とかも牛肉食われへんとかやから、僕も牛乳とかお肉は下痢するし、どっちかと言えば身体にも合ってはないんやと思うけど。
『アイタル』って言うラスタの思想の中にあるバイタルの変化バージョンで、肉食わへんみたいな自分で自然から得た物(野菜や木の実など)を食べるアイタルフードとかあるんやけど、その名前を自分が若い頃から「アイタル」って名乗ってて、その名前のおかげでそうなって行ったのもありますね。





根っこ農園のこだわりとは?

結構こだわらないとこに向かってるのかも知れへんすけど、こだわりって言うんやったらなるべく「シンプル」に生きるっていう事と、やっぱり家族が仲良く暮らして行けて、それで出来たらこういう畑がある生活を子供とか孫にも続いて行かんとあかんと思うんで、自分らがえぇ感じでやってたらやりたいってなる人もおると思うんです。
『自然の内側』みたいのが1番大事やと思いますね。









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〜安全にこだわり抜いた味〜海南ノ巻

和歌山県3件目で向かったのは、和歌山県北部沿岸部に位置する海南市。

「みかん」が初めて日本に持込まれたのは、記紀に伝わる古代日本の人物『田道間守公(タジマモリコウ)』が第11代垂仁天皇(西暦71年頃)の時代に中国より橘の木を持ち帰り、海南市の下津町橘本に移植したのが日本への柑橘類の導入として最も古いのではないかとされているそうです。
その「みかん」は現在でも海南市の南側で盛んに栽培されており、生産量においては全国トップクラス。



そんな海南市で自然栽培のみかんを栽培されている『イベファーム』さんにお邪魔してきました。

お話をうかがったのはイベファーム代表『井邊 博之(いべひろゆき)』さん。
ベジタブルジャーニー84件目の農家さんです^ ^



いつから農業を?

Uターンなんですけど、ずっと神奈川県でサラリーマンやってまして横浜に住んでたんです。
2009年に実家のある海南市に戻ってきまして、父親のみかん畑を継いだっていう形です。
前の職場は電気会社で農業とは全く関係なかったので、県の就農支援センターという所に行って、農薬を使う一般的な慣行農業をやってたんですけど、その年の夏に木村秋則さんの奇跡のりんごっていう本を読み、凄く感動しまして。
最初は木を数本ずつ自然栽培でやってみようかと思ってたんですけど、講演会に行ったらさらに感銘を受けて、数本とは言わず1反ちょっとを全て農薬・肥料を辞めようと。
最初は木村さんのやり方を真似て食酢を撒いたりしてたんですが、関東の販売先でもあるサンスマイルの社長さんが来園されて「食酢もやらない方がいいんちゃいます?」って言われ、それがきっかけで食酢も辞めて、今は干ばつの時にあげる水だけで他はなにもやらないやり方でやってます。
2010年から自然栽培を始めて2013年には食酢も辞めましたね。



食酢を撒いてたのは虫対策ですか?

もともと、慣行栽培でみかんに農薬を撒いてる理由としては『黒点病』というカビの一種なんですけど菌が付いてみかんに黒い点を付けるんです。
食味には影響ないんですが、市場に出せないって事で『殺菌剤』というのを月に1回は必ず散布するんですね。
その殺菌剤の代わりに食酢が効けばイイなと思って撒いてたんですが全く効きませんでした。

その殺菌剤は普通の人はあまり影響はないんですけど、私はダメみたいでその農薬が少しでも付いたみかんに触れると手の皮が剥けちゃったりするんですよ。
だから今でも慣行栽培の農薬がうちの畑にかかる事があるんですけど、かかったうちのみかんに触るとすぐ手が荒れますね。
サラリーマンの頃から冬になると手が荒れるので何でかなーと思ってよくよく考えてみたら実家から送って来たみかんを食べてそのみかんを触るだけで荒れてたって事がやっとこっちに来て原因が解ったんです。
だから殺菌剤っていう農薬の被害はないんですけど結構解らない所で出てる可能性があると思います。



品目ってどれくらいですか?

『温州みかん』も時期によって『早生』『中手』『奥手』ってあるんですけど、うちは早生みかんと奥手みかん。
早生みかんが少なくてほとんどが奥手みかんですね。
それと次に多いのが『甘夏』です。
あと『清見』と『セミノール』っていう三重がスタートの5月頃に収穫するみかんで、これは清見みたいにオレンジと掛け合わせた種類なんです。
全部で4種類ですね。

みかんはどうやって保存するんですか?

