〜三つ星の農業〜三原ノ巻

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    ベジタブルジャーニー38県目、広島県に入りました^ ^
    向かったのは広島県『三原市』。
    国内のトップクラスのレストランや、世界中のシェフが注目している、広島発のハーブ農園。
    無農薬・有機農家『梶谷農園』さんへお邪魔しました。



    今から約42年前、東京農業大学を出ている両親が始めた梶谷農園。
    シェフが使う食洋花や葉野菜(ハーブ)が必要ということを多くの農家が知らない当時、パイオニア的に日本で最初に始めたハーブ農園。
    高級フレンチやイタリアンの皿に盛り付けに必要ハーブをシェフの要望通り『ミリ単位』での注文に対応し、多くのシェフの期待に応え続けた。
    その噂は裾野を広げ、日本を代表する三つ星レストランはもちろん、海外からもシェフが訪れるほどに。
    現在、契約レストランは約150軒。

    梶谷農園のホームページを見ると、
    「梶谷農園社長は日本語が話せないので、現在、新規の視察、取材、お問い合わせ電話、新規取引をお断りしております。ご了承ください」
    と記載してある。
    もちろんこれは梶谷氏なりのジョークではあるが、無理に取引先を増やしたりしない堅実さとユニークさが現れた表現だ。

    『農業では稼げない』という日本のイメージを払拭するかのように、大きな土地も必要とせず、ハウス35棟(約6反)で年商6000万円を稼ぎ出す現在の梶谷農園。
    希少なハーブや野菜の種を国内外から取り寄せ、栽培している梶谷農園のセンスは国内外に名が響き、もはや独占市場だ。





    農業が長く続かない理由として、利益を出せない他にも、身体を壊すという理由がある。
    代表の梶谷氏は農業に効率良く、長く従事できるようにと、立ったまま管理出来るよう工夫されている。



    「面白い物もあるんですよ」と取り出したのは『オイスターリーフ』。
    見た目は植物なのだが、食べて驚いた。
    その名の通り、海にある『牡蠣』の味がはっきりとするのだ。
    ハーブと一言に言っても品種は多岐に渡り、植物そのものが味を表現してくれる奥深い世界がそこにはあった。



    お話をうかがったのは梶谷農園2代目『梶谷 譲(かじや ゆずる)』さん(39)。
    ベジタブルジャーニー130件目の農家さんです^ ^



    農法って聞かれると何て答えますか?

    儲かる農法ですね(笑)
    農業ってサステナブル(持続可能)って言うじゃないですか、それ1番必要なのって、やっぱりちゃんとした収入が必要なんですよ。
    ビジネスをするっていうのはお金を儲ける事なので、そういうのを凄く大切にしてて。
    そうすると旅行も行けるし、もっと色んな事も学べるし、楽しそうにも見えるじゃないですか。
    だから僕はそこを中心に考えてます。
    お金を儲けるにはどうしたらいいかって考えたら、高級レストランに卸したら1番いい。
    高級レストランは1人数万円っていう世界なので、(ハーブを)50円100円値上げしても何も言わないけど、普通のスーパーでそんな事したら死活問題だぁって感じで大変な事になるけど、高級店は誰も値切ってこないし、なんならもっと上げても良いよぐらいな。
    そうするとうちの従業員も潤うし、今なんて最高時給1500円。
    そうしたら辞めないし、楽しいし、これを学んだら私たちも小規模でどこでも農業出来る!っていうのをウリにしております。

    勤務時間などは?

    僕は1日7時間労働で、土日祝日休みで1月2月は休んでます。
    ちゃんとしたビジネスにしたいので無理したらその分どこかで大変になるし、7時間労働なら朝起きた時に「よっしゃ今日もやったるぅ」みたいな感じで、エナジーが必要なので。
    しかも夕方4時に宅急便の人が来るから、それまでに準備しないといけないので。
    僕の性格でダラダラするのが大嫌いなんですよ。
    うちの場合は宅急便の人が来る4時までにお昼の1時間休憩以外は休み無しで、みんなでぶっ飛ばして、終わったら終了。
    金曜日も注文分やったら終わりにしたら、毎週プレミアムフライデーですよ。
    みんな凄い頑張って、そういう時に新しいアイデアが生まれたりとか。
    『効率』を良くして、みんなでもっと儲けて、もっと休んでっていう風に。
    せっかち野郎なんで(笑)



    梶谷さんの生い立ちは?

    生まれがココの田舎で、父親が色んな種類の野菜やってて、料理人の人が来てドライのハーブしかないからフレッシュ(生花)やってくれって言われて。
    僕が小学校3年生の頃に、お父さんと一緒にハーブを学びに色んな農家を巡って、夜にはそのハーブを卸してるレストランに食べに行ったりとかして。
    3年生の頃からずっとミシュランの三つ星とか父と一緒に巡っていてね。
    それで父が帰って、日本でハーブ農園を始めて爆発(急激に人気)して、中学校1年生からカナダに留学して。
    それから父親が交通事故に遭ったんですよ。
    交通事故に遭って農業が出来なくなって、余命8年。
    何したい?って聞いたら、「死ぬ前に世界中の物食いたい」って。
    父が食べたいって言うので、世界ベストレストランっていう1位から100位ぐらいのサイトがあって、1番の所へ行こうやって。
    それがスペインだったんです。
    スペイン行って、昼はそこに卸してる農家へ行って、夜はレストランに食べに行くみたいな感じで、ニューヨーク、パリ、オーストラリア、スペイン、イタリアと世界中お父さんと旅行して。
    そしたら父親に洗脳されて「農業めちゃくちゃカッコいいやん」って。
    レストランに卸してる農家って儲かってるから、みんな半日仕事して、半日サーフィンしたりとか面白い人がたくさん居て。
    旅行いけたり経済的にも上手くいってるんで「お父さん、あんな風になりたい!」って言ったら、
    父親の一言、「お前には無理だ」って。
    「お前はただ楽しんでやってるだけだからお前に農業なんて出来ない」って言われて。
    そのかわり、カナダに凄く優秀な学校があって、年間10人しか入れない世界中から集まる、北米の植物界で1番みたいな凄く厳しい学校があって。
    そこで3年間勉強したらお前も一流になれると思うから、そこの学校パパが裏口で入れてやるってお父さんのコネで入って(笑)
    そこで3年間みっちり勉強して。
    そしたらお父さんに「今のお前なら出来ると思う」って言われて帰って来てやれみたいな感じで。



    それで帰って来て、ずっと海外に居たから売り先とかも解らなくて。
    お父さんの知り合いがパリで料理人やってて、誰か日本人でいない?って聞いたら「うちのキッチン日本人たくさんおるわ」って、その人達を紹介してよって。
    で、日本帰って来て、紹介してくれたんで野菜送ります、欲しい物あったら何でもやりますからって言ったら、そんな農家探してたんだよみたいな感じで。
    それが1年目の話で、2年目に東京ミシュランガイドが初版で出て、紹介してくれて卸してたレストランが全員三つ星獲ったんですよ。
    2年目からトップシェフがみんな使うこの人達の共通点は何?みたいな感じで、みんなうちの農園を使っているって感じで、色んなレストランがみんなくれくれって。
    さっきも話した1月2月の休みで旅行いったりして、新ネタを持って帰って来て。
    料理人にとって新しい食材って1番簡単なんですよ。
    詩を書くじゃないですけど、食材が多ければ多いほど綺麗な詩になるんです。
    今までの水菜とか、そんなのではやっぱり彼らはダメなんですよ。
    そこで変わった食材が欲しい、けど時間がない、農家がどこに居るかわからない。
    けど僕は旅行いってネタを取ってきて栽培して、こういうのがありますって。
    だから偶然というか、僕も旅行が大好きで、食う事が大好きなんですよ。
    それで植物が大好きなんでこの3つがセットになってマッチしたんですね。
    そしたらめちゃくちゃ楽しいし、料理人も欲しい物が手に入るし。

    よく、何で梶谷さんみたいな農家って居ないんですか?って言われるんですけど、まず料理界の事を知らなきゃいけない。
    栽培技術がないといけない。
    英語が喋れないといけない。
    食いしん坊じゃないといけない、とかそう考えたらみんなが出来る事でもないんだなと思って。
    ちょうど色んな事がフィットして、自分では普通だと思っていた事が普通じゃなかったのかなと思って。
    本当、お父さんにありがとうございますって感謝です。





    お父さんの代からシェフに卸していたんですか?

    いや違います、父の頃は市場に卸して、市場から日本中のレストランへ行くっていう感じだったんです。
    8割が市場で、2割が直送。
    僕が帰ってきてそれを逆にして8割直送、2割市場。
    っていうのも市場に卸したらどこに行ってるかわからないじゃないですか。
    朝起きて今日もやったるわ、みたいなのってやっぱり美味しいとか、良かったよ、健康になったよっていうのでやる気になるのに、その『1番大切な所』を人に任せて馬鹿じゃないの?と思って。
    人がどう思ってるかって1番大切なのにそこを知りたかったんで僕は直送に。
    料理長がちゃんと僕に連絡をくれる、今回の良かったよダメだったよ、じゃあどうしたらいいかってやると直なので、「こういうのが欲しいんだ」、「このお店はこういう感じなんだ」みたいに今は150軒とやってて、全部料理長と友達なので、全て特注で出来るんですよ。
    欲しい物が解って、お客さんに美味しかったよとか言われたらやる気になるじゃないですか。
    なので、直の方が絶対的にやり甲斐はありますよ。
    人が食べてどう思っているかって大切じゃないですか。
    常に進化していかないといけないけど、作っているものをどう思ってるか解らなかったら何の為にやってるんだろうって思うので。





    前まではハーブを乗っけてる(お皿に)意味がなくて、ただ可愛いから乗っけてたんですけど、もしそれに香りや酸味がちゃんとあればみんな使ってくれるので。
    世界中でブームがあって、前まではスペインが1番だったんですけど、その後コペンハーゲン、これからはオーストラリアとかあっちの方がファッションとしての流行りがあって、その流行りが日本に来るまでに数年掛かるんですよ。
    数年後にブーム来るとき、北欧のスタイルを真似したい時に、北欧って酸味が命なんですよ。
    その酸味は日本にはないんです。
    そこで僕は先に北欧へ行って、集めてきて、北欧ブームが来た時に全部ありますと。
    だから料理人より僕の方が詳しいです。
    でも料理人も僕みたいなオタクが居てありがたいですよ、欲しい物がすぐ手に入って。
    前までは、北欧に行って種を貰って、その種を農家の人に栽培してくださいって持って行き、農家の人もわけのわからん植物だから「あれダメだった」みたいに。
    それが日本にすでにありますよって状態にしといたら、すぐに買いますよって。
    僕、農業学校じゃなくて植物関係の学校だったんですけど、植物の良さは世界中一緒で学名を使うんですよ。
    ヒマワリって言っても世界中違う言い方でヒマワリはあるけど、学名は世界中一緒なのでその種がどこにあるかがすぐ分かるんです。
    そういう点は良かったなと思っています。

    梶谷さんは趣味ってありますか?

