December 2019  |  01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

衣~ころも~の自給自足

豊かな自然環境が残る神奈川県の藤野にて

畑で綿を育てながら羊を飼い「衣の自給自足」をテーマに、 畑て育てた綿や羊の毛から糸を紡ぎ“衣” を全て手縫いで作る活動を実践されている作家さん。

暮らしの手仕事 〜くらして〜 

主宰【大和まゆみ】さんが語る「衣」を手で紡ぐ理由とは。

 

 

 

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呼吸する暮らし

栃木県茂木町で暮らす竹細工職人の五月女大介さんと、 ヨギーニの尚子さん。
パーマカルチャーを基に自然と調和した丁寧な暮らしを送る「 かごめらぼ」にお邪魔しました。
自然循環の中にあるような呼吸する暮らしを是非ご覧ください。

 

 

 

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研究者に聞いた「ゲノム編集食品」

2019年3月、厚生労働省は遺伝子を効率良く改変できる「ゲノム編集」という技術を使った一部の食品を、従来の品種改良と同じであるとし、安全審査を受けなくても届出をすれば流通を認める方針を固めました。

ゲノム編集食品は早ければ今年の夏に流通する事が決まりました。

そこでベジタブルジャーニーでは、正確なゲノム編集技術の知識を深める為、開発を進める研究者にインタビューをしました。

向かったのは「iPS細胞」や「新元素」の発見など革新的な研究成果を輩出する日本で唯一の自然科学の総合研究所「理化学研究所」

お話を伺ったのは国立研究開発法人 理化学研究所 植物新育種技術研究チームリーダーの「加藤 紀夫(かとうのりお)」さん。

 

 

ゲノム編集技術の話の前に、まずは今までにあった新しい品種を育成する技術について説明します。

 

 

交配(かけ合わせ)による品種改良

 

 

品種改良とは、人間にとって優れた品種を作り出すことを言います。 例えば「味は良いが病気に弱い」品種と「味は悪いが病気に強い」品種があるとします。

この2つを人為的にかけ合わせることで「味もよく病気にも強い」より優れた品種を作り出す事ができます。

しかし「味が悪く病気にも弱い」品種が現れる難点も十分考えられます。

そしてかけ合わせによる品種改良は、かけ合わせを行なった後の「選抜する作業」が必要となります。

 

 

遺伝子組換え技術

 

 

革新的なのは異なる「種」の遺伝子を導入できることです。 かけ合わせて選抜する「交配育種」と呼ばれる方法では得られない特徴を品種に与えることが出来るようになりました。

例えば味のいい品種に、病気に強い品種の「病気に強い」部分の遺伝子を導入すると「味も良く病気に強い品種」が出来ます。

つまり本来ある遺伝情報に全く違う遺伝子をプラス出来る技術です。

 

 

ゲノム編集技術

 

 

そして今回の本題である最新技術がゲノム編集。

遺伝子組換え作物が利用されるようになり約10年後に発見されたこの技術は、現在のところ大きく分けて2種類あります。

1つは、特定の遺伝子の一部を高い精度で狙い、酸素により切断したときに発生しうる変異を利用し、本来得られる「特徴」を失わせるというもの。

もう1つはゲノム上の狙った部分に遺伝子、もしくは遺伝子の一部を入れるという技術です。

 

それでは以下、インタビューの内容です。  

 

 

 

【遺伝子とゲノムとは】

 

 

基本的にはゲノムというのは、遺伝情報のワンセットと考えてもらえれば良いかと思います。

人間で考えるとわかりやすいんですけど、母親と父親から1セットずつくるものを1組の「ゲノム」という言い方をします。

遺伝子の解釈には色々な定義があるのですけど、ゲノムの中に様々な遺伝情報が入っていて、翻訳されてタンパク質になるものを「遺伝子」と呼ぶことが多いですね。

ゲノムの中にはDNAというのがいっぱい入っているんですけど、そのうちの9割以上がタンパクに翻訳されない情報なんです。

実は最近、その9割も機能を持っていることがわかってきていて、それも含めて遺伝子ということがあるので、遺伝子の定義は多様ですけど概ねそんなところです。

 