早生、中手、奥手は時期の違いなんですが、皮の厚さが違うんですよ。
中手まではほとんど日持ちしないんですけど、奥手は皮が分厚くて日持ちしやすいんです。
それがうちではメインなので実はみかんは収穫してすぐ販売ではなくて、収穫して蔵に一旦入れるんです。
平均すると1ヶ月ぐらい寝かせてそこから販売します。

追熟させる為に?

基本的には柑橘って追熟しないんです。
甘さがサツマイモみたいに甘くなったりはしないんですけど、すっぱさの酸がまろやかになっていくんです。
置きすぎると味がボケてだめなんですけどね。
保存の温度もあまり低いと日持ちはするんですけど、皮の油分が入るのか変に古い味になってしまうので、ちょうど10度くらいで湿度が高い所に置くのが1番貯蔵にはイイと言われる環境で。
うちは土壁の蔵に入れて、みかん自体が出す湿度でちょうど80%ぐらいの湿度になるんです。
温度もみかん自体が水分ですので外との温度差があってもみかん自体が蔵の中の空気を安定させてくれる事もあって安定的に貯蔵できてます。
『蔵出しみかん』って言ってますね。



柑橘類って剥いてみないと中が見えない物だけど、何か味を見分ける方法ってあったりしますか?

皮がゴツイみかんは糖度が高くなくて酸が高かったり、みかんの枝が付いてるヘタの部分が熟していると黄色くなってくるんですよ。
ヘタは普通は緑なんですけど収穫した瞬間から黄色いようなものは熟しているからそれは甘いですね。
完熟はヘタが黄色いんです。





近畿地方では3.11にあった原発事故での放射の影響は?

実はこっちにも影響はあると思っていて、特にみかんの肥料っていうのは魚ベースなんです。
有機肥料100%ってほとんどが魚の骨など魚から作った肥料で作るみかんは美味しいって言われていて、JAで売っている肥料はほとんどが魚ベースなんです。
魚って海を渡り泳ぐので、そういった肥料を使う=放射能の影響を受けると思って、2012年に全圃場を無肥料にするきっかけになったのが3.11でした。
肥料をあげてた時も、年に1回しかやらないんですが2011年分は撒いた後だったので、3.11以降は辞めましたね。
もともと自然栽培の圃場は何もやってなかったんですが、原発の事もあって2012年から全ての圃場を無農薬、無肥料の自然栽培に切り替えましたね。



イベファームのこだわりとは?

『味』かもしれません。
自然栽培って何も入れてないから、気候だとか土の違いとかでAの畑とBの畑の味が変わるんですよ。
肥料を入れるとだいたい肥料の味と言うか入れた所には同じ味が安定的に出るようになるんですが、うちはそうじゃなくてその『場の味』っていうことにこだわっています。
陽当たり加減とか湿気方の違いや、土の石が多いとか粘土質だとか。
例えばこっちでは苔が生えやすい場所ですごく香りがイイみかんになったり。
生果でそれを味わってもらうのも1つだし、もう1つはジュース。
今は混ぜて作ってるんだけど、ワインのテロワールみたいに場所によってラベルを変えて味が違う自然栽培のみかんジュースっていうのを出したいなと。
究極の自然栽培だと思ってます。









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〜自分よりも人や地球へ〜紀の川ノ巻

デュ二ヤマヒルを後にして、暁さんのご紹介で向かったのは、大阪のすぐ下に位置する和歌山県の北部の紀の川市。
べべちゃんと暁さんが出会うきっかけにもなった『米市農園』さん。



着いてみるとそこにあったのは畑ではなく一軒家で石窯でピザを提供するカフェ。







中へ入り、カフェのスタッフが教えてくれたのは「ここは洋平くんがセルフビルドで作ったんですよ」













米市農園代表の『高橋 洋平(たかはしようへい)』さんにお話をうかがいました。
ベジタブルジャーニー83件目の農家さんです^ ^



ここのカフェは手作りだと聞いたんですがリノベーションをしたんですか?

ここは新築ですね。
柿の木畑だったんですよココ。
チェーンソーで切り倒して新築で手作りしました。
暁さんも一緒に作業してくれて。

えー!?もともと建築業してたとか?

ないない。
すぐに農業引き継いじゃって。
兄妹多いんですけど男の子は僕1人で。末っ子だったから空気読んじゃう子で(笑)

農業はご実家が農家さんだったって事です?