    本を読むのが趣味なんですよ。
    異常に読むんです。
    今はこんな感じですけど、子供達に家ではビール飲みながら本読んでる暗いおじさんって言われるんです(笑)
    料理本だったり、食べる事が好きなので。
    大好きなんですよ(笑)

    僕、意外と福岡正信さんの『藁一本の革命』を見て農業やりたいと思ったんですよ。
    っていうのも福岡さんを知らなくて、海外に農業を見に行って「何で日本人のお前がこんな所へ来てる?
    お前は福岡を知らないのか?
    世界の反対に来る前に俺だったらまず福岡さんに逢いに行く」って。
    パリに行っても「福岡知ってる?」
    ニューヨーク行ったら「このやり方は福岡さんから学んでるんだよ」
    カナダ行ったら「福岡さんの所で2年間修行した」って人も居たりして。
    これはヤバイ人がいるなと思ってまずその『藁一本の革命』を読んでみようと思ってみたら、めちゃくちゃオモロイ。
    なんやこの人って。
    あの本で人生変わった人すげー居ますよ。
    福岡さんにも会ったりして1番学んだのが、『自分の土地は自分でしか解らないから、自分で考えて自分のやり方でやれ』みたいな。
    自分にはピッタリだと。
    どうしても日本人って教科書を見てやるけど、土地によって全部違うじゃないですか。
    そんなの教科書は教えてくれないですよ。
    自分がちゃんと観て、どう感じて、どうするのかが大切って事は福岡さんから教えてもらって。
    それが1番いま上手く行ってる事なんだと思います。
    農業本とかは一切読まないし、ただ『自分で観て考えながらやる』っていう。







    最後に、梶谷農園のこだわりとは。

    こだわり一切ないですね。
    もう回転して回しまくって、限られた時間で利益を上げて、従業員も楽しくして、僕も楽しくするようにするっていう。
    農業が好きというよりビジネスが好きなんですよね、これを改良したらもっと効率化するんじゃないかとか。
    農業の雑誌とかも見ないし、農業の友達も居ないし、その代わりクレイジーな職業の人達とたくさん繋がったりとかして。
    僕の友達で投資家やってる35歳の奴がいるんですけど、去年のボーナス10億ですよ(笑)
    それでも「幸せじゃないんだよ」って言ってた。
    お前は農業でいいよなって。
    そういうのを考えたら農業ってなんか凄い面白いなって思う。

    このやり方を学べば、世界中どこでも夫婦2人で1000万儲けれるよって言ったらみんなやろうかなってなるじゃないですか。
    こいつ嘘かもしれないけど試しにやってみたら何か出来そうな気がするなっていうのが、うちのウリというかそんな感じです。





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    〜農法へ込められた百姓の真理〜伊予ノ巻

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      ベジタブルジャーニー37県目の愛媛県に入りました^ ^
      愛媛県は、四国の北西部一帯に位置し、瀬戸内海に浮かぶ小さな島々からなります。
      愛媛県の県庁所在地、松山市内にある道後温泉は、3000年の歴史を誇る温泉。
      日本書紀にも登場する古くからの名湯で、日本最古の温泉のひとつ。
      映画『千と千尋の神隠し』のモデルになったとも言われていて、道後温泉本館は、国の重要文化財に指定されています。









      柑橘類の生産量が全国一の愛媛県。
      向かったのは愛媛県『伊予市』。
      オーガニックな作物を作る業界では必ず1度は耳にする『自然農法』。
      その自然農法を提唱したのが『福岡正信(ふくおか まさのぶ)』さん。
      栽培形態が最も自然に近い独創的な農法を実践、普及。
      多様な植物の種子を百種類以上集め、粘土と共に混合・団子状にした粘土団子を作ったことでも知られる自然農法の親元。
      自然農法は海外でも実践されている例があり、イタリアのトスカーナ地方で育てられる幻の豚・チンタセネーゼ育成者にも引き継がれている。
      「粘土団子」と呼ばれる、様々な種を100種類以上混ぜた団子によって砂漠緑化を行おうとした。
      行われた場所は、ギリシャ・スペイン・タイ・ケニア・インド・ソマリア・中国・アフリカなどの十数カ国とされていて、東南アジア諸国では、粘土団子方式で荒野がバナナ畑や森として甦った。
      1988年、ロックフェラー兄弟財団の出資で発足したフィリピンのマグサイサイ賞を受賞している。
      今回はそんな自然農法提唱者である、福岡 正信さんが拓いた柑橘の園を中心に、豊かな自然の中で親族が営む『福岡自然農園』さんにお邪魔してきました。





      お話をうかがったのは、福岡正信さんから三代目にあたる、福岡自然農園代表『福岡 大樹(ふくおか ひろき)』さん(44)。
      ベジタブルジャーニー129件目の農家さんです^ ^



      福岡自然農園の現在は、どんな農法でやられていますか?

      自然農法いうのを祖父が考案して、それに習いつつやりよる感じですかね。
      それなりにアレンジしたり、見本(祖父を)としたりしながらやってます。

      肥料などは入れないんですか?

      肥料は場合によっては入れます。
      有機質の肥料ですね、化学肥料はやった事ないんです。
      例えば苗木を植える時に鶏糞を使ったり、収量も少し上げたい場合には菜種カスやら、一般的に受ける味にしようと思うと魚の骨や肉骨粉や貝殻とか。

      肥料はどこから入手するんですか?

      それは業者から普通に仕入れます。



      大樹さんの生い立ちを聞かせてください。

      生まれも育ちもココで、専門学校で2年間、神戸に出た事はありますけど。
      バイオテクノロジーの専門で、外に出る理由としてはそれっぽいかなと、あまりこだわりはないですね(笑)



      戻って来て就職して、もともと家業を継ぐつもりはあったんやけど、親父が30歳までに継いでくれたらええわいみたいな話だったので、一応就職したんやけど。
      会社に数年勤めてやっと働き手として一人前になった頃に辞めるんは申し訳ないなと思ったんで、半年ぐらいで辞めて。
      その後はフリーターとして色んな職業やっとったら、色々と百姓なら役立つかなと思って。
      それで25歳くらいになって、まだ約束までに5年あったけど、もう手伝うわいみたいな感じで。
      子供の頃から農業には抵抗はなかったんですよね。
      思春期の頃はやっぱり人並みの悩みを持って、環境やのアフリカが飢餓やのテレビで見ながら「あぁ俺は何が出来るんやろ」とか考えた時に、この家業があって。
      何て言うか、後ろめたく生きる必要はない気がして。

      農法的には家で伝承していくような風潮はあったんですか?

      全くないですね。
      結構そういったイメージがあるじゃないですか?全然そんな都合の良いものはないですね。
      一緒(祖父と)に手伝ったりはそれなりにやってきたし、よう遊んでももらいよったけん、その辺でどっちかと言うとテクニック(農業技術)よりも感覚が大事やと思うんですよ。
      そこら辺をいくらか伝えようとしたんやないかなとは思うんやけど、まぁどこまで受け継げれとるかはわからんけどねぇ。
      祖父は自然農法いうのを提唱しとるけど、わりと哲学者的な部分が強くて。
      どう生きるか、どういう風に世の中を捉えるかいうのを示してて、それを実践するのに農業が適しとったみたいなところがあって。
      農法の縛り的なところが大事なんじゃなくて、どう捉えるか臨機応変に柔軟性をね。
      これはしたらいかん、これは安全です、これは危険みたいなガチガチになると折れやすいかなと思いながら。





      例えば、福岡正信の子孫として人前で講演活動のような事はしないんですか?

      ん〜 祖父の名前があっていくらかそういう機会はあって手伝えそうな時は手伝ったりはしますけど、ちょっと間違うと百姓を選んだはずがビジネスマンに変わっとったとか、活動家になっとったとか変わって来る側面も恐いんで、そこら辺は気をつけながらやってますかね。
      百姓という軸から外すと訳がわからんなってくるんでね。

      以前この旅で出会った農家さんが海外へ行った際に、外国人から「お前は日本人だから福岡正信を知ってるか」と言われたと話を聞いたんですが、やはり海外からの影響もありますか?