 

【遺伝子組換えとゲノム編集の違いとは】

 

 

遺伝子組み換えはゲノムの中のどこに入るかがランダムなのでわからないんです。

もしかしたら、組換えた遺伝子が働き難い場所に入ってしまう場合もあるし、あとは極端な話、大事なもともとの遺伝子をつぶしてしまうこともあります。

なので、遺伝子組み換えで実際に使える品種を作るときは、組換え体を数千単位で作り、その中から良いものだけを種子会社は選んでいます。

一方、ゲノム編集というのは遺伝子の中の特定の場所を切って、そこの部分の遺伝子情報を編集する技術なんです。

ゲノム編集には狙ったところに変異を起こさせるパターンと、狙ったところに何かを組み込むという2つパターンがあるんです。

いずれにしても狙ったところの遺伝情報を的確に編集する事が出来るのが、遺伝子組換えとの大きな違いです。

あともう1つは、遺伝子組換えは入れたい情報を入れますが、ゲノム編集では一回切る事によって、そこに変異だけを起こし情報を入れずとも都合の悪い遺伝子の働きを止めるといった事も出来ます。

そこは大きな違いかなと思いますね。

 

 

【遺伝子組換えとゲノム編集ではどちらが優れているという見方はありますか?】

 

 

どちらも新しい品種を育成するために重要な技術で、優劣はないと思います。

ゲノム編集技術自体は遺伝子組換え技術から10年程経ってから出来た最新技術なのですが、やっている事(遺伝子操作)はそこまで大きな違いはないですかね。

 

 

【ゲノム編集のメリット・デメリットとは】

 

 

今までの育種では交配によって新しいものを入れたり入れ替えたりしていたのですが、どうしても交配すると元々いらないものも入ってきてしまうんですよね。

また色々と交配して戻せばいいんじゃないかという事もあるんですけど、例えばいい形質になる遺伝子と、悪い形質になる遺伝子が隣同士にあった場合は、なかなか遺伝子の組み合わせが変わらず、いつまでも悪い形質を引きずったりする事があるんです。

ゲノム編集では、特定の場所を編集し、近くの使いたくない遺伝子だけを動かなくする事ができます。

以前は、不要な遺伝子を取り除くために、交配で何年もかけていましたが、それが、一回の操作でできてしまいます。

これは大きなメリットかなと思います。

身近な例ですと、シャインマスカットは元々果皮が黒っぽくなる遺伝子を持っているのですが、遺伝子の発現を調節する部位に、ある遺伝情報が入る事によって色を付ける遺伝子の発現を抑えられ、緑色の果皮になるのです。

贈答用には、黒と緑のセットが好まれますので、それをゲノム編集で作れるかもしれないということで、研究が進んでいるんです。

普通の育種では5年〜10年とやはり時間が掛かりますが、それに比べると2〜3年という時間で新しい使いたいものが作り出せます。

なので、種子会社や消費者にもメリットが出てくると思うので、そういった意味では「夢のある技術」ではないかなと思います。

デメリットに関しては、せっかく作っても消費者に受け入れられず、組換え作物と同じような規制を求められるのであれば大きなデメリットになるかと思うのですが、今の段階ではあまりデメリットというのは無いのかなと思いますね。

あくまで植物の育種という事に関しての話ですけどね。

倫理などを含めて考えて、自分の子供に食べさせていいのかという話はまた全然別次元の話になるかと思うので。

ゲノム編集技術はそれほど異質なものではなく、それまでも育種で出来ていたものがもう少し短い間隔で出せるようになるような技術なんです。

ただ今より技術が進んでいけば、乾燥に強いなど機能を加えたものも作れると思いますし、今まで除草剤耐性のものを作ろうと思うと遺伝子組換え技術を使っていたんですけど、ゲノム編集でも除草剤耐性のものが作れるので、より消費者が受け入れ易い形でそういうものが提供できればゲノム編集技術に切り替えていくのはいいのかなと思います。

 

 

 

【ゲノム編集のコストについて】

 

 