そうそう。
ここは母方の祖母の家の実家でお母さんが生まれ育ってる場所なんだよね。
お父さんは自営業やってたんだけど見切りつけて辞めて、何しようかなって時にココ田畑やってたから、じゃあココで切花、イチゴとか加工品作っておにぎり屋とかやろうってなってたんだけど畑始めて5、6年かな?お父さんが癌で亡くなって。
僕が高校3年生の時。
それで兄妹で運営してて、お姉ちゃん達も結婚して出てっちゃって、じゃあ僕がみたいな。
それが今から12年前(2005年)かな。



学校も農業高校で、成績悪いからそこしか行けなかったんだけど園芸部に入ってすごくお花が好きになって。
ちょうどその頃、家も農業やってたし手伝うようになってて無農薬の野菜を作ってた時に『自然農』っていうやり方を教えてもらったんだよね。
お父さんが闘病生活になってそこから玄米始めたかな、すごい体調良く動けるようになって。
イイじゃん!これでやって行けたらいいなって。
どうせなら自然に沿ったやり方で。
まぁ農業高校だから農業の教科書ずっと読んでいくんだけど、化学的な農業は砂漠化が広がっていくよと。
環境汚染が進んで地下水が汚れて作物が育たなくなって行ってますよって事が解った時点で教科書はチャンチャン終わり(笑)
有機農業も勉強したけど、有機農業って結構与えるエネルギーって多いのね。
例えばお米を1反(300坪)作りますってなった時、そこに鶏糞を500kg入れます。
そして米の収穫量は300kgです。
あれ??200kgどこ行ったの?みたいな。
で、自然農の場合は与えるエネルギーが0とか、場合によっては米ぬか油かすで100kgとかで出来るお米が収穫量低くても200kg。
与えるエネルギーが0で200kg収穫出来るんだったらこれが『豊かになっていく仕組み』だよねって僕は高校生の頃そう思えたんだよね。
今のところ色んな農業あるけどちょっとやっぱり持続可能じゃないよねって。
いかにエネルギーを使わないやり方で作物がたくさん実る方法って何かなって考えた時に僕は自然農がストンッと入ったんだ。
でも実際200kgじゃ運営、経営出来ないし、もっと穫れなかったりするから、理論は解るんだけど実際の運営、経営ってなってくると中々ね(笑)



仕事としてはこのカフェの方がメインで?

そうだね、仕事としてお金を稼ぐのは木、金、土、日のカフェの営業かな。
お店を始めたのが10年くらい前。
畑は作業に追われちゃうから、もうちょっと力付けてから畑を豪勢にしようかなと。今はちょっと抑えてる感じ。

自然農って言うのは川口さんが推奨する不耕起?

そうそう。不耕起栽培の。
不耕起だけど、川口さんは補いって言って米ぬか、油かすを入れちゃうんだけどそれだったら自然栽培を求める人には売れなくなっちゃうから不耕起で無肥料の野菜がたくさん作れたらいいよねって所を目指してて。

僕らみんなでお酒を作るチームをしてて、酒米を植えて蔵元と一緒に清酒を作って。
参加者募ってその人達も買えるみたいにして、種まき〜除草〜収穫〜酒造って。







あとは小麦ね。
ピザ屋してるから和歌山の昔ながらの小麦。

小麦の製粉もやるんですか?

うん、ちっちゃな製粉機がある。
ピザ窯も自分で作っててそれで育てた小麦で生地作って焼いてお客さんに。
最近は農家と言うよりピザ屋の洋平くんになっちゃってるかな(笑)











これは広い意味で、こだわりって何かありますか?

ん〜 こだわりねぇ。あんま無くなっちゃったね(笑)
昔は健康への意識とか、もっと社会に訴えてとかはあったんだけど最近特に無くなっちゃった。
まぁでも世の為、人の為になることしたいねって言うのはこだわりなのかも知れない。
自分は多分どんな状況になってもご機嫌だから。
生かされてる実感があって、ありがたいよねこの世の中ねって、この世の中に何が出来るかなぁってやってる。
その為に何が良いかなっていつも考える。
それが少しでも農薬をかけない事であったり、一滴でもガソリンを使わない事であったり、ゴミを捨てないこと拾う事とか。
人に心地イイ場所作ったり。
美味しい物を提供する時になるべく新鮮な物を使うとか。
お客さん来てから畑に行って収穫するんだよね^ ^
仕込みをなるべくしないっていう事がテーマで。
だから僕が走ってる姿とか見れるんだ。それって面白いじゃないですか。
もっと地球が持続可能でみんなが関わり合える仕組み。
友達のカフェを開業するのを手伝ってるんだけど、それもドネーションで、僕は石窯を作れるからあちこちに作りに行ったり。
石窯を作ると人が集まって、そこが賑やかになって楽しいじゃん。
リノベーションもたくさん人が関わってみんなで作っていこうねって。
それって1人で作り上げちゃうよりは、みんなでそうやって社会を作っていく方が愛着も湧くし、より良い社会になるんじゃないかって思っちゃうんだよね。
だからこだわりと言えば、この僕の命があるんだったら地球に恩返しが出来る事を模索してるかな。

もし世の中からお金の概念が無くなって全てが無料になった場合、今と同じ事をやりますか?

