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〜縁の建設〜東白川村ノ巻

ベジタブルジャーニー12県目の岐阜編に入りました^ ^

岐阜県は日本のほぼ中央に位置していて、起伏と変化に富み、古来より「飛山濃水」の地といわれています。
全国有数の工業特化県でもあります。



今回向かったのは、岐阜県加茂郡の東白川村。

慶応4年(1868年)の神仏分離令に始まる廃仏毀釈運動により仏教建造物の多くが破壊され、現在まで再建が行われなかったため、日本国で唯一、域内に寺のない自治体として有名であり、
標高1,000m前後の山に囲まれ、村域の90%を山林が占める。
村の中央を東から西へ白川が貫流しており、白川とその支流沿いに集落が分布している村。









そんな東白川村で自然と共にある暮らしをしながら農業を営む『自然農縁 月とたね』代表の大西 紘記さんにお話を伺いました。

ベジタブルジャーニー61件目の農家さんです^ ^



築107年の古民家を手直ししながら稲作をメインにお一人でやられています。

農業歴は3年目。

田んぼは5反、畑は2反。

お米は、伝統の餅米かっぱもち、イセヒカリ、ヤマヒカリ、古代赤米の4種類。

ちなみに赤米とは古代米の種類の一つで、玄米の色が赤褐色で果皮、
種皮の部分に赤色色素を含んだ米です。
5分づきにすると薄紅色になり、糠を全て取り除くと白米になります。
野生稲の大部分が赤米であることから赤米は米のルーツであり、 赤飯の起源と考えられています。










農法てどんな感じでやられてますか?

基本的には何かを入れたりとかは一切していない自然的な農法ですね。
試行錯誤中で、まだ確立出来てないんですよね。

言うならば自然栽培のような感じですか?

カテゴリに分けるならそうなりますね、はい。

農繁期はいつぐらいですか?

そうですねぇ、だいたい4月〜11月ですかね。要はお米の始まりから終わりっていう感じになるんですけど。

そうすると冬場は何をされてます?

冬場は時間があるんですけど、僕ここに来る前に北海道に10年くらい住んでまして、北海道で氷の建築物アイスホテルというものの技術者をやってまして。
アイスホテルを作りに冬場は北海道に行ってます。





毎年デザインとか変わるんですか?

毎年変えてますね。外側はあんまり変えてないんですけど、内装は毎年変えていってますね。





氷を切り出して運んでって感じですか?

氷は北海道でもちゃんとした大きい氷て出来ないんですよね。やっぱり北極圏近くのスェーデン、フィンランドまで行くとそれが出来るんですけど。
なので僕らは日本全国に氷の会社があるんですけど、氷缶っていう氷を作る箱があって、そのサイズが135キロの氷が出来るんですけど、それを運んできてもらって、チェーンソーで切って加工したりします。





手作業で積み上げるんですか?

届くところは手作業なんですけど、途中からは電動のウィンチって言うのがあって電気で200キロぐらいまで上げれるのがあるんです。
氷バサミと言うハサミをかけて組んでいきます。



凄い面白いことされてますね^ ^
大西さん自身のお話も聞かせてください。出身はどこなんですか?


出身は岐阜県なんですけど、地元はあるけど故郷(ふるさと)みたいな場所がないっていう状況で、ココとは全然違う所に親は住んでいるんでるような感じです。

故郷がないからさっきもお話にあった岐阜から北海道に移住したってかたちですか?

そうですね、国内転々と旅をしていて、北海道に辿り着いてそこに10年くらい住んでいましたね。

旅に出たきっかけとかあったんですか?