製品化まで考えると遺伝子組替え技術と比べてかなり安くなると思います。

遺伝子組換えの場合は、良質なものを選ぶ為に組換え体を1000個体くらい作った中から、最も良いものを選抜する大変な工程があり、さらに1つの組換え体について規制を通すのに約100億円掛かると言われているんですよ。

作物はグローバルに動くので1カ国だけの規制を取るだけでいいのではなく、輸出する日本で取って、アメリカで取って、ヨーロッパで取って、みたいな事をしていくと凄いお金が掛かるので、コストに見合うような売れる物でなくては作れない事もあり、遺伝子組換えの作物はあまり種類が広まっていないのが現状ですね。

ゲノム編集はこの先、規制がどうなるかわかりませんが、どうもゲノム編集については今のところは規制のハードルが低いみたいで、そうなってくると例えば野菜で使ってみようとか色々な事が可能になると思います。

 

 

【ゲノム編集技術においての健康被害は考えられますか?】

 

 

可能性はゼロではないかもしれません。

例えば、ソラニン(ジャガイモの芽にたまる毒素)を減らそうと、ソラニンができないようにゲノム編集することも可能です。

でも、その結果、ほかの体に良くない物質がたまってしまう可能性もなくはないのです。

もちろん、市場に出すときは、そういったものができていないことを徹底的に調べるはずですが、僕らが見えていないリスクが絶対ないとは言い切れないのが正直なところです。

科学技術というのはそういうところがあるとは思うんです。

その一方で、1995年以降に遺伝子組換えはすごく広まったんですけど、2016年あたりにアメリカの科学アカデミーの専門家20名ぐらいが集まって、今までに発表された1000以上もの論文をもとに検証しながら、「健康被害や環境へ悪影響を及ぼした実証は無かった」という報告が出ている事を考えると、ゲノム編集における健康被害が起こる可能性は極めて低いのではないかと考えています。

ただ、ゲノム編集技術で狙ったところ以外を切ってしまったり、そういうことは可能性としては無い訳ではないんですよね。

今は国の行政指針でそういうもの(失敗ゲノム編集)が無いということを調べなさいという指針が出ていますし、植物に関して言えば、仮に狙った場所以外のところに新しい変異が起きても、それは自然界で起こりうるものと同等と僕らは考えています。

またゲノム編集した植物体と普通の植物体を交配させて子孫を作る事によって、間違って出来てしまった変異を取り除く事も出来るので、ゲノム編集自体で重大な健康被害が起こるという事はないのかなと思っています。

 

 

【インディアンは7世代先まで考えて結論を出すと言う話を聞いたことがありますが、健康被害とはどういう基準で考えられているのですか?】

 

 

先々までの健康ということはDNAレベルに損傷が起きないかということだと思うのですけど、ゲノム編集作物に由来する食品を食べている限りにおいては、子孫に繋がるDNAに重大な損傷が起こるという事は今の科学の考え方だとなかなか難しいとは思いますね。

また、食べた人、本人についてもそれが原因で健康被害が起きるとは考え難いです。 普通の食品が持つリスクと基本的には変わらないと思います。

 

 

【今夏にも出回ると言われているゲノム編集食品とはどういうものなんですか?】

 

 

もしかすると筑波大学の先生が研究されているトマトが出るのかもしれませんね。

機能性成分であるギャバ含有量(ストレス軽減や血圧の降下にも効果があるとされる)の高いトマトを消費者に届けるために開発を進めているようです。

 

 

 

【ゲノム編集食品は一部安全確認をしなくても良いという報道がありましたが】

 

 

情報提供は求められると思うのですが、基本的にはゲノム編集で変異を起こさせる事について今のところはそういう方向ですね。

海外とかではもう既に褐変しにくい白いマッシュルームなど、色々市場に出てはいるみたいですけど。

 

 

【ゲノム編集食品は表示義務がないそうですが見分ける方法はありますか?】

 

 