      ありますね。
      今でも年間外国から数十人は来園されますね。
      わりと遠くに行けば行くほど知名度が上がる性質があって。
      ちょうど今、40数年前に最初の英訳本を翻訳した方が40年ぶりに昨日こちらに来られて。
      特別なお花見をしましたね。
      それをベースに29ヶ国語に翻訳されとって、村上春樹が登場するまでは日本の書籍で1番翻訳されとった本かもしれんねとは言われとったみたいで、わりと日本人より外国の方が声は聞きますね。
      逆輸入的な部分が多いですね。
      外国で聞いて、帰ったら訪ねて来ましたとかね。



      本を出版する経緯とは。

      まぁ、ある意味『悟り』みたいな感じですかね、哲学というか心理というかを悟ったんやと思うんやけど。
      掴んだ心理みたいなものを伝える方法として、一般的に『宗教』があるんやけど、どの宗教みても上手い事いってないじゃないですか。
      宗教いう手段を使ったんではこの心理は伝わらんなぁいう事でそれを『農法』に変換して、伝えていこうと始めたいうところですかね。
      それで何冊か目に『藁一本の革命』を書いて、それを英訳にしたところ世界中に広がっていう流れかな。

      最後に、福岡自然農園のこだわりとは。

      この仕事に誇りは持っとるし、この仕事を否定するとなると、自分自身を否定するぐらいの事になると思うんで。
      これを仕事、生業、営みとしてずっと続けるいうのが1番のこだわりかな。
      その為に、今の社会とバランスをとりながらいうのが常に色々考えるところで。
      農地があれば、この環境があれば、食べる事が出来る仕事なので、それは最低限でも守り続けるいうのが1番のこだわりですかね。


      正信が70年手掛けた山があるんですよ、その後20年ほど放ったらかしたんやけど、なかなか興味深い山になっとると思うし、そこに行ってみたら美土和さんも面白いんじゃないかなと思いますよ。

























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      〜自然が育て自然を育てる〜中土佐ノ巻

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        ベジタブルジャーニー36県目の高知県に来ました^ ^
        高知県は四国の南に位置し、その大半が農村地帯。
        同じ四国でも、先日行った北に位置する香川県では、全国で年間降水雨量988mmの最下位に対し、南に位置する高知県では、年間降水雨量3,093mmと全国1位。
        南北に隣接している県が降水量の『最大』と『最少』を占めているなんとも不思議な関係性。

        四国では南側から海風が吹き寄せ、四国山地にぶつかり強制滑昇して上昇流が発生します。
        これにともない「山地の手前で凝結して降水(雨)に至る」
        というのが、高知県で降水量が多い理由。

        それとは対照に、降水によって水分を失った空気が、香川県側で下降流となって気温が上昇るから「相対湿度が下がり、雨が降る確率が低くなる」
        と言うのが、香川県で降水量が少ない理由だそうです。

        今回はそんな雨がもたらしてくれたご縁とでも言いますか、ここ数日の間、雨が続いて畑に土砂の水が流れ込み、そのせいで作業が出来ないところ、たまたまオファーを受けて頂けたのがきっかけでお会い出来ました。

        高知県『中土佐町』で自然農法の生姜を軸に、文旦、小夏、ゆずと土佐を代表する柑橘類も栽培している『潮と空農園(うしおとそら)』さんの所へお邪魔してきました。

        お話をうかがったのは就農して2年目の潮と空農園代表『八木 昭宜(やぎ あきのり)』さん(39)。
        ベジタブルジャーニー128件目の農家さんです^ ^



        農家になるまでの生い立ちって聞いてもいいですか?

        生まれは愛知県で、育ったのは豊田市です。
        豊田に居たのは高校卒業する18歳まで。
        高校卒業した後は神奈川県の油壺で水族館に就職したんです。
        アシカのトレーナーをしてましたね。

        なんで豊田市(愛知県)から油壺(神奈川県)へ行って飼育員をやりたいと思ったんですか?

        もともと、親父が釣りとかキャンプとかに連れてってくれてて、ずっと釣りをしていたんですよ。
        魚とか水遊び系が好きだったので、そのまま高校が水産系だったんですよね。
        進路もどうしようか悩んでる時で、大学も受けたりしたんですけどピンッと来なくて。
        たまたまそんな話が来たので就職しました。
        結局半年ぐらいで辞めちゃったんですけどね。
        そこから愛知県へ戻って来て、その頃はルアーフィッシングのバス釣りがちょうどブームな頃に、たまたま名古屋のショップでアルバイトの募集があって、3年ぐらいバイトした後に社員に。
        20代はルアーフィッシング専門でやってましたね。
        最後は仕入れの統括をやって、ピーク時には全国で35店舗ぐらいあったのかな?
        そこで僕の居たチームで全部商品仕入れとか、店舗作ったり。
        小売に関する事は一通りそこで勉強させてもらって、超ハードな20代で、趣味と実益を兼ねてと言えば聞こえは良いですけど(笑)



        30代は、結局その会社の社長と合わなくなり、退社して、その後は迷走ですね30代(笑)
        仕事をずーっと趣味の業界でやって来て、今後また同じ業界に戻るのか一般職(サラリーマン)をやるのか、みたいなところで、行きたい業界も近場では無かったので一般職でやりつつ、ずーっとしっくり来ないまま、その頃は公共施設の施設管理とかをやっていて。
        やっぱり趣味を仕事にしていると、ぶつかる相手も同じ趣味を共有しているから、ある意味話が通じる部分ってあるんですよね。
        一般の社会にいざ入ってみると色んな年齢層の人や、色んな価値観を持った人とぶつかるわけですよね。
        公共施設だと、当時30歳ぐらいで部下が60代とか70代みたいなところとか、自分自身の若気の至りとか、まぁ色々とありますよね。
        その頃に、たまたま知り合いのツテで心理学の勉強会とか、そういうのも紹介してもらって、そこで5年くらい勉強してたかな?
        自分の勉強にもなったし、良いか悪いかは別として、周りがよく観えるようになりましたね。
        そういう中で3.11の震災が起きて。
        その頃は、前にいた業界の展示会とかも手伝いに行ってたんですけど、ちょうど3.11が展示会の前日に起きて。
        翌日、開催はしたんですけど、やっぱりそこがキッカケで、遊びの業界(趣味)に自分が本気で腹を据えて戻る所じゃないのかみたいな感じがそれからずっとどこかでしてましたよね。
        結局その後も迷いながらキャンプ業界でsnow peak(スノーピーク)って会社に入って、店頭の売り場で仕事したりとかしてましたけど、やはり違うと(苦笑)
        そして、同じころにカウンセラーの資格を取り、その会社も辞め、色々と考えつつ、社会的にも最近はメンタルの病気と薬の問題とかもあるので、そういう人達の薬を辞めるサポートみたいなことも手伝いをしてたんですよね。
        でも、やってみた結果それも違うなと(苦笑)
        30代中盤はそういうタイミングで、メンタル系のラインで行くのか、普通に一般職のサラリーマンをやるのか、いろいろと迷いながら進んでました。
        そして、それと並行して農業っていうジャンルも勉強していて、結果、最終的にこっち(農業)に落ち着いたんですよね。
        そのキッカケが、たまたま旅行した先でココ良いなっていう場所があって。



        向こう(都市、街)に居ると、どうしても人、物、金が先に立つって言うと語弊があるんですけど、自分が立ってる場所に違和感を感じてなければそれらが先に立つのは当然だと思うんですけど、僕の場合は自分の居場所がどうにもこうにもしっくり来ない中、この社会人生活20年が過ぎ、やっぱり違うぞみたいな。
        なんなら生まれてからずっとこっちに来るまで違和感があった、みたいな。
        だから、僕にとっての農業は、この先を生きていく上での1つの選択肢だったんですよね。
        僕の場合はどこに住んで、どこで死ぬかって言う方が重要だったってところがあって。
        たまたま高知県に遊びに来てる時にここなら住んでもいいなって思える所があって、たまたま農業自体も興味があって色々勉強してて、それがたまたま重なったと。
        先ずは自分が住んで、居心地が良くて、人、物、金を取っ払って、自分のパフォーマンスが1番出せるコンディションの良い状態でやれる方が、結果として何をするにも良いかなって。
        だから、めちゃくちゃ農業をやりたい!ってやってる人とは感覚が違うかも知れないですけどね。

        自然農法っていうやり方をしてるのは環境の為?

        そうですね、まぁ単純に儲ける為で言ったら慣行栽培(現代農法)で生姜やった方が簡単にお金には出来ますよね。
        農協(JA)が全量買い上げしてくれるので、その指示通りの内容で栽培すれば。
        新規就農でやっていると、そうしなさいよって話はいっぱいもらうんですが、いやぁでもなぁって。
        だったら都会でサラリーマンやってても一緒でしょ。
        僕自身が子供の頃から外で遊ぶのが好きで、アウトドアの業界にもずっと居たので今から自分が野外でやる事で、これ以上世の中汚してどうするんだって。
        そこだけじゃないですかね。
        だから何とか農法やりたいとか、そういうのは全く無いですよね。



        自然農法って一応言ってますけど、農薬、化学肥料、除草剤を使わないっていう前提があるだけで。
        僕がやってるのは、どれだけ環境負荷を減らして、ちゃんとした作物を育てること。
        ただ、どうしたら収穫もそれなりの量を確保できるかは考えます、そうしないと僕も社会的に生きてくための収益性の部分もあるので、そこは遊び事でやってるわけではないってそこは一本線は引いてますよね。

        生姜ってもの凄い農薬を使う作物なんです。
        まず一般的には土壌自体を消毒するんですよ。
        要は土を無菌状態にするんですね、土から媒介する病気が1番大変なので、その為に薬剤打って土壌をリセットして飛ばないようにビニール張って。
        ただ土壌細菌って、良いとか悪いって人間が決めてる事じゃないですか。
        自分が植えてる作物に害があればこの菌が悪いって。
        でも結局は土壌の中に元々居る菌だから、外の野ざらしの所(露地畑)で自分の所の畑だけ隔離して殺菌したところで、雨が降って水が流れてくるわ、風が吹けば砂は飛んでくるわで防ぎようがないじゃないですか。
        結局、良いも悪いもなくて菌が0にリセットされてるから、悪い菌が増えたら悪いのばっかりになるし、善玉菌と悪玉菌じゃないけど、本来、双方が牽制しあって、悪い菌が爆発的に増えなければスポット的に病気が出る事はあっても、その場合は畑全体に広がる前に対処すればいいから、逆に無菌状態にしちゃうと良いも悪いも全て殺してしまうので、考え方によっては畑全体の免疫力が落ちますよね。

        ただ慣行栽培(現代農法)の場合、一般的には同じ畑で繰り返し作られるんでそうせざるを得ないところもありますけどね。
        僕の場合は畑を何ヶ所か用意して、毎年回して使うので1つの畑で年1作になるようにしてます。
        それは無肥料だと、土壌の栄養を吸収して作物が育っているので、収穫後の土は明らかに弱ってますから、それを多少でもリカバリーするのに、作物を植えないで数年置いて、ローテーションしながらやる方法で行なっています。



        なぜそこまで環境を気にするんですか?