あぁ〜 そうだなぁ〜 やらないかな。
海掃除するかも。ビーチクリーン。
海すごい好きだから。
農園はここの先代の家で、高橋市右衛門って名前が受け継がれて来てるからそれは繋げて行きたいなって社会的な義務が僕の中にはあって、その為にどうすればいいかなって僕の経営理念は色んな人が集まる場所で、その出会った人がどんどん夢が叶えれるようなサポートが出来たら良いなって言うことでこの農園が生きてくるから。





暁さんを招いてみんなで作った音楽室のアースバッグ見に行こうか^ ^













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〜残らない魅力から残るものへ〜紀美野ノ巻

6月22日に富山県南砺市で出会った、八百楽農園べべちゃんのアースバッグ師匠が居る、和歌山県紀美野町にある『デュ二ヤマヒル』に伺ってきました。





今回はベジタブルジャーニー番外編として、自身でも自然農を実践していたり、アースバッグやストローベイルハウスをセルフビルドしている、舞台照明デザイナー兼セルフビルドプロデュース『山口 暁(やまぐちあきら)』さんにお話をうかがいました。









ストローベイルハウスとは?

壁の中に藁のブロックを積んで作る家なんです。
藁のブロックの外側、内側に天然の粘土、土を塗ってあるだけなんです。
まぁこれは40cm近くの断熱材として、非常に優れてるって言う風にアメリカで始まったらしいんだよね。





ストローベイルハウスの壁材は、粘土に藁と水を混ぜて数ヶ月置くと発酵していくんですね。
そうするとだんだん藁が髪の毛の様に細くなって、その時にグルテン作用が出来て粘土自体に粘りが生まれて、塗る時も塗りやすく、しかも乾いた後はカチカチに固まって藁自体が繋ぎになるのでヒビが入らないんです。
日本の昔の左官屋さんがやっていた技法みたいですね。
これだけでは壁としては弱いので一応、柱が入ってて屋根を組んで柱と柱の間に断熱材として藁を積んで土を塗ってるんですよ。

僕はもともと丸い家を作りたくて真ん中に柱を立てたくなかったので、地元の竹をスパイラル状に組んで屋根を持たせてるっていう。



セルフビルドのコンセプトとは?

僕のコンセプトはセルフビルドが好きでやっているんだけども、廃材とか自然素材を元にして作っていきたいなとずっと思っていて。
どこか有機的な建物の中に住みたいって願望があったんです。
もちろんマンションとか新建材で作られた一戸建ての家とかはしっかり出来てるし機密性もあって良いんだけども、なんか有機的な所に自分の身を置くとどうなるのかなって。
それは僕のデザイナーとしての実験というか、自分の身を置く場所を変えると自分の感覚はどうなるのだろうかと。







テラスもあるんですね。
下が泳げるような川なので、そこに遊歩道を作って夏場は降りて行って遊んでます。
これは4年前に作って腐ってしまったのでまた新しく作ったんです。
竹も伐採する時期があって冬場に切るんですけどそれは虫が少ない事と、やはり新月伐採で水分が少ない時期に切って天日干しして、油抜きって言って竹の油を火で炙って抜くんです。
そうするとより乾燥しやすく強い物になります。





ベッドも藁なんですね。
藁が余ってたのでベッドの下だけ使ってます。
ここでミニライブとか映画の上映会をよくやってたんですけど、その時に藁ブロックを積んでひな壇みたいな客席にしたり、何かイベントで使う時にすぐ移動出来るようにってことで残してるんですけど、藁の上には畳を引いてベッドにしている感じです。



暁さんは建築の勉強をされてたんですか?

ほとんど独学ですね。
ずっと舞台の仕事を40年ぐらいやってて、舞台も元々は何も無いところから人間サイズに作っていくので、それが何か建築と似てるところがあって面白いなぁって。
後はデザインですね。
自分のやりたいように作る。
ふつう建築って言ったらハードルが高いと思うじゃないですか、とても家なんて自分じゃ作れないって。
でも僕の場合いい加減だから壊れたらまた作ればいいやって。自分の家なんだから。
そんな低いハードルで適当に作ってるんですけどね(笑)



入り口に可愛いポストがありましたが、ここはもう住居として登録されてるんですか?

