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〜農という生き方〜小郡ノ巻

糸島市の次に向かったのは、福岡県中央部に位置する『小郡(おごうり)市』。
無肥料・無農薬で野菜やお米を栽培されている『あおぞら農園』さんにお邪魔しました。

お話をうかがったのは、あおぞら農園代表の『松本 家徳(まつもといえのり)』さん(52)『亜紀(あき)』さん(45)ご夫婦。
ベジタブルジャーニー122件目の農家さんです^ ^



生い立ちから農家になるキッカケ。

(家徳さん)出身は山口県荻市っていう所で、学生時代は九州でカメラマンになりたくて専門学校へ行って。
そのまま博多で就職して、九州の撮影に東京から広告関係の方がいらっしゃるので、その助手に付いてたら「広告関係やるなら東京に行きなさい」って東京へ行ったんですね。
ずっと東京でテレビコマーシャルとかプロモーションビデオ・映画などの動画の撮影に携わってました。
広告関係を長くやってると若い人が多く入ってくる業界なので、ジェネレーションギャップが出てきたら仕事が成立しなくなるって僕の師匠がずっと言っていて、「カメラマンってあっという間だから辞めた時の事も考えて第2の人生を必ず確保してやれ」って教えだったんです。

撮影の仕事で色んな所を見てて、自然を撮るのも好きだったし農業良いなって。
そしたらボランティアバイトっていうのがあって、バイトなのにボランティアでやるって人が居ると。
詳しく見てみたら無農薬とか色々書いてあって。
その頃は全く食事に意識が向いてなくてスタジオ入るとコーヒー飲んでお菓子食ってみたいに、全く食べる事(健康)に一切興味がなくて。
でもその募集の文面に熱いものを感じたので、冷やかし程度にやってみようと思って行ってみたらその人が物凄く熱くて良い方だったんですよね。
気が付いたら2年ぐらいやってて(笑)
色々教えていただいたので「こういう生き方もアリだな」と思って。



(亜紀さん)生まれは東京で、32歳までは東京で過ごしました。
大学が神奈川だったので神奈川県に住んでた事もあったんですけど、大学がSFCっていう慶応大学の藤沢にあるキャンパスだったんですよね。
大学卒業した後に、建築に興味を持って設計事務所に就職したんですけど、家を建てる事やデザインには興味を持っていたんですけど、小さい事務所だったのでみんな寝泊まりしながら仕事してるわけですよ。
「私ここまで好きな事じゃないかも」って思いながら仕事してたら、だんだん身体の体調が悪くなって来てしまって、最後は身体が痛くて動けなくなっちゃって、これは無理だと思って辞めたんですよね。
2年間勤めたら一級建築士の資格が取れるって事だったんですけど、2年間も持たず辞めてしまって、その時「自分はダメ人間だ」と思ってしまって身体も動かず精神的にもダメになってしまって。
日常生活も厳し状態にまでなってしまったのでリハビリ期間がその後続いて。
一応病院にも行って色々検査して診てもどこも悪くないって言われて、仕事も出来ないしどうしたらいいかなと思っていた頃に針治療に行ってみたんですね。
そこで食べ物の事を言われたんですよ。
「まずあなた砂糖を辞めなさい」って言われて。
「意味が解らない、私は何しにココへ来たんだろう?体調が悪いのにどうして砂糖を食べる事を辞めなさいって言われるんだろう?」と思って凄くビックリして。
でも初めてですよね、『食べ物が自分の身体を作る』っていう事を全く意識した事がなかったので。
身体を壊して初めて食べ物の事に気がついて。
針に行った時に食べ物の事を言われたのがキッカケで「私これから何食べたら良いんだろう」と思ってですね、その頃から塩とか何も味付けがないシンプルな素材の味っていうのに初めて気が付いて。
料理の本を色々見て、砂糖が使われていない料理を自分で作り始めたんです。
今度は料理に興味を持ち始めて、料理の所に色々行くうちに、ある料理家の方が自然農の畑をされていたんですよ。
そこに連れて行ってもらった時に凄い衝撃で。
バットみたいに膨れて取り遅れたキュウリを、ただ薄切りにしただけなのに「これ凄い」と思ったんですよ。
こんな力のある野菜ってどうやったら出来るんだろう、買えるなら買いたいと思ったんですけど、多分これは自分で作らないと無理なんだろうなと思ったんですね。
買うんじゃなくて手に入らないから、だったら自分で作るしかないのかなと思って料理の事から野菜を作るところに興味が移ってて。
東京は貸し農園もあるんですけど抽選待ちで、今すぐ申し込んでも2〜3年後っていう話だったので、どこかやれる所をネットで調べたらたまたま見つけた所が埼玉県の農家さんで。
食べ物への興味、野菜への興味がどんどん募っていって、多分私これやったら元気になるかもと思ったんですよ。
その時もまだ体調が良くなかったんですけど、その農家さんの所に行き始めたら1ヶ月で5年くらい無かった生理が急に戻って来て、本当に凄い元気になって。
3日も持たないかなと思っていたけど、結局1年間くらいアルバイトさせてもらって、「自分が本当にやりたいのはこれなんだな」って。
そこの農家さんに行った時にアルバイト一期生で居たのが主人だったんですよね。