        嫌じゃないですか?
        自分の居心地が良いと思う場所で、空気が汚れてるとか、水が汚れてる、土が汚れてるって嫌でしょ。
        人としてどうとかじゃなく、動物として嫌じゃないですか。
        こういうことは僕1人で直ぐにどうこうなる問題ではないと思ってるけど、誰もやらないより、誰も言わないよりはマシでしょ。
        僕、物を売ってきたりとかバイヤーっていう仕事をして来てると、知らない人に知ってもらって買って戴く、結局ちょっと先、0.1歩でも先に行っていれば先に情報があって、それを伝えて良ければ納得して買ってくれるっていうのをずっと繰り返しやって来てるから、自分の生き方自体がそういう風なんじゃないですかね。
        カウンセリングで薬を辞める事をやってても、人が何かをした事の後始末みたいな気がして、俺がやらなくていいんじゃないかな何か違うなと漠然と思いながらやってて。
        僕にとって農業は理屈とかじゃなくて本能的な部分も入っているんじゃないかな。
        人間って足があって動けるわけじゃないですか、だから自分の居心地の良い環境を求めて来た結果、こうなったみたいな。
        だから僕の場合は、農業をしたくて土地を選んだわけではない部分が大前提としてあるんです。
        生存欲求として、ココなら居ても良いかなっていうところが先ずは大事。
        その前提条件の中で、ココをこれ以上汚さないように、自分の環境を快適に保つ為、そこで生きていく為に農業(仕事)をする。
        それも都会でサラリーマンもさんざんして来たから分かる事であって、今後はこれまでとは違うアプローチで、何か環境のために、農業(仕事)を通じて出来たらイイかなっていう部分で今は動いてる。



        自分の後に道が出来て、御大層に人がついてくるとは思ってないけど、そういう風にちょっとでもかき分けて先に行ってますみたいな(笑)
        そういう役回りだと思ってます。
        まぁ、実際のところやり出して面白いですよ、この仕事は常に自然を相手にしてますからね。

        潮と空農園のこだわりとは。

        自分が活動していく過程での環境負荷は可能な限り下げたいってことぐらいかな。
        だから、こだわりっていうこだわりは、こだわらない事にこだわる事かな。
        その時に応じて臨機応変に、必要なことはして、必要ではないと思うことはしない。
        自然は常に変化してますからね。
        ただ、自分で決めれる事は最低限決めますけどね、農薬使わないとか、化学肥料使わないとか。
        でもそれってこだわりなのかな?
        こだわりって言うより、とり決めとか、ルールじゃないかな。
        だから、こだわりって言われても、よくわからないよね(笑)





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        〜美味しさの伝統〜阿南ノ巻

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          ベジタブルジャーニー35県目の徳島県に来ました^ ^
          徳島県は、四国全土に点在する 88 か所の霊場を巡る、1,200 km におよぶ『遍路道』の起点になっているところ。





          県北部は粟が多く収穫されたことから「粟国」(あわのくに)、県南部は「長国」(ながのくに)が、後に統合され、令制国では阿波国(あわのくに)と呼ばれていた徳島県。
          約400年の伝統がある阿波踊りなどの文化は全国的にも有名。

          今回伺ったのは徳島県阿南市。
          1300年の伝統米と共に米匠の技で、昔ながらの農薬を使わない無農薬米専門にお米作りを行っている『なかがわ野菊の里』さんにお邪魔しました。



          他では途絶えてしまった大変貴重なお米の品種を、なかがわ野菊の里だけが栽培し続けています。
          1300年以上続く歴史と魂の伝承。
          お話をうかがったのは、なかがわ野菊の里代表『新居 義治(にい よしはる)』さん(42)と奥さんの『希予(きよ)』さん(39)。
          学生時代、奥さんの希予さんは日本画を学ばれていて、義治さんは工業デザインを。
          義治さんは世界中へバックパッカーをしていた経験も。
          ベジタブルジャーニー127件目の農家さんです^ ^



          農法って聞かれるとどう答えますか?

          農法って色んな名前あると思うんですけど、農法で作物を作ってるって位置付けはないんですよ。
          だから農法自体は基本、伝統的な農作業をしているから『伝統農法』っていうコメントを言うけど、例えば自然農法があったとして同じ農法でされとって、同じ物が出来てるのかってなると凄く危ういんで、基本的に農業というのは大枠の農法って本当にいるのか?っていう話やと僕は思ってるんです。
          田んぼに入れる物としては、基本的に毎年山へ行って落ち葉を取って来て、植物性の腐葉土と動物性の物も入れます。
          私達は何代も代を越えてまで続いてお米をお届けしているお客様とかもいらっしゃるんですが、無農薬は基本ベースでやってて結構大変なんですよ。
          苦労して、お米作って、やっぱり相手が見えてるからこそ、その苦労に耐えれるところがあるので、お金さえ払うわって言うのは対価は払ってるかもしれないけど、やっぱり苦労の方が辛いので。





          偏った(肥料)物が欲しいって言う方はおるかもしれないですけど、自然の中でそんなに偏った圃場っていうのが基本的にないんですよ。
          だって動植物両方が居るじゃないですか、だからどちらかだけ除外するっていうのはおかしいって僕は思うので。
          鳥の糞でも、抗生物質を与えていない所の糞だったり、こちらが精査した物を使っていますね。



          (希予さん) 農業をしていない方が食べ物を選ぶ時に農法に名前を付けたがるんですけど、どこの家の誰が作ったお味噌汁が正しいかって聞くようなもので。
          そのお家によって、その田んぼによって田んぼの高低、土の状態、日の当たり具合によってもそれぞれ癖が違って、1反に何を何kg入れるっていう世界ではないわけで。
          必要無ければ入れないし、必要だったら入れて元気にさせてあげる。



          それはご家庭のお母さんが、お味噌汁で今の時期はお父さんや子供が外でよう動く時期やからちょっと味噌多めにしようかとか、そういう家庭で行われてる事と一緒なんですね。
          どこのご家庭の味噌汁が、みなさんが好きかっていうぐらいの話なのでね。

          農家になった理由とは?

          お爺さん(祖父)と約束してて。
          ちょうど癌で調子悪い時、田んぼを教えてくれよった時に「一代飛び越えるけど、わしがアカンようなったらやってくれへんか?」って言うた時に「うん、ええよ」って言っちゃったんだよね。
          それから2年ぐらいしたら亡くなって、父親が1人でやるからええよと言いよったんだけども、倒れてしまって。
          母親から電話があって帰って来てくれへんかと。
          その頃は県外におったから帰ったら田んぼせなアカンし、仕事ないし、絶対田んぼじゃ飯食えんと思ってるから、彼女(希予さん)に相談してみたら「帰ったら?」と。
          帰ったら結婚できへんで?「まぁしゃあないよな」って言うんでこっち帰って来て。
          農作業知ってるけど、まぁ力入らんよな(笑)



          1番単純な物ほど1番難しいってよう知っとったから、帰って来ても2年間くらいはお手伝いをしてた感じで。
          けどまぁ歴史的背景とか色々出てきたり、そういう意味合いがあったのかなというのを理解して、それならこのお米を『日本一の物』にしようかと。
          ちょうどその頃に阿南市の県の企画で100人くらいの前で演説しゃべらないかんくて、みんなの前で「今は誰も知らんけど、これ(お米)を日本一の物にするから」って言って。
          今まで若手で農家になるって人が居なくて1番の若手で1番変わった事してて、無農薬って今は定番化なりつつあるけど、その頃はほんま袋叩きにあうくらい笑われるような職業だったりするから、そんな面白い奴がおるなんてって賞戴いたんですよ(笑)
          年数踏んで行く事で、2016年に農水省主催『フードアクションニッポンアワード』で賞を戴いて。





          海外に農産品を売って出ましょうと、加工して海外進出しようっていうような賞なんですけど。
          そこで、加工もされていない米が単独で賞を獲ったのは初めてで画期的だったんですよ。







          農園名の由来とは?

          『なかがわ野菊』っていう野菊が自生してるんですよ。
          絶滅危惧種に登録されてるような。
          なか川っていう暴れん坊の川があって、そこの中流から上の方に自生してて岩場にしがみ付いてるんです。
          岩に足(根)を絡めて生えとるんですよ。
          葉っぱが3つで、水に流されても抵抗が少ないようになってる、そういう野菊があって。
          私達がやってる農業もそういう伝統的ものを引き継いで来てるので。
          しかも当時、無農薬っていうものが無くなりつつある時だったので、無農薬自体を、『伝統的な農業自体を守る』っていうそこからネーミングを戴いて、レッドブックに載るような農法を未だにやり続けてるそんな農家があってええんじゃないかと思って。



          なかがわ野菊の里のこだわりとは。

          美味しい物を作りたいなって思う。
          でも美味しい物って結構難しいんですよ。
          人によってとか、生い立ち(地域)によって美味しさの定義が違うので。
          私達はこういう美味しさが好きですよって作ってるんだけど、一般の方とか農家の方は品種で分けるでしょ。
          あれ品種ちゃうんよね。
          コシヒカリでも今3つパターン作って提供してるんですよ。
          市場に出てるお米よりちょっと美味しくて、それよりちょっと美味しくて、それより上の美味しい物を。
          市場より上の3つを作ってて。
          始めは普通にコシヒカリとして売ってたんだけど、技術的な面ってわからんじゃないですか。
          それを理解してもらいたくて上の物と下の物を作ってあえて販売しているんです。
          何が違うんですか?ってよう聞かれるんですけど、味が全然違うと。
          子供と一緒で、親は一緒やけど子供って性格ちゃうやん。
          お米も環境が違うとまた変わってくるからそこらを変えてるっていう。
          だから子供の子育てとよく似ている。
          もっと自然を理解して、その流れに基づいてやってったらええのかなって。
          今の一般農業スタイルっていうのはホンマに人間の力で自然を押し込んで人間の為に作ってる。それはいかん。
          これからは自然のメカニズムを理解しながら、失われた技術を構築し直さないかんと、伝統を復活させないといかん。
          それには見えない世界を見ないといけないというのがあって、それを理解して、自然の力、メカニズムだけが入っていくような形で人間は最低限の力を入れていく。
          そこから恵まれたお米を戴いてお客様に提供していきたいですね。







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          〜作物との関係性〜まんのうノ巻

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            3ヶ月ぶりに2018年ベジタブルジャーニー出発致しました^ ^
            最初に向かったのは34県目、四国の香川県へ。
            香川と言えばやはり『うどん』。
            香川県民1世帯あたりのうどん(そばも含め)消費金額は12,570円で全国1位。
            2位の埼玉県では6,715円と約2倍の金額差。(農林水産省米麦加工食品生産動向2009)



            香川県でなぜ『うどん』が消費されるようになったか?