無いんですよ。

遺伝子組み換え技術では、組換えた痕跡が残る場合があるのですが、ゲノム編集技術ではゲノム編集ツールがゲノム(遺伝子)に組み込まれないという事があります。

ゲノム編集技術でもいくつか種類があるんですけど、切断によって変異を起こすゲノム編集技術で出てきたものというのは、自然界に起きた突然変異とほとんど変わらず、後から見分けることができないんです。 今のところの判断では、表示してもあまり意味がないじゃないかという事になっているのではないかなと思います。

今までも行われてきたゲノム上の遺伝子配列をランダムに切断し品種改良を行う「放射線育種」と似たような技術なんですよね。

 

 

【ゲノム編集技術には人類のどのような願いが込められて研究されているのですか?】

 

 

全体の流れとしては、この先人口も増えるし、環境も悪くなる事が予想されるので、とにかく食べるものを確保しようという想いがおそらく育種関係者にはあって、その為の手段として遺伝子組換え技術も大切な手段なのですが、ゲノム編集技術もそれに向けて貢献できるのではないかと考えていると思うんですよ。

極端な話、世の中全てを無農薬無肥料栽培で賄おうと思うと、生産量が減るのでどうしても食べられない人たちが出てくると思うんですよね。

僕ら(研究者)の夢としては、人間が食べられるものは最低限地球上のどこかで作れるようにしておきたいということはあるのかなと思いますね。

ある意味、飢餓に対するリスクヘッジという部分は大きいかもしれないです。

 

 

 

【研究者からの言葉を聞いて】

 

 

話を聞いて率直に受けた印象では、今の科学技術に対して誤解をしていたというものでした。

先日報道であったように、ゲノム編集は人間の赤ちゃんにも適用が成功されました。

そんなところから考えるゲノム編集された食品は「人間が完璧に操作しているもの」という印象がありましたが、実際にはゲノム編集も生物の育種ベースであり、自然界に存在しない生物を生み出すような技術ではなかったという事です。

仮に、ピーマンにトウモロコシのような「甘味」を付け加える事は、今の技術では難しいという話でした。

今回は、あくまでも新しい技術を開発する「研究者」へのインタビューでしたが、飽食な日本でゲノム編集された食品が記載義務化されない事については、産業運用する「企業」や、運用に関するルールを法整備する「政治家」のゲノム編集に対する思案理由に謎が残ります。

しかし政治交渉力のない消費者が出来る最初の対応策としては、まず各々が「正しい知識」を身に付けるという事だと思います。

自然な物を人為的に改変する事は倫理的な側面から様々な議論はあると思いますが、「人類」としての発展を志す、そんな研究があってこその私達の生活環境だと考えると、ゲノム編集技術は必要な技術の1つなのかもしれません。

 

 

 

 

 

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〜野口のタネ〜飯能ノ巻

ご無沙汰しております、美土和です。
平成28年から始めた、日本全国の田畑を巡る旅も気付けばもう4年目。
時代も平成から令和へと移りました。

この旅を始めた理由は、様々ある自然により近い、環境を破壊せずに身体にも優しい食べ物を育てる農法の研究&模索でしたが、気付けば生産者のモノづくりへの熱い想いや、生き方、こだわりなどを発信する取材活動へと変貌を遂げていました。

農とは相関しない他業種からの就農は、決してお金を稼ぐ目的ではなく、必ず何かしら過去の社会経験を生かした「農」への想いがあり、そこには一般社会からでは気付けない魅力が沢山あると感じました。
取材した内容はなるべくそのままの喋り口調を文字に起こして、読んでいる方もダイレクトに伝わるようにと、Blogから文章でお伝えする事をしてきました。

でもちょっと待てよ?
よく考えたらダイレクトに伝えたいなら文字よりも写真、写真よりも動画の方がいいのでは。。。

という事で、令和元年、ベジタブルジャーニーは文字から動画へとアップデートを果たしました!!