そうですね、土地の目的『地目』が山林なんです。宅地ではないんですね。
だけど僕がここに、こういう家を建てて住民票をここに移すって言ったら別に役所の人は何も言わなかったですね。
だから僕は仮設住宅に住んでる変わり者だと思われてる(笑)
まぁ一応税金も徴収しに来るし。
(奥さん)Amazonも来るよ^ ^







木を組んで家作りましたって感じじゃないから面白いですよね。
そうですね。
アースバッグは土嚢袋に土を入れて少しづつ重ねていってるから人手も掛かってるし、ゆっくり出来るっていうのが面白いなって。
これは漆喰かな、その下に麻炭を少し塗ってあるんですけど。上は珪藻土を塗ったりとか、色んなものを実験的にやっていますね。













アースバッグの特徴とは?

アースバッグの特徴は日本の『蔵』みたいに暑い昼間なんかも冷んやりしますね。
あんまり土自体は断熱性はないんですよ。
熱が伝わる時間が非常にゆっくりで10時間くらい。
冬場はちょっと寒いけど、蓄熱性はあるので中でストーブを焚けば暖かくなりますよ。
ただ、本当は冬暖かいアースバッグを作りたいんだけども元々の作り方がアメリカの風土に合わせてスタートしたものなのであまり日本の風土に適したものを考えてないんですよ。
そういう所を住みながら自分なりに風土に合ったアースバッグを作っていきたいなと思って色々と模索しています。





べべちゃんとの出会いは?

『米市農園』っていうココから車で30分くらいの所で、音楽室をみんなでアースバッグで作ろうという企画があって、米市農園の近くにアースバッグを作っている所にべべちゃんがアースバッグに興味があるってことで富山からわざわざ参加してくれたのが最初の出会いかな。

それで地元帰って自分の所でも作りたいって富山にも行くようになったような感じですね。

暁さんのお仕事の話を聞かせてください。

まぁ分かりやすく言えば、真っ暗な中だとお客さん何も見えないですよね。
じゃあ灯りをつけると演じてる人、歌ってる人、踊ってる人が見えるじゃないですか。
見えるってだけならそれでOKなんだけど、灯りの当たり方とか角度で色合いや雰囲気の見え方が違うんです。
そこをデザインするのが僕らの仕事ですね。

だから作品がどういうふうな趣旨で作られてるかっていう事をスタッフ同士で念密に話し合って、それぞれの感性を持ち寄って作って行くんですよね。

照明とは言いつつも演出の要素も入ってるんですね。昔から照明が仕事だったんですか?

そうだね、そういう要素は結構ありますね。
高校生の頃から舞台が好きで、舞台関係の仕事がやりたいなと思ってて。
俳優や他の選択肢もあったんだろうけど照明って仕事が意外と面白そうだなって。
今はビデオとかあるけど、昔は残らないんです。お客さんの印象にしか残らない。
これはカッコいいと思ったんですね。







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〜潮風が生み出す信念〜みなべノ巻

ベジタブルジャーニー18県目、和歌山県に入りました!

和歌山県と言えば紀州の梅。
という事で向かったのが和歌山県日高郡みなべ町。
日本一の梅の里として知られ、梅の代表品種として知られる『南高梅』発祥の地で青梅とともに梅干しの生産が日本一の町です。
ちなみに和歌山県だけで全国の生産量の約50%を占めています。

みなべ町の気候は紀伊水道に流れ込む黒潮の影響を受け、一年を通じて気温の変化が少ない温暖な気候に恵まれていて、台風を含めた降雨期の降水量が多く、年間の晴天日が200日を超え日照時間も長いことから、植物の生育に適した気象条件となっています。
温暖な気候を好む『梅』の特性に大変適合した風土に加え、生長期にカルシウムを多く吸収する梅にとって炭酸カルシウムを含んだ中性質の土壌が、良質な梅の栽培に適しているという訳です。

江戸時代に著された『雑兵物語』には、戦に明け暮れる武士は食料袋に『梅干丸』を常に携帯していたと書かれています。
梅干の果肉と米の粉、氷砂糖の粉末を練ったもので、激しい戦闘や長い行軍での息切れをととのえたり、生水を飲んだときの殺菌用にと多いに役立ちました。
また、梅干の酸っぱさを思い、口にたまる唾で喉の渇きを癒したそうです。