            うどんは小麦粉、水、塩から作られています。
            香川県は温暖で晴天が多く、四国山地と中国山地に挟まれ盆地とも似た状況にあるため乾いた気流が多く、雨雲が侵入しずらく降水量が少ない地域。
            県内に16000を超える無数のため池を設け試行錯誤を繰り返しながら、県面積の18%占める稲作水田が開発されました。
            稲作と裏作(二毛作)として小麦等の畑作物も栽培がはじまり、水不足と上手に付き合ってきた結果、小麦の収獲が盛んになり、小麦をより美味しく食べる手段として『うどん』が香川県全域に広まったのが始まりだそうです。

            とは言っても現在では海外から安い小麦粉も輸入される時代なので、香川県産の小麦粉を使用するうどん屋も少ないように感じました。

            そんなうどんの町、香川県では東京に比べ、オーガニック文化が浸透しておらず、なかなか生産者を見つける事ができませんでした。
            まず情報収集をしようと向かったのは、まんのう町にある『さぬき こだわり市』。







            オーガニック食材を扱うさぬき こだわり市では、無農薬・有機・減農薬の野菜や果物を専門に、独自の基準で5段階にランク分けされています。



            お話をうかがったのは、『さぬき こだわり市』の代表取締役であり、『臼杵農園』代表でもある『臼杵 英樹(うすきひでき)』さん(58)。



            情報収集の為に伺ったお店の社長が生産者でもあり、香川県の西讃地区農業士会の会長さんという事で詳しくお話を伺う事に。
            ※農業士(農家を育成する指導者)

            臼杵 英樹さんは1960年、香川県三豊郡高瀬町に代々続く農家の長男(5人兄弟)として生まれ、高校卒業と同時に農業後継者として就農。
            それから40年間ずっと農業に従事されてきました。
            アレルギーの子供をお持ちのお母さん方と出会い「私達のために安全な野菜を作って欲しい」という声がきっかけとなり無農薬栽培を開始。
            ベジタブルジャーニー126件目の農家さんです^ ^

            香川県内のオーガニックに対する浸透具合はどうですか?

            ん〜 薄いですね。
            高松市で自然食品を扱うお店があるんですけど、実質経営的に成り立っているのはそこぐらいで、お店が3つ4つ出来ても成り立っていかないという事はそれだけ認知度が薄いって事やと思うんです。

            シンプルに成り立たない経営をするならオーガニックじゃなく、慣行栽培(現代農法)で農地を拡大した方が安定的な収益に繋がると思うのですが。

            私達、この辺の中山間農地の方はその競争の中には入っていけないんです。
            入っていけない農地は荒らしていくのかってなるとそうじゃないやろと。
            山は山なりの良い自然環境があったり水が良かったりと長所もあるので、そこにオーガニック的な栽培をする事で付加価値を付けて、香川県で売れなかったら東京持っていこうやって。
            でも東京に同じブロッコリーを持って行った時に、こちらのブロッコリーと市場から来たブロッコリーと、先方から言ったら「どこがどう違うの?」という話になると、やっぱり『味』っていうところにこだわっていかんと。
            一般的な野菜ではなく、市場に出ていないような物、これはブロッコリーなんですけどチビッコリーって名前付けたんですけど。



            これを東京の新宿にある某百貨店に出してるんです。
            大ヒットしていて、魅せ方を変える事で工夫したりしています。
            東京の某ホテルの料理長がたまたま香川県の紹介で「臼杵さん、料理長預けるから1日案内してくれないか」という話があって。
            農家をずっと周りおったんですけど、園に入って作物を見てたら何も言わなくなるんです。
            それでも案内を続けていると、普通は商品でないような物を「コレ臼杵さんええよ」って言うんですよ。
            それを考えていたら、それはそれなりに魅せ方を変えたら商品になるんやって思った時にこのヒントになったんです。
            商品であるか商品でないかは自分の思い込みだったんだなって。



            代々農家家系の方は、わりと自分は農業やりたくないっていう意見が少なくなかったんですが臼杵さんは抵抗なく農業へ?

            結婚してからは、これで生計立てるんやっていう風にしか思ってなかったけど、独身の時はカッコ悪いなっていうのはあったよね。
            その時代は風潮として農家の長男なら農業をして当たり前っていう家がほとんど無かった。
            もうとにかく農業では食っていけないから早よ仕事行けって言うような風潮が周りにあって。
            だから僕らの年代の農家って凄く少ないんですよ。
            最近になって若い方がだんだん増えてきたけど、僕らの時は農業やりおったら馬鹿にされるような感じ。

            なのに何故、農業をやろうと思ったんですか?

            もう意地でしょうね(笑)
            でもね、土建業のアルバイトとかも色々したけど、結局時空が違うんですよね。
            同じ1時間でも農業だったらゆったり流れるっていうのが凄く魅力でね。
            まぁそれですかね。

            不思議な話があって、サイズが大きいのに糖度がある素晴らしいブドウのピヨーネを作っとる方が前に亡くなったんです。
            同じ圃場を息子さんが管理したんですけど、出来るのが同じ物じゃないんですよ。
            同じ畑で、同じ木、同じ農法で作っとると言うんですけど違うんです。
            だからそこの何かというのが多分、作物に対しての『向き合い方』の何かがあるんだと思う。



            農業指導者として臼杵さんは今後、香川県の農業をどういった方向にしたいですか?

            僕は無農薬のやり方をしているので、香川県の中でとなると一般的な栽培も当然おるので、それを全部私のような方向に向けるのは難しいと思うけど、とにかく僕は中山間地域を何らかの形で再生していかないと平地の農業が成り立っていかないと思ってて。
            山が荒れてるから中山間の農地が鳥獣被害にあうことで、耕作放棄地が増え山になって増えてくると、平地にも被害が出て来るので、中山間地帯が元気になる事が香川県の農業を救う事なのかなと思うんです。



            臼杵さんにとって『美味しい野菜』とはどういう野菜ですか?

            野菜がその本来の持っている香りであったり、味であったりをいかに引き出すかっていうところですかね。
            やっぱり甘い物でも、甘いだけじゃなくてそこに旨味があったり。

            臼杵農園のこだわりとは。

            自分が美味しいなっていう物を売りたいっていうのがこだわりですね。
            美味しくするにはどうしたら良いかっていうところも追求してます。





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            〜スープと日本酒〜朝来ノ巻

            3

            島根県を後にして、2017年のベジタブルジャーニー最後に向かったのは兵庫県『朝来市』。
            農薬・肥料を持ち込まない農法でお米を育て、冬は日本酒蔵で日本酒造りに携わっている『ヨリタ農園』さんにお話を伺いに田治米酒造 さんへお邪魔してきました。





            お話をうかがったのはヨリタ農園代表『依田 圭司(よりたけいじ)』さん(41)。
            東京都八王子市出身で、父の実家は製菓店を営んでいた。
            ベジタブルジャーニー125件目は農業と蔵人の二足の草鞋を履く、農家蔵人さんです^ ^



            夏場はヨリタ農園として自分で独立してやっているので、冬はこっち(酒蔵)に完全に移行して、出荷(農業)だけは夜にしているんです。
            朝はちょっと早くて蔵は早朝5時から始まって、夕方5時まで。
            基本的に休みがないもんで、たまにちょっと午後に休ませてもらって農作業をしたりしてるんですけど、もうこの10年ぐらいはそのサイクルで。
            農家として独立したのが5年前ぐらい(2012年)なんですけど、一番最初に酒蔵でお世話になった(2008年)のは鳥取の蔵なんですよ。
            鳥取の蔵に1年居て、その蔵にお米を出荷しているオーガニックの農家さんの所でちょっと勉強させてもらって、それから蔵を移って滋賀の蔵へ。
            滋賀の蔵に酒米を出荷している農家さんもオーガニックだったんですけど、結構大きめにやってる農家さんで、そこでお世話になりながら、冬場は酒蔵。
            そんな、夏は田んぼで冬は蔵、という生活をトータルで5年やったうえで、独立しよう と思って農家的に独立して、で今はこの蔵(田治米酒造)にお世話になってる感じです。

            ほんまの当初は酒蔵で働きたくて。
            オーガニック素材を最初に志向したというよりも、ある蔵のお酒で特徴的な味わいに出会って、『あ、これおもろいな』と思ったらそのお酒の材料がオーガニックで。
            だから農家からじゃなく、お酒の味からこの世界に入って来たんですね。
            今は二本柱でやってて、酒米も作ってるし、販売用(飯米)もちょっとなんですけど作っています。

            依田さん独自のお酒もあるんですか?

            あるんですよ。
            これは自然栽培1年目のお米で、初めて天日干しで乾燥してみて(二年目からは機械乾燥)。
            夏場に作ったお米を冬にお世話になる蔵でも扱わせてもらってるという。
            蔵の仕組みは、杜氏さんっていう統括マネージャーみたいな人がいて、その下で担当が分かれて皆で造るっていう形で、僕も蔵人として杜氏さんの下で酵母とかを培養する仕事をしています。



            依田さんの職種とは?