ベジタブルジャーニー動画版、初の話は、農の基本「種」にまつわるお話。

向かったのは埼玉県飯能市。
親子3代に渡り経営されている種苗店であり、全国を講演等で駆け巡る、野口種苗研究所・野口のタネ代表「野口 勲」さんからお話を伺いました。
実は野口さん、あの手塚治虫氏が描いた「火の鳥」の初代編集者という経歴の持ち主。
続きは動画版ベジタブルジャーニーをお楽しみ下さい(^^)



〜地球1つ分の生き方〜安曇野ニノ段

長野県で最後に向かったのは再び『安曇野市』。
前に伺った、シャロムヒュッテの創業者でもある臼井氏の拠点、ドネーションで運営するゲストハウス『シャンティクティ』さんにお邪魔してきました。





お話をうかがったのは、シャンティクティ代表『臼井 健二(うすい けんじ)』さん(69)。
ベジタブルジャーニー136件目です^ ^



シャンティクティとは?

ここは標高680メートルぐらいのところにあって、ちょうど信州の真ん中あたり。
森というのは生態系のとても豊かなところで、何もしないと全てが森になろうとする方向に向かいます。
そして人間が色んな事をすると全てが砂漠になろうとする方向へ向かいます。
ギリシャ、ローマ、四大文明は全部砂漠です。
その中で、砂漠にならないような生き方をこれから思考していかなければいけない時代に僕らは来ているような気がするんですね。
僕ら日本人の暮らしを世界中の人がすると、地球が2.5個必要なんです。
アメリカ人の暮らしをすると地球が5個必要なんですよね。
それは自然と第三国を犠牲にしながら成り立っている仕組みの中で、僕らは生きているわけで。
ですから、あちこちで砂漠化が進み、餓えてる人がいるっていうのが今の現状です。
そんな中で、地球1個で暮らすような生き方をこれからしていかないといけないと思うんですよね。
2.5個の暮らしから1個の暮らし。
僕らは「もっと便利に」「もっと沢山」「もっともっと」の『More More教』の信者です。
そろそろMore More教から『足るを知る』(身分相応に満足することを知る)という、そんなところにシフトしていかなければいけない時代に今来ています。
ずっと右肩上がりで来ているんだけども、もう右肩上がりは無理なんだよと、気が付いた世紀なんですよね。
そろそろ降りていく生き方、地球1個で暮らす生き方をしていかなければいけない。
それは農業もそうだし、物質的な事もそうだし、色んなことについて言える事だと思います。

こちらを見ると、屋根に緑が乗っています。



失われた『緑』を復元しようと、そんな生き方と、断熱効果を高めようなんていう生き方なんですね。



この漆喰が塗ってある入り口なんだけども、その中には土が塗られてまして、その中には童話「3匹の子豚」の中で、1番評価の低かった物(藁)で出来ています。
藁は1番評価が低いわけです。
でもその藁に土が重なり、そして漆喰を塗らう事によって、藁には無い特徴が生まれるんですね。
その『繋がり』が大事だよ、という入り口の玄関なんです。



分断して競争させて、そこにマーケットを置くというのが資本主義の生き方です。
だから細分化すればするほど効率が良くなります。
でも人間って『多様』に出来ているんですぐに嫌になっちゃう。
違う事してみたいなぁ、あれもこれもしてみたいなぁってなるのが普通人間なんです。
ですからもう少し多様に僕らが生きれる、そんな生き方をしていかないといけないと思うんですよね。
分断して競争させる資本主義の生き方から、『融合して1つになる』ような生き方。
そんな生き方を思考しなければいけないですね。
その話を例えて言うならば、屋根の瓦を20世紀は『縦』に重ねた時代なんです。
1番高いのが良い、クラスで1番、会社で1番、世界で1番、どれも1番が凄く評価されるんですね。
でもその屋根の瓦には1人しか憩えないんです。
他は全て雨に濡れる敗者なんですね。
屋根の瓦は縦に重ねるんではなく、『横』に重ねて面というUnity(繋がり)を作る事が本当はとても大事です。
そうすると、沢山の人が屋根の下で憩うことが出来るんですね。
いま社会は、縦型から横型に変わろうとしています。
ダーウィンの弱肉強食のピラミッドの世界から、今西 錦司さんのように弱者も住めるという『棲み分け論』の時代。
ビルゲイツに代表されるアメリカンドリームの生き方、全てのソース(情報)をひた隠しにし、それをお金に替えるという生き方から、全てのソースを解放して、それを全て使ってもらうという、いわゆるリナックスの考え方に、いま社会は変わりつつあります。
そして使ってもらう事が自分達の喜び、色んなものを分かち合うというね。
自然界は全てそうなっています。
抱え込むのは人間界だけです。
今までが『分けた』時代、これから『合う』時代。
分けて、合う、『分かち合う』という完成の時代を迎えております。
だからこれからは面白い時代です。
日本という国は富士山に代表される象徴は『富士(不二)』です。
富士というのは二つにあらずと書いて不二なんです、1つだよとそんな意味合いです。 『日本』という国は『大きく和する国』。
大きく和する国、それが日本、『大和』という国ですね。
そんな意味で、家なんかも畑だとか、建物だとか、台所だとか分けていたものを、みんな小さくまとめて、小さな暮らしの中で、『無駄のない生き方』をしていこうというのが、ここシャンティクティの最終な目標です。
「One earth One Love」1つの地球で生きていこうというね。
それは無駄を廃した関連性を切るインプット、アウトプットが一直線ではなくて、循環するような暮らし。
インプット、アウトプットが周り巡り、そして余剰物をみんなで分かち合うというそんな暮らしをこれからして生きたいなぁって事で今ここをやっています。