そうですねぇ、大学行ってたんですけど、なんかもう面白くないなってところから辞めることにしたんですよね途中で。
それで何やろうかなっていうので、結構ぼく行動は早い方なので大学辞めて2週間後には服屋で働いてたんですよ。

でその働いた服屋が僕知らなかったんですけど岐阜で有名なスノーボードとかスケボーのヨコノリ系のお店だったんです。
そこに入ったおかげで、お店に集まるお客さんが変わった方が多くてそういう人達の影響を受けて、そこから旅に出るようになったっていう。

最初は長野県の農家のバイトに行って、冬は長野県のスキー場で働いて、そこで出会った人達から得た情報で、後は転々とするっていう感じで。
長野県の後は沖縄に行ってました(笑)

沖縄で北海道の人と出会って、ニセコって場所があるんですけど、ニセコが面白いよって言われて。
北海道ニセコに行ってからは何処へも行かずにずっと北海道でって感じで。
ニセコで冬のバイトを飲食店で働いてたんですけど、店のオーナーがアイスホテルをスウェーデンで作ってた人を連れてきてニセコでアイスバーを作ったんですよね。その時に出会ってそっから一緒にやっている流れです。





アルバイトで農業をよくやっていたみたいですが、もともと興味があったんですか?

そうですねぇ、農業に興味があったって言うよりは多分、自然が元々好きなんだと思うんですよね。
子供の頃よくおばあちゃん家に預けられていたので、夏休みの間とか竹竿で釣りしたり、カエルとったりとか、そういう遊びをしてたんで、自然が好きで、自然があるような所に行くようになったって事だと思うんです。

一回も都会に出ようとか憧れたことがないんですよ(笑)

自然がある所に行くと、色々やっている人達がいるんで、そういう影響受けたり。

北海道だと山菜採りとかキノコ採りとかっていうのが向こうは盛んなんで、そういう世界に入っていくと自給自足に近いようなものがあるんで。

なので農業に興味があるという訳ではなくて、暮らす為にお米作るみたいな始まりですかね。
生きて行く為の暮らしって言うんですかね。

大西さんが大切にしてる事ってなんですか?

日本人の命の源である米を作る。
畑でも田んぼでもそうだけど、作るところってそこに命が溢れていると美味しいものが作れると思うんです。

生き物の多様性だったり、生き物を出来るだけ殺さない事を大切にしています。
どうしても機械を入れているので殺してしまう事はあるけれど、1番最初にトラクターを入れる時は、カエルが卵を産む前にしています。
その後はカエルが足を生やした後にトラクターを入れて田植えをするという様な感じで。

お米作りをしているけれど、人間都合とか、お米都合というよりはそこの田んぼ都合と言うか、田んぼというフィールドの無限の可能性。生き物からすればそこが繁殖の地だったり、1つのことを色々な角度から観察してみたりしています。





『自然農縁 月とたね』という農園名は何か思い入れがあったりするんですか?

自然という言葉を入れたかったし、農って言葉を入れないと解らないだろうなっていうところと、僕の人生がもう『縁』だけで生きているんじゃないかってくらいの感じがあるので、それで縁という字も入れたくて。

『月とたね』は、大切なのは『たね』だし、農家をやるにあたって現代の太陽暦よりは太陰暦の方が合うんですよね。
そういうのがあって月の満ち欠けっていうのが及ぼしてる影響は大きいなっていうのがあってこういうネーミングにしましたね。

















東白川村に来てみたらビックリする事が色々あって、まず道の駅に売ってる野菜が全て無農薬なんですよ。

しかも無農薬、化学肥料とか無農薬、有機肥料、無農薬、無肥料とランク分けされていて、自然食品なんかも置いてあるんですよね。

どうやらお茶の栽培が盛んな地域でエリア全体で無農薬のお茶を作っていることが村全体に無農薬が浸透するきっかけになったみたいです。
なので中には農薬も使う方はいるんですが僕が使わない事での対立問題なんかは一切ないんですよね。

実際に白川町にある道の駅に行ってみると本当に全て無農薬でした!しかも道の駅価格!普通の値段よりも安く販売されてました。









自然豊かで、実はもの凄く時代にあった最先端が浸透した村でした。

大西さん、色々な貴重な情報や大切なお時間いただいて、ありがとうございましたm(_ _)m





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