            蔵人でもあるし、農家でもあるという。農家蔵人ですね。
            蔵人は夏場って基本的に仕事がないもんで。
            もともと、この冬は酒蔵、夏は別の仕事というスタイルっていうのは、この辺(但馬地方)で昔から多かった出稼ぎ労働者の人たちの流れを汲んでいて、冬に雪が沢山降る地域では仕事ができなくなるので、山にいる牛飼いだったり、田んぼやってる人とか、そういういろんな技術者が冬に蔵に来て働くという流れが元々あったんですね。
            いまは社員として年間雇用して夏は農業、冬は酒蔵っていう会社もあります。

            米の農法について。

            自然栽培で、一応何も入れてないで、土だけ発酵の方法にもっていきたいという模索をずっとしてて。
            昨年ぐらいから緑肥の導入を少し考えつつ、来年から緑肥を作って、土自体の質をもうちょっとあげたいなという方向で今は動いています。
            滋賀の時にお世話になっていた農家さんが、米ぬかなどを発酵させたボカシっぽいやつを土にいれるみたいな事をやっていたので、最初は入れようかなって思っていたんですが、ここ(朝来市)に来た時に誘ってくれた子が、たまたま自然栽培をやってて、じゃあやってみようかなぐらいの軽い気持ちで初めてみて、今、現実を見てるって感じですね。
            やっぱ収量が下がってくるので土質と農法のせめぎ合いがあって、去年ぐらいからちょっとテストでいろんな事を試してをいて、来年からは緑肥を作ることで、微生物を増やしつつ有機物を還元させて土の環境を整えていくっていう方向に今は考えが移っています。

            種について。

            自家採取が基本。
            100%自家採取なんですけど、酒米に関しては、みなさんおっしゃるんですけどのお米の形質の変化とともにお酒の味わいも変わってくるんですよ。
            なので、5〜6年スパンで替えていかないと、例えば造るものがあって求められている味があるのに、それと極端に違うものが出来てしまうと、名前(銘柄)と一致しなくなってくるので。
            それでもいいという蔵もあるんですけど、酒米に関しては、あまり味と方向性が変わってくると良くない(品種の特性を大切にしたい)と私は思っているので、来年は更新しようと思っています。



            ラーメンスープからフランス料理、日本酒、そして農家になる理由。

            生まれは町田。
            父親の転勤で八王子に移って、八王子で小中高と行ったあと、大阪の大学に行ってから、大学のjazz研でドラムにはまっていた事もあって。
            その頃、たまたま入ったラーメン屋でjazzが流れてて、手仕事でやってるし、ラーメン美味しいしっていうことで働き始めたら、スープを任される様になって。
            素材を煮込んで、水と油を乳化させてというのにハマって。
            スープって水によっても味わいが変わってくるんですよ。夏と冬では同じ場所の水でも味が違ったり。
            夏は豚が痩せるとか、そういうのでも味がちゃうんのか〜面白いなと思って。それで結構ハマって。

            そしたら行き詰まる時があって。
            スープの事をもうちょっと突き詰めてやりたいなとか思ってた時に、店を出て何かやろうと思ってフランス料理のレストランの方へ。
            そうしたら、料理屋さん独特の雰囲気もあって、自分はついていけなかったんです。その時に挫折して、もう一回改めて、自分は何がしたいのかって考えていたら、やっぱりスープが自分としては面白かったなってなって。
            私が働いていたラーメン屋さんのスープは、豚骨スープをすごくシンプルに骨と水だけでつくるっていうのがベースで、醤油とか最終的にはかかるんですけど、その時の作り方が3回に分けていたんですよ。
            はじめにたくさんの豚の頭の骨と水を大鍋に入れて、それを火にかけて灰汁抜きをして水を抜いて、それから骨を蒸して更に灰汁を取って、骨を柔らかくして。
            それから水を張って沸かしてというのを時間を決めて1・2・3とやって。
            2時間やったら2時間分濃縮されたやつを採って、また水を入れてというのを3回やって最後に混ぜるっていう形だったんですよね。
            『3回』というのが自分の中で面白くて、このことを思い出していた時に、日本酒の本を見てみたら三段仕込みっていうのがあって、3回だったんですよ。
            これスープの原点というか、これ日本酒からきてるなぁと思って。
            しかも、豚骨みたいに、豚を自分で育てるのはハードルが高くて難しいですけど、お米だったら自分で作って、そのルートから全部見れるなと。
            じゃぁ、日本酒は面白いなとなって酒蔵に入ってみたら、ガッとハマッたみたいな。
            『3』という数字が今でも僕の中にあって。
            蔵人生活を始めた頃、大きな蔵に見学に行くことがあって、その時に同年代の人に、そういうスープがあって3という数字でどうのこうのって言ったら、それはないわ〜って言われたこともあったけど、でもやっぱり3が気になってて。
            だからスープと日本酒というのは未だに自分の中では近いんですよ。
            どっかで繋がるんじゃないかなって今でも思っていて。
            それが自分のお酒つくりに対するモチベーションというか面白さに今でもなっている。
            ラーメン屋から離れて、どうやって蔵に入るのか全く解らなかったんですけど、ボラバイトで福井に農家体験に行ったことがあって、そこでお世話になった農家さんに知り合いの蔵があるからそこに行くかって言われて、酒蔵に行きました。その時に初めて蔵の社長と直接、話をする事が出来て、それを取っ掛かりにして輪島の方に行って、蔵を見させてくださいと。
            そしたら蔵の社長と話すのが楽しくなってきて、その次は山形の有機農家のところでお世話になって、その近くの山形の酒蔵の社長と話しているうちにお酒つくりは結構おもろいなっていうのがもっともっと湧いてきたというか。
            農家体験というのもやっていたんですけど、日本酒という面白い存在があって、そこから農家になろうっていう気持ちになっていきましたね。



            飲食生産業界で働く理由とは。

            なんでですかね(笑)
            たぶん、父の実家がお菓子屋さん(今は廃業しています)だったということに対する憧れだったんでしょうかね。
            小っちゃい頃から食べ物にこだわっていたという訳じゃないけど、ヨリタ製菓と書いてあるお菓子を友達に渡すと、「あ、ヨリタ製菓じゃん」ってなるのが嬉しいというのがあって、あの嬉しさというのが、今思えばこの世界に入るきっかけとしては、あるのかなっていうのはおもいますね。

            依田さんにとってのお米作りとは?

            不思議と舞い込んできた楽しいところ。まだはっきりとした形では見えてこないですけど、なんか楽しい所に来たら結構良くしてくれる人がいっぱい居て、なんか形になっちゃってて。
            ある程度、自己満足の世界もあるんだけど、それがちょっとずつ人に伝える喜びってのが湧きはじめてきたっというか。
            お米作りは自分の中で、今のすべて みたいな。
            将来的にどうなるかわからないけど、今そこにいますよって感じがある。

            日本酒とは?

            僕は本当に人の縁に恵まれたので、最初に行った鳥取の日本酒蔵の社長さんも未だに声を掛けてくれたりするので、いい人に出会ったっていうきっかけが日本酒だったっていう感じ。
            日本酒とは?と言われると、いい人と出会う為に必要だったものっていうか。
            それは良かったなと思っています。

            蔵では、道具って結構自分で作るんですよ。
            手作りの道具は、木を加工して自分達が使い易い様に作るとか。
            だから、スタイルとか結構あって、箱一つとっても作り方とかが蔵によって違ったりするのでそれはおもろいですよ。
            人の生き方とかそういう感覚が道具とかに落とし込まれてて、つくられた道具を持っているとそういうのを感じるんですよね。
            この人、こういうニュアンスでこれを作ったんだなっていうのが。
            それは、最初は作ったのが農家だからだと思っていたんです僕は。
            だけど、酒蔵に来ていた人の中には農家以外の人でも大工さんとか技術を持ってる人はたくさんいて、その人たちのたくさんの知恵が道具に落とし込められてるっていうのを感じると、結構ワクワクします。「すごいなぁ、なんでこの棒こんな形してるんだろ」とか。この知恵は農家じゃなくてもしかすると漁師さんの知恵なのかなとか結構そういうのを考えると面白いですね。

            ヨリタ農園のこだわりとは。

            たぶん日本酒を造っている人間がお米つくりにに携わるって何か意味があると思うんですよ。
            最初に発酵があるっていう意味で、基本的にお米の自然栽培と自分がやっている日本酒作りって似てる部分もあるから。土壌がちゃんと発酵に向くように土の環境を整えて、その中で酵母や微生物に働いてもらって土を良い状態にもっていって、稲が健康に育ってくるっていう方向は(お米つくりもお酒つくりも)一緒だと思っていて、(酵母を)入れる入れないという違いはあると思うんですけど、基本的には発酵という同じテーマでやってるんで、今はそのテーマというのが色々繋がり始めているんですけどね。
            例えばそのテーマの結果が日本酒って形になって、特徴のある味わいが出で来ると嬉しい。
            その嬉しさっていうのをなんかまたお米でできないかなっていう還元がうまい事、自分で出来てきたなっていう感触があって。
            だから、その発酵っていうテーマをつなげていって、誰かまた体験する人と一緒に、つながっていき続けたいというのがこだわりですね。





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            〜水の音で育つ山葵〜鹿足郡ノ巻

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              福岡県を後にして次に向かったのが、山口県と島根県の県境に位置する、島根県『鹿足郡(かのあしぐん)』。
              以前、島根県を探索する中で連絡は取り合っていたのだけどスケジュールの都合で会えなかった『やまたねくらし』さんにリターン編でお邪魔してきました。
              トレッキングコースになるほどの山奥で、ひっそりと、力強く広がっていたワサビ谷がそこにはありました。
              天然にほど近い野生の『在来ワサビ』が生きる場所。









              お話をうかがったのは、やまたねくらし代表『山口 敦央(やまぐちあつてる)』さん(36)。
              ベジタブルジャーニー124件目の『山百姓』さんです^ ^



              千葉県出身の山口さん。
              ボーイスカウト経験もあり、高校時代は山岳部。
              大学生の時に環境問題に興味を持ち、環境活動運動家へ。
              その後就職するも、自然と触れ合って暮らしたいと『農業』や『地域おこし』に興味が湧き、出会いがあって安曇野へ1年間ホームステイ(農家)することに。
              そこで自給的な暮らしへの価値観が定まり、青年海外協力隊に参加。
              アフリカで3年間を過ごした後、誰も行ってないような所に行きたくて島根県へ辿り着いた。

              ワサビを始めるキッカケ

              前は「里山農園山口」っていう名前で少量多品目の農家をやっていました。
              2回目の転機と言うか、精神的に行き詰まってしまって、自分でも何でそうなったのかよく解らなかったんだけど、頑張れば頑張るほど頑張れないみたいな感覚になって。
              畑が好きだったはずなんだけど、だんだん好きじゃなくなって来ちゃって、1回農園を辞める決心をしたんですね。

              辞める1年ぐらい前にワサビに出会って。
              ワサビはそういう意味だと逃げ場所だったのかもしれないけど。
              ココ(ワサビ谷)に来たらなにも周りの目も気にせずに、本当に自然の中で過ごせるんですよね。
              どんなに調子が悪い時でもワサビ谷は受け入れてくれて生きていれたみたいな。
              救われたんですよねワサビ谷に。



              ワサビには、スリップスという病気が昭和40年代ぐらいから流行っていて、ワサビがどんどん作れなくなってきちゃったんですよ。
              そういう問題とか、土砂災害や市場が変わってワサビ自体が売れなくなったり、在来のワサビをみんなが放棄していったんですよね。
              そういう中、静岡とか東京の品種で病気に強いものが出て来て、みんなそっちに切り変えてより大きく、より青く、売れる物を選ぶようになってきたんです。
              だから島根の純粋な在来種っていうのは本当に絶滅危惧種だと思っていて。