今回は、そんな日本人の伝統的な食に欠かせない梅を自然栽培で生産から加工、販売まで手掛けている『てらがき農園』さんにお邪魔してきました。

お話をうかがったのは、てらがき農園二代目『寺垣 信男(てらがきのぶお)』さん。
ベジタブルジャーニー82件目の農家さんです^ ^



てらがき農園は約3町7反を、主に寺垣さんお1人で切り盛りされています。
先代から続く梅農園は50年を超える老舗農園。
2005年から無農薬、無肥料の自然栽培に切り替え12年。
『桃栗3年柿8年』という言葉があるように果樹は結果が見えるのは最短でも3年はかかる大変リスクの高い業界。
農法を切り替えるのにはよほどの覚悟と忍耐が要される事は言うまでもない。
なぜ無農薬、無肥料にこだわったのかを聞いてみました。

なぜ自然栽培に切り替えることに?

最初は僕が無農薬でやるって決めて、親父が病状になって肥料をやってた畑と、やらなかった畑が出てきたんですよ。
ほんで、やらなかった畑の方が虫が付かなかったんです。
やっぱり過剰に今までバンバンやってたんで、肥料もやらん方がええんやなって事になって、その頃にちょうどあの有名なりんごの木村さんの噂がまわって来て、「あぁなるほど」と。
色んな所に勉強と言うかセミナーとか聞きに行くとやっぱり無肥料の方に話が固まってくるんですよ。

木村さんの存在があってではなくて、実体験の中から転換になったんですね。

でもそれも後追いはありますよ。
両方ともきっかけにはなってるんですけど、一つのきっかけに、親父には「こんな人がおって」って事も言えたんで、後追いはしてもらってますけど。
無農薬にしたのも、低農薬でやってる時に病気が出るんで「なんの意味があるの消毒」って思ってたんで、転換したんです。
最初の3〜4年目くらいは綺麗な梅が出来るんですけど、菌が消毒によって0状態で。そこからやっぱり増えて行きます(苦笑)

無農薬にしてから変化ってありましたか?

梅の肌質は変わりましたわ。
ちょっと皮がゴツくなりました。
羽二重餅って言うんかな?餅のような梅が少なくなりました。
ポンッポンに身太りがイイって言うか、しっかりした梅になりましたね。



元々オーガニックはお好きだったんですか?

好きって言うか、なんて言うかな。
気持ちえぇか、気持ち悪ないかで二者選択でずっと来てるような感じですね僕。
だから自分が食べるんやったら農薬やった方がイイのか、やらない方がイイのかだったらそりゃやらん方がえぇやろって選択したんで。
例えば化学繊維でも気持ち良ければ僕行くと思うんですけど、着心地で言ったら綿とか麻の方が気持ちが良いんでそっちに行く気持ちが解るんですけど。
必ずこっちでなければいけないって考えはないんですよね。



僕らは『梅』や『梅干し』と聞くと唾が出ますけど、梅農家さんもそういう感覚はあるんですか?

それがね正常なお二人です(笑)
今の子達は出ないらしいんです。
僕そやから青梅の時期には食育とかやってるんですけど、出来た梅を小学校や幼稚園に送ってあげるんですよ。
それで聞くと梅干し=甘い梅。
それなんで変わって来たんかなって僕ら田舎に居てるじゃないですか、何かなと思うと、そのお母さん達の時代がその梅を食べてるんですよ。
『味梅』って言うんですけど調味梅が出来たのがもう20数年前なので、その時代からそれを食べてるから子供にもそっちになるわけなんです。
身体に良いから昔ながらの『昔梅』を送ると、こんなに塩っぱいとか酸っぱいとか驚かれます。
だから今、梅干し=で唾液が出ない子供が多いんですよ。

農園としての売り上げの差とかあります?

インターネットでやり出した頃は8割が『味梅』だったんです。
味梅を作るのに僕ら抵抗あるんですけど、化学調味料使ってない液では作っているんですけど、変な話材料費が高いじゃないですか。高いから商品も高くはなるんですけど他の梅を食べるんだったらうちの梅を食べてくださいねって意味では作っるんですけど、スタートした時に8割がそっちでこれはヤバイと思って。
こっちは昔梅の必要性とか大切さをずっと言ってたんですね10数年間。
今でやっと売り上げは5分5分です。
塩分も良くないって世間の風潮の中、梅の塩分は身体に良いって言われてはいるんですけど結局、塩分は塩分やんって言われたら何も言えないですよね。





これはパイロット事業って言って昭和55年に完成したのかな。
ここは谷だったんですけど大きな山を切り崩して谷を埋めて。
この辺の梅産業を支えてくれたのはこのおかげですね。
僕の圃場はあの青いネットで囲われてるあそこなんですよ。



ここは山の上ですけど高い所の方が梅が成りやすいとかあるんですか?