ここは形ある物は売らず、宿泊という形で『意識』を伝えるという生き方だから、腐るものは一切ない。
作物も自分のところで種を蒔いて育てて、そこで食べる物を商品にしようっていうんじゃなく、それを加工して、安全な物を安心して食べて貰うという、そういう意味では色んな物が分断して競争する生き方から、融合して1つになるという、そういうのを『宿』という形を通じてお伝えする場ですね。



食べれる庭・パーマカルチャーについて。

1970年代、オーストラリアでは大開発が進んだんですね。
森が切り開かれて牧場や農場が出来て、反対運動があちこちで起こります。
でも反対運動っていうのは対立を生むだけで何も解決しないんですね。
反対運動よりも、心地良い暮らしを提言しようとして生まれたのが『パーマカルチャー』という考え方です。
permanent=持続可能な agriculture=農業。
持続可能な農的暮らしのデザインとして体系付けられました。
今ではそんなパーマカルチャーの暮らしに則って暮らしていこうという人が日本でもかなり増えてきましたけれども、何となくパーマカルチャーっていうと横文字で外国の考えのように思いがちですけど、ルーツはアジアにあるんですね。



1900年代、アメリカは大開発が進んで、巨大な牧場で化学肥料や農薬を使用する農場が多かった中で、どうしても土砂流出や暴風で土が飛ばされたり、どうしよもなく持続可能では無いという事を、土壌学者のキングという人が感じていたんですね。
世界でもっと持続可能な農業をやっている所はないかという事で、世界を旅するわけです。
そして出会ったのがアジアなんですね。
アジア4000年の歴史パーマネントアグリカルチャーという本を書きます。
1900年代の初頭です。
それをもう少し解りやすくまとめてデザイン化したのが、ビル・モリソンとデビット・ホルムグレンというオーストラリアの人達なんですね。
それでパーマカルチャーという本が生まれた。
ですからルーツはアジアにあります、そして日本の里山文化でもあります。
ビル・モリソンは「日本のみなさん、パーマカルチャーを通じて日本の文化を再認識してください」と言っているぐらいです。
もう少し僕らはパーマカルチャーを通じて、この里山の文化を見直してみる必要があるのかなという気がしています。



人間はあぁした方が良い、こうした方が良いと、より複雑にして来ています。
『耕す』という行為もそうなんですね。
耕せば耕すほど、良く出来ます。
でもそれは一時的なんです。
自然界に耕す行為はないです。
むしろ、これもしなくて良かったんではないか、あれもしなくて良かったんではないか、という逆の方向性をこれから思考していく時代に来ています。
自然界は耕さないと有機質がそこにちゃんと有りまして、根が縦横無尽に生えて、根穴構造というものを作ります。
その根穴構造が、微生物、小動物によって分解されて腐蝕というものが生まれるんですね。
腐蝕はマイナスの電気を生み、土の栄養素がくっ付いて来る。
ですから、耕さなければ耕さないほど大地は、より豊潤に豊かになっていきます。
そこに微生物、小動物、ミミズなんかも住める環境も生まれる。
それを耕してしまうと、有機質はあっという間に分解されるんだけども、微生物、小動物の生きられない世界がうまれる。
団地にブルトーザーで突っ込んで来るようなものですね。
ですから土手だとか森も耕しません。
それが本来の自然の姿です。
それをもう少し見直してみよう、というのが『自然農法』の考え方です。