              僕はどうしてもピュアな在来種がないかなと思って色んな所に聞いて周ってたんですけど、移住してから5年目くらいにやっと「あるで」っておじいさんに言われて、それやりたいです!って。

              住んでいる所から離れていたので、苗を戴いて近所の谷に植えようと考えていたんですけど、おじいさんの谷の話を聞いてたら「そこやらせてください!」ってなってたんですよね。

              「在来種しか生やしてなくて他には入れてない谷があるよ」って。
              そのワサビは凄く優秀で、大きいし、美味しい、知ってる人はみんな知ってるような所なんだけど、みんな欲しがって苗をあげるんだけど、何故か上手く育たない。
              「あのワサビはあの谷でしか生えないんじゃ」って。
              それを聞いたら『じゃあその谷を守りたい』ってなったのが始まりですね。
              前から野菜もずっと在来種とか固定種を採り続けていたので、その発想の延長だから今やっている事(在来ワサビ)は自分の中でやって来た事の延長だなと思っています。



              ワサビって小売りをあんまりしていないんですよね。
              一般の人がワサビを買うっていう機会はあんまりないじゃないですか。
              でもそれをやらなきゃいけないんじゃないかと思ってて。
              高級品だけど、盆暮れ正月・年越しそばとか、そういう時にはちょっとワサビを使ってみようかな、みたいな日本人のカルチャーを復活させようと思ったら、こういう事に『共感』してくれるお客さんを見つけて販売したいなっていうのがありますね。

              良いワサビが採れる条件。

              僕がお付き合いしてる師匠の話では、本当に良いワサビが採れる所っていうのは、水がバァーって出てる所じゃなくて、パッと見たら水がほとんど無いような所で、『よーく聞いたらコロコロ水の音が下に流れてるのが聞こえるような所』が良い所だっていう事を言うんですね。

              この谷はまさにそういう場所。
              で、条件が不利なんですよ。
              他の場所はもっと水を流せるように工夫したり水量があったりして、機械使ってポンプで洗えるんですね。
              こういう所はそういう事が出来ない場所なので、昔ながらのやり方でやらざるおえない。
              そういう意味じゃ完全に『人と自然との共同作業』
              毎回山を登って下って、全て手作業ですね。



              農家をする理由とは。

              もともとは自給自足をして、人と自然が調和した生き方がしたいって事ですね。
              それをちゃんと成り立たせたら色んな人を誘えて、こういう生き方しようよって提案が出来るんじゃないかっていうのが20代の頃の夢ですよね。
              でも自分がやらなくてもどんどんそういう流れになって来てるから、凄い嬉しいなと思って。
              みんな同じ流れを感じてるなと思っているので、自分もその流れを加速化させていけば良いかと。

              山口さんにとって在来種や種採りとは?

              根っこですよね、ルーツ。
              自分がベットタウンで育ったので、そういう『根っこ』を求めているみたいですね。
              根無し草なりの根っこの求め方というかね。

              種採りは、色んな意味合いがあるけど『趣味』ですよね。
              結局どんなに追い詰められても種採りだけはやっていたので、半分は意地だし、半分は種として継ぎたいし。
              多分みんな同じ想いを持ってると思うんですよね、今そういう種(固定種・在来種)を継ぎたい人って増えてると思ってて。
              全部自分でやることって大変じゃないですか、だからやっぱり仕組みにしていくべきだなと思って。
              去年から小さい活動なんですけど、タネの図種館 -Shimayama っていうのを始めて。
              島山って島根と山口の境だから、何人かの仲間とそういう名前を決めたんですけど、今は種の交換会をしてます。
              もう少し充実させていったら農家さんが本気で種採りした物を販売出来る場所作りをしたいですね。
              今まではそういう種は遠くじゃないと買えなかったけど、『地元の種が地元で買える』っていう状況作りをしたいんですよね。
              素人の人が気軽に種採りして交換し合う交換会と、農家の人がちゃんと発芽率とかを調べたり固定種としてしっかり固定させて保証していくような、販売する種との2層で発展していくような事を考えていて、今はとにかく自分のベースを整えてる段階なので、種採りを続けるって事と、交換会を春先と夏にやるっていうのを続けるっていう感じですね。



              やまたねくらしのこだわりとは。

              種を継ぐって事ですね。
              昔の物とか、昔から繋がってるルーツみたいなものを感じると凄い心が震えるので、それを継ぎたい。
              だからこういうワサビとか、野菜でもいくつか地元の在来種と出会う事が出来たので、それを増やしていく。
              今、蕎麦を増やしている最中で、蕎麦とワサビをセットで販売できたら蕎麦もワサビも在来種だし最高だなと思って。
              10年後にまた来たらやってる事変わってるかもしれないけど、山と種と暮らしに関わる事は絶対やっているだろうなと思って『やまたねくらし』なんですよね。
              ワサビなんかブームになって、みんなが在来種のワサビやるぞ!ってなってくれたら全然いつでも引退してもいいんですけどね。
              まずは一緒に楽しみながら味わってくれる人たちを増やしていきたいのでワサビ谷トレッキングツアーもやっているんですよ。
              過程も見てもらいつつ、ココ(ワサビ谷)でワサビ丼を食べてもらうんです。
              価値を解ってくれる人たちを増やしていく事が大事なので、売り方はそこまでこだわっていないですね。
              自然と一緒に作業してるっていう感覚とか、ワサビの味とかストーリーを共有できれば良いですね。



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              〜地力野菜〜久留米ノ巻

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                次に向かったのは福岡県の『久留米市』。
                巨峰発祥の地である田主丸町(たぬしまるまち)で、種をとる自然農園の『ゆたか農園』さんにお邪魔しました。

                人にも環境にも優しい野菜作りをテーマに、農薬・化学肥料・除草剤を使わないだけじゃなく、
                黒いビニールマルチを使わない
                作物の連作をしない
                土の層を壊さない「不耕起栽培」の実践など、様々な農法を取り入れて、各畑で農法が違う栽培法が行われている。
                有機の畑に関しても手作りの堆肥・ぼかし肥・鶏糞(有機)を使用。
                現在はほとんどが植物性の肥料に切り替わっきていて、使用しても出来るだけ少量で自然に近い形を意識している。
                畑には海外の野菜が中心に様々な野菜が混植されていて、一見どこに何が植わっているか判らない野菜ジャングルのような畑姿。







                お話をうかがったのは、ゆたか農園代表『石井 豊勝(いしいとよかつ)』さん(39)。
                田主丸町で生まれ育った石井さん。
                家は祖父の代から花や苗木をやっている農家で、石井さんが高校受験の数日前に父がハウスの中で消毒している最中に倒れ還らぬ人に。
                その後、農学部を卒業し、一旦は異業種に就職し7年間勤めた後、田主丸町で帰農する。
                現在はJA青年部部長も務め、野菜ソムリエでもある石井さん。

                ベジタブルジャーニー123件目の農家さんです^ ^



                なぜジャングルのような畑に?

                父が農薬で消毒している時に畑で倒れているって事もあるので、どうしても心の中に農薬に対する拒否反応があって。
                色んな作物を植えている(ジャングルな)のは元々コンパニオンプランツを就農する前から見ていたし、農薬を使わない方法としてですね。

                出来るだけ別の作物を混植することによって、セロリなんかも味が変わってくるんですよね。
                セロリとニンジンは無農薬で育てると味が劇的に変わると思いました。
                でも残念なのは、味は良いけど理想的な形にはならないですね。
                福岡県の農業大学校ってところがあって、そこで社会人からの就農コースがあって1年間行ってたんですけど、最初にやらせてもらったのがセロリだったんですね。
                その時は店に出るような太くてシャキシャキしたやつが出来てたけど、農業大学校の時は、高度化成肥料っていう窒素分の高い肥料をこれだけあげなさいっていう指導のもとやっていたので、結構農薬も降りましたし。
                今は有機栽培ぐらい(少量肥料を加える)でそこのサイズに行かせる努力をしている最中です。
                無農薬にしてから昔に比べると、そんなに病気も出てないような印象はあります。
                最近は気候も凄くおかしいじゃないですか。
                暑くなったり、寒くなったり。
                なので色んな季節に対応出来るようにって事で、温度変化に強い野菜を植えたりもしてます。



                あまり見慣れない野菜が畑にたくさんありますが、あえて海外の野菜を?

                それはこだわっているわけではないんですよ。
                出来るだけ『昔から存在する野菜』っていう感じで。
                野菜ソムリエの勉強をした時に、日本に伝わっている野菜はもともと外(外国)から伝わってる野菜が多いなっていう風に感じて。
                自然と原種に近い物を求める中で、海外の野菜になってくるのかなとは思います。
                あと何年か前に、福岡在来のカボチャの種をずっと採り続けている方から貰って、八媛(やひめ)カボチャっていうのもありますよ。
                野菜屋さんに聞いたところ自分を含めて4人ぐらいしかやっていないみたいで、そんなに出回っている野菜ではないようです。



                種を繋ぐことは重要だと感じてますか?