海の風が当たる所の方が良い梅が出来るんですよ。
それも海が見えてる山の方がミネラル分が豊富なんです。
塩分を吹き付けられて葉っぱが茶色くなった年ほど綺麗な梅が出来ますね。







梅の木って下から広がってるんですね。

これはね、こういう風に先に作るんですよ。
苗を1年経った後に切って、3点だけ残すんです。

てらがき農園のこだわりってありますか?

そうですねぇ、最近こだわりをめっちゃ無くしたってのはありますね。
前は尖り過ぎましてね(笑)

尖り過ぎてしんどくなった時期がありまして、例えば着る物も麻のものしか着ないとか偏った思考になってた時があったんですけど、それやっても僕の目指してたとこに行かないなと思って。
僕の目指してるとこはここら辺の農家さんが無農薬で食べていければ(収入)いいなと思ってますね。



僕1人じゃなくて近所の人だったりが一緒に出荷できる場所を作りたいとか、出荷できる体制を作りたいって言うのが夢っていうか目標なんで、尖り過ぎても周りは温度差あるじゃないですか。
温度差よりも調和をとらなあかんよなってなってからちょっと楽になりました。
あいつみたいに成りたいって言って貰えるようになるには尖り過ぎたらね(苦笑)

農薬やらんでも出来るんか?ってコソっと見てるんすけど、やっぱ綺麗な梅が作れるようにならんと一緒に無農薬やろうとは言えないんで。
だから僕がまずある程度の物を作る事が使命であって、それを作ったあかつきにはみなさん一緒に無農薬村じゃないですけど、そういう事がやりたいですね。





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〜世界へ循環〜津ノ巻

伊勢神宮でお参りした後は、三重県の県庁所在地である津市に移動。
向かった先は、たらふく農法で稲作を営む『つじ農園』さんにお邪魔しました。
お話をうかがったのはつじ農園代表の『辻 武史(つじたけし)』さん。
ベジタブルジャーニー81件目の農家さんです^ ^



辻さんが言う『たらふく農法』とは一言に、辻さんがやりたいようにやる農法の事で、一般的なカテゴリで言うと慣行栽培を始め、減農薬栽培、自然農法と、一つの農法に縛られる事なく多角的に『米』と向き合う事で消費者から選択肢を奪わない考え方である。

人数体制は辻さんお一人で、田んぼの広さは約5ha。
津市の風土で育つ稲はもうこの時期には収穫が終わっていて、この日は土作りで米ぬかを田んぼに散布する日。















農業歴は1年半。
実家の津市に戻って稲作を始めた辻さんの前職は農業とはかけ離れた世界。
なぜ農業を始めることになったのか。
お話を伺ってきました。

農業を始める前はどんなお仕事を?

ずっと飛行機のエンジニアをやってました。
僕ここで生まれたんですね、ずっと県外で働いてて他所に住んでたんですけど、農繁期とか手伝いをしているうちにこれって俺がやらないと田んぼどうすんのって意識があって、継がなきゃいけないなぁと思いながらもあっちに仕事あるしなぁってなってて。
変な言い方ですけど前の会社でそこそこ活躍してたんで東京来ないか?とかそう言う話もよくあったんです。
ヨーロッパでも働いて、ヨーロッパで働けたら面白いなって思ってた夢も達成してしまったんで、これからどうしよみたいになってて。



要は製造業だったんで、物を作ることに関してのカラクリはほぼ解ったと。
品質管理とか生産ラインも含めて。
それが植物でも工業製品でも食品にしろ、だいたい大元の仕掛けは解ったと。
ぼく海外セールスもやってたんですよ。
外国の友達も増えて何処に行っても大丈夫だろうなと。
じゃあやっぱり自分の作った物を自分で売りに行くのが良いなって。
で、どーしよっかなって考えたら『米』あるやんって。
1からトライ&エラーを繰り返し製品を作り上げるより、昔からやってて品質も良いのも知ってるし、農薬とかもほとんど使ってないのも知ってたし機械も揃っててノウハウもある。
もうやるしかないでしょ(笑)



そういう形で地域が存続していくのであれば面白い話だし、ちょっと前まで言われてたように都市部への流出が一方的にあって、田舎会議のムーヴメントもないわけじゃないけどそんなにインパクトのあるものじゃないし、そういう状態だったんですけどそろそろ変わるんじゃないかなと。

辻さんご兄弟は?