あおぞら農園という農園名の由来。

(亜紀さん)息子の名前も空っていうんですけど、福岡に来た時に空の広さに凄いビックリしたんですよ。
糸島を車で走った時に「なんて空が広いんだぁ」と思って、とにかく九州に来たら空だったんですよね。
東京って全部建物で、空を見上げても必ず視界に何かしら入るけど、それが全くないっていう開放感。
九州に来てスコーンッと抜けてる青空の感じが1番印象的だったので名前を付けました。



あおぞら農園のこだわりとは。

(亜紀さん)考えているのはやっぱり子供かな。
次の世代の子達に良い環境を残すのはもう難しいかもしれないけど、これ以上酷い環境はもう絶対に子供達に尻拭いさせたくないから、自分達が出来る限り良いものを残してあげたいなと思って。
食べ物もそうだし、空気も土も水も。
私達も地球上から見たら鉛筆の点の先ほどもない面積かもしれないけど、それでもやっぱり『汚さない生き方』っていうかね。
何か残してあげたいなって気持ちでやってるってとこですかね。

(家徳さん)色んな国に行ったけど、やっぱり日本良いなと思っているんですよ。
日本って国も良いし、日本人の考え方も良いなと思っていて。
自然に対する気持ちというか。

(亜紀さん)今は気候もだんだん難しくなって来てて、野菜も出来にくくなって来てて。
この秋は野菜が虫に食われて出来なくて、「こういう時に薬使ったら良いんだろうな」って初めて思ったんですよね、薬って便利だなって。
生活もかかってるし、なんで自分は使わないんだろうと改めて考えてみたら、自分の身体もそうだったんですけど、薬ではやっぱり元には戻せないと言うか、結局は自分が持っている力を自分で出してやるしか無いんだと思って。
それで復活したら絶対強いんだなっていうのも思って、野菜も自分の力で育ったら多分凄いパワーがあると思う。
栄養価とかを数値で測った事はないけど、持ってる力を最大限に発揮してる方が良いと思ってて。
例えば、土の上に出て来るものを綺麗に育てたいから薬を撒いたとしても、土のバランスが崩れて来るんじゃないかなと思うし、1回使ったら使い続けないとエンドレスになって、それが無いと作れなくなって、どんどんバランスを崩れて。
結局、人間の作り出した物で自然界をコントロールすることは多分出来ないんだろうなって思ったんですよね。
だからやっぱり自分は薬を使わないんだなって。
でも身体壊してその事に気付けたから、壊して良かったかなって今は思いますけど。





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