                感じていますね。
                植物育種研究室って言うところにも所属しているんですけど、 昔からの技術として種を選抜し、より良い物を作るっていう『選抜育種』っていうのがあるので、1番良い古来の方法かなと。
                その土地に合った野菜にしていけば、それこそ無農薬でも作りやすい野菜がだんだん育ってくると思うし、無農薬とか循環で考えるのであれば種採りは必要不可じゃないかと思います。



                ゆたか農園のこだわりとは。

                本当の野菜の美味しさを伝えていきたいと、そういうこだわりはあります。
                野菜本来の味を引き出した作物やハーブをお客様に届ける。
                食べ方も一緒に伝えながら色んな方と交流していけたらなと思いますね。





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                〜農という生き方〜小郡ノ巻

                0

                  糸島市の次に向かったのは、福岡県中央部に位置する『小郡(おごうり)市』。
                  無肥料・無農薬で野菜やお米を栽培されている『あおぞら農園』さんにお邪魔しました。

                  お話をうかがったのは、あおぞら農園代表の『松本 家徳(まつもといえのり)』さん(52)『亜紀(あき)』さん(45)ご夫婦。
                  ベジタブルジャーニー122件目の農家さんです^ ^



                  生い立ちから農家になるキッカケ。

                  (家徳さん)出身は山口県荻市っていう所で、学生時代は九州でカメラマンになりたくて専門学校へ行って。
                  そのまま博多で就職して、九州の撮影に東京から広告関係の方がいらっしゃるので、その助手に付いてたら「広告関係やるなら東京に行きなさい」って東京へ行ったんですね。
                  ずっと東京でテレビコマーシャルとかプロモーションビデオ・映画などの動画の撮影に携わってました。
                  広告関係を長くやってると若い人が多く入ってくる業界なので、ジェネレーションギャップが出てきたら仕事が成立しなくなるって僕の師匠がずっと言っていて、「カメラマンってあっという間だから辞めた時の事も考えて第2の人生を必ず確保してやれ」って教えだったんです。

                  撮影の仕事で色んな所を見てて、自然を撮るのも好きだったし農業良いなって。
                  そしたらボランティアバイトっていうのがあって、バイトなのにボランティアでやるって人が居ると。
                  詳しく見てみたら無農薬とか色々書いてあって。
                  その頃は全く食事に意識が向いてなくてスタジオ入るとコーヒー飲んでお菓子食ってみたいに、全く食べる事(健康)に一切興味がなくて。
                  でもその募集の文面に熱いものを感じたので、冷やかし程度にやってみようと思って行ってみたらその人が物凄く熱くて良い方だったんですよね。
                  気が付いたら2年ぐらいやってて(笑)
                  色々教えていただいたので「こういう生き方もアリだな」と思って。



                  (亜紀さん)生まれは東京で、32歳までは東京で過ごしました。
                  大学が神奈川だったので神奈川県に住んでた事もあったんですけど、大学がSFCっていう慶応大学の藤沢にあるキャンパスだったんですよね。
                  大学卒業した後に、建築に興味を持って設計事務所に就職したんですけど、家を建てる事やデザインには興味を持っていたんですけど、小さい事務所だったのでみんな寝泊まりしながら仕事してるわけですよ。
                  「私ここまで好きな事じゃないかも」って思いながら仕事してたら、だんだん身体の体調が悪くなって来てしまって、最後は身体が痛くて動けなくなっちゃって、これは無理だと思って辞めたんですよね。
                  2年間勤めたら一級建築士の資格が取れるって事だったんですけど、2年間も持たず辞めてしまって、その時「自分はダメ人間だ」と思ってしまって身体も動かず精神的にもダメになってしまって。
                  日常生活も厳し状態にまでなってしまったのでリハビリ期間がその後続いて。
                  一応病院にも行って色々検査して診てもどこも悪くないって言われて、仕事も出来ないしどうしたらいいかなと思っていた頃に針治療に行ってみたんですね。
                  そこで食べ物の事を言われたんですよ。
                  「まずあなた砂糖を辞めなさい」って言われて。
                  「意味が解らない、私は何しにココへ来たんだろう?体調が悪いのにどうして砂糖を食べる事を辞めなさいって言われるんだろう?」と思って凄くビックリして。
                  でも初めてですよね、『食べ物が自分の身体を作る』っていう事を全く意識した事がなかったので。
                  身体を壊して初めて食べ物の事に気がついて。
                  針に行った時に食べ物の事を言われたのがキッカケで「私これから何食べたら良いんだろう」と思ってですね、その頃から塩とか何も味付けがないシンプルな素材の味っていうのに初めて気が付いて。
                  料理の本を色々見て、砂糖が使われていない料理を自分で作り始めたんです。
                  今度は料理に興味を持ち始めて、料理の所に色々行くうちに、ある料理家の方が自然農の畑をされていたんですよ。
                  そこに連れて行ってもらった時に凄い衝撃で。
                  バットみたいに膨れて取り遅れたキュウリを、ただ薄切りにしただけなのに「これ凄い」と思ったんですよ。
                  こんな力のある野菜ってどうやったら出来るんだろう、買えるなら買いたいと思ったんですけど、多分これは自分で作らないと無理なんだろうなと思ったんですね。
                  買うんじゃなくて手に入らないから、だったら自分で作るしかないのかなと思って料理の事から野菜を作るところに興味が移ってて。
                  東京は貸し農園もあるんですけど抽選待ちで、今すぐ申し込んでも2〜3年後っていう話だったので、どこかやれる所をネットで調べたらたまたま見つけた所が埼玉県の農家さんで。
                  食べ物への興味、野菜への興味がどんどん募っていって、多分私これやったら元気になるかもと思ったんですよ。
                  その時もまだ体調が良くなかったんですけど、その農家さんの所に行き始めたら1ヶ月で5年くらい無かった生理が急に戻って来て、本当に凄い元気になって。
                  3日も持たないかなと思っていたけど、結局1年間くらいアルバイトさせてもらって、「自分が本当にやりたいのはこれなんだな」って。
                  そこの農家さんに行った時にアルバイト一期生で居たのが主人だったんですよね。



                  あおぞら農園という農園名の由来。

                  (亜紀さん)息子の名前も空っていうんですけど、福岡に来た時に空の広さに凄いビックリしたんですよ。
                  糸島を車で走った時に「なんて空が広いんだぁ」と思って、とにかく九州に来たら空だったんですよね。
                  東京って全部建物で、空を見上げても必ず視界に何かしら入るけど、それが全くないっていう開放感。
                  九州に来てスコーンッと抜けてる青空の感じが1番印象的だったので名前を付けました。



                  あおぞら農園のこだわりとは。

                  (亜紀さん)考えているのはやっぱり子供かな。
                  次の世代の子達に良い環境を残すのはもう難しいかもしれないけど、これ以上酷い環境はもう絶対に子供達に尻拭いさせたくないから、自分達が出来る限り良いものを残してあげたいなと思って。
                  食べ物もそうだし、空気も土も水も。
                  私達も地球上から見たら鉛筆の点の先ほどもない面積かもしれないけど、それでもやっぱり『汚さない生き方』っていうかね。
                  何か残してあげたいなって気持ちでやってるってとこですかね。

                  (家徳さん)色んな国に行ったけど、やっぱり日本良いなと思っているんですよ。
                  日本って国も良いし、日本人の考え方も良いなと思っていて。
                  自然に対する気持ちというか。

                  (亜紀さん)今は気候もだんだん難しくなって来てて、野菜も出来にくくなって来てて。
                  この秋は野菜が虫に食われて出来なくて、「こういう時に薬使ったら良いんだろうな」って初めて思ったんですよね、薬って便利だなって。
                  生活もかかってるし、なんで自分は使わないんだろうと改めて考えてみたら、自分の身体もそうだったんですけど、薬ではやっぱり元には戻せないと言うか、結局は自分が持っている力を自分で出してやるしか無いんだと思って。
                  それで復活したら絶対強いんだなっていうのも思って、野菜も自分の力で育ったら多分凄いパワーがあると思う。
                  栄養価とかを数値で測った事はないけど、持ってる力を最大限に発揮してる方が良いと思ってて。
                  例えば、土の上に出て来るものを綺麗に育てたいから薬を撒いたとしても、土のバランスが崩れて来るんじゃないかなと思うし、1回使ったら使い続けないとエンドレスになって、それが無いと作れなくなって、どんどんバランスを崩れて。
                  結局、人間の作り出した物で自然界をコントロールすることは多分出来ないんだろうなって思ったんですよね。
                  だからやっぱり自分は薬を使わないんだなって。
                  でも身体壊してその事に気付けたから、壊して良かったかなって今は思いますけど。





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                  〜子供が食べられる野菜〜糸島ノ巻

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                    ベジタブルジャーニー33県目、福岡県に入りました!
                    向かったのは福岡県の最西部に位置する『糸島市』。
                    2011年に農業生産法人を立ち上げ、色々な農法を取り入れている『卯 (うさぎ)農園』さんにお邪魔してきました。
                    卯農園では農薬はもちろん、化学肥料や動物性堆肥に頼らず、出来るだけ自然に沿った栽培を心がけていて、糸島雷山の麓で畑1.1町歩、田んぼ4反を管理されています。



                    お話をうかがったのは卯農園代表『三角 麻里子(みすみまりこ)』さん(37)。
                    ベジタブルジャーニー121件目の農家さん、女性の農業者代表です^ ^



                    農家になろうと思ったキッカケとは。

                    もともとは大学で有機農業の授業があって、そこで初めて農業を意識して、卒業してから今食べている野菜や添加物などが気になって来て、マクロビオティックの料理教室とかに通い出して。
                    私、絵本専門店で働いていたんですけど、子供達が私の時代には無かったアレルギーがすっごく増えている事にビックリして「このままじゃ恐いな」と思って。
                    そういう経緯もあって食べ物は大事だから農業をやってみたいなって想いがあった時に、たまたま畑借りれますよって話があって、じゃあやってみようかなという感じで始めました。

                    大学は農業の大学?

                    全然農業とは関係ない国際社会文化とかを学んでいたんですけど、農業も大切にしたいって方針の大学で。
                    ただ農業で食べていけないという話はずっと聞いていたので10年間は我慢して、10年目で黒字が出たらイイかなって始めからその心づもりで(笑)



                    今後の展開としては。

                    私、お料理教室が大好きなので、畑の野菜をみんなで採って、その場でみんなでお料理するっていうお料理教室をしたいなっていうのがあります。
                    収穫って楽しいじゃないですか、その楽しい事をみんなで共感して、私今1人暮らしをしているので1人でご飯食べるのって本当に楽しくないんですよ。
                    みんなで食べるっていう喜びを共有できたら良いなって。



                    卯農園のこだわりとは。

                    こだわりは子供が食べる美味しい野菜ですね。
                    私、子供の頃から野菜が大嫌いで。
                    母が有機野菜を取ってくれてたんですけど、本当に不味くて。
                    野菜の味が濃いから野菜嫌いな子にとって美味しくないんですよ。
                    有機野菜(動物性肥料使用の)って美味しくない事に気付いて、自然栽培の野菜とかってあと味もさっぱりしてるからそれを食べて、有機野菜が不味いのって未熟堆肥(動物性)がたくさん入っているからなんだって気付いて、それからこういう野菜を作らなければ子供は食べてくれるんだなと思って。
                    そこから子供が食べれる野菜っていうのを意識してやっています。





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