弟が1人居ます。

弟さんと話し合ったりしたから戻ることにしたんですか?

いや、戻ることを決めた時にどう思う?て聞きました。
航空宇宙のコンサルに行くかどっちがいいって。
そしたら「そりゃ田んぼやろ」って。

航空宇宙と米でどうして米をとったんですか?

だって米は俺の物だけど、エンジニアで作ったものは俺の物じゃないじゃないですかどこまで行っても。

なぜ自然農法を?

僕は有機農法をやりたいとは昔から思ってたんです。
与えられた情報だけで仕事するのが嫌なんですよ(笑)
JAの指導だけでやるとかは主義じゃないんですよね。自分で勉強して行くと色々解るじゃないですか。
化学肥料にしたって有りとあらゆるものが用意されてるわけですよ。
その中からどういう物を使うかは勉強しないと解らないのと一緒で、有機農法もやりたいなと思ってて。
僕が自然農法やってるのは、別に化学肥料使わなくてもよくない?って事をやりたいだけなんですよ。
それは自分達の手元にある物を活用すれば良い形になるじゃんって。
循環システムで効率的な物が出来るという1つのアプローチです。



自然農法で育てたお米の販売先は?

インターネットショップに置いてあるだけですね。
あとは、ドバイ。

ドバイ?ドバイに自然農法米が?

そのプロジェクトに参加してるんですよね。いや、元々はドローンを使って田んぼの観察を僕はしたかったんです。
要は田んぼを上から空撮してどういう風な生育をしてるかを数値的に表すことをやりたいと思って、あるベンチャー企業に問い合わせの電話をしたんです。
どういうカメラを使うかとか機材の選択やプログラム関係の技術的な事を問い合わせて話てたら気が合っちゃって、一緒にドバイに売りに行きましょみたいになって今に至るみたいな(笑)

そこが今は主な1番大きな販売チャンネルになってますね。

今度10月5日に東京の九段下で記者会見があるんですよ。
ドローンを使ったそういう技術の。
そっからの繋がりでその人が某大手IT企業と関係があったのでこの間アメリカ本社からビデオ撮影の見学に10人くらい来たりしましたよ。

日本の『無農薬米』が売りでドバイに販売するんですか?

ドバイは食料自給率がほとんどないんじゃないですか。農業ないし。
農業がない所で彼らがベンチマークしてるのは日本なんですよ。
これからは自分達の食料を確保して行かなきゃならない、一方では健康志向というムーヴメントがあって、中国のその他技術よりも日本だよねみたいになってるみたいで。

日本の農業は注目されてるんですね。

最近は某日本企業も物凄いデカイ室内栽培の設備をドバイに入れてると思いますよ。植物工場みたいなやつ。
彼らは高品質な食料を確保するのに必死なのでそこはマーケットになるんじゃないかなと。

最近の活動は?

三重大学の大学院に今行ってて、地域イノベーション研究科ってとこに所属して春から行ってるんですけど、地域連携みたいな事をしてて。
僕はこの集落の持続可能について研究したいなと思ってるんですけど。
それはなんでかって言うと、ここの集落が分かってるだけでも1300年くらい続いてるんですよ。
僕は自分のお米を売るのに何か歴史的なブランディングがしたいなと思って調べてたんです。
900年代、平安時代に編纂された日本最古の辞書に名前が載ってるその名前はココだっていうプロットをしている研究チームが早稲田大学にあって、その中の一つがココだったんですよ。
それからずっと早稲田の一緒に『1000年村プロジェクト』って言うんですけど村の認証システムっていうのをどういう風に作り込んでくかっていうお手伝いをさせてもらってるんです。
多分公にされるのが11月の終わりに早稲田大学の方でプロジェクトのシンポジウムみたいのがあって、そこでまたお話しさせてもらう事になってるんですけど。
秋はイベント目白押しなんですよ(笑)



つじ農園今後のビジョンは?

色んな人が遊びに来て欲しいですね。
それはどんな人でもいいんです、あそこに行ったら面白いネタがあるよとか、新しい事やってるから一緒に何かしたいとか、そういう形がいいなぁと思いますね。田んぼセンターみたいな(笑)
他業界が一緒になることで新しいものを生み出すって所になれば良いですね。
田んぼって非常にハブになりやすいと思うんです。
地域とも繋がってるし、農業でもあるし、もちろん食って観点からも見れるし、企業経営の観点からも見れるし色んな側面から物事を見れるハブじゃないかなと思うので、そういうハブセンターみたいになりたいなぁって思いますね。
そういうのが僕の理想です。



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