究極なのが「わら一本の革命」を書いた福岡正信さん。
これはまさに『神の農法』です。
神の農法なので、なかなか人間はついていけませんけども、もう少し人間界に降りて来ると、自然農の川口由一という人がいます。
さらにもう少し降りて来ると、岡田茂吉という人がいます。
ヨーロッパの三圃式農業のような、そんな生き方で「良い人をつくるには、良い土地がなければいけない」「良い土地を作るには、良い食べ物がなくてはいけない」というような形でやってます。
炭素循環農法だとか、あるいは森林農法だとか、色んな農法が日本から生まれてて、世界に誇れる農業を持っているのが日本です。









シャンティクティはどんな農法で作物を?

川口由一さんの自然農をベースにはしてるけど、でもそれだけではないし。
福岡正信さんの考えもあるし、岡田茂吉さんの考えも、炭素循環農法の考えも、森林農法的な考えもあるし、最終的にはそれらを全て融合するようなパーマカルチャー的な生き方でもあるのでね。
農法っていうのは分ける事で分別だから、思考としてはそれらを融合していこう、1つになろうという梵我一如(ぼんがいちにょ)というそんなところに僕自身は来てるから、本当は名前がない方が良いんじゃないかなぁと思いつつ、まぁぐうたら農法だね(笑)







シャンティクティは臼井さんにとって理想郷に近い形で作れてるんですか?

理想郷でもないけどさ。
だって私と女房が居れば、男と女で上手く行かないしさぁ(笑)
上手くいかないから努力をする、その『プロセス』が大事で。
それが要するに生きてるってことだから、全てが理想郷が良いとは僕は思わないし、100点を目指して60点で良しとすべし、トータルで150点とあれっていうそんな気持ちでいるんだよね。



臼井さんの今に至るまでの人生とは?

長野県穂高町で生まれて、大学卒業して商社に1年半ぐらい勤めたかな。
でも都会の暮らし、自分で作り出していない物を販売して、伝票を右から左に動かすだけでお金になるっていう事にも違和感を感じてね。
それで山小屋で5年間くらい暮らしてて。
人気のない山小屋で、穂高町でやってる山小屋だから、まぁ山に行くなんてのはだいたい問題児が行くんだよね(笑)
でも僕は山が好きで、旅も好きだったから山小屋を希望して入れて貰ったんだけども。
最初3500人ぐらいの山小屋が、毎年1000人ぐらいづつ宿泊人数が増えて、最後には6500人ぐらいになったかな。
いつも来た人に、まずお茶を出して。
山小屋ですぐお茶が出るなんて所はないわけでね、それだけでみんな心がほんわかとするわけだよね。
後の運営はそれだけでとても上手くいくような感じでね。
夜、みんなで集まって、スライドを交えながら明日のコース、天気の事、注意点なんかも話ながら、人生を語り、旅を語り、山を語り、そんな事を山小屋でしていてね。
一緒に写真を撮って、それを年賀状で全部出していた。
そうするとね、年間3000〜4000枚年賀状を送るでしょ、返事はね9割9分来るんだよね。
穂高町の町長よりも私のところに来る年賀状の方が多くて。
まぁ5年間くらい山小屋で小屋番していたんだけど、自分の想い描いた宿をやりたいなって事でシャロムヒュッテを造ったんだよね。
大工1人に馬鹿8人っていって、大工さん1人に手が8人ぐらい居るとね、大工さんは大工として働ける。
そんな経緯で3年くらい掛かってシャロムを作ったんだけども。
お金も無く、みんなから5万円ずつ出して貰って2500万円くらい集めたのかな。
それを資金に、あと自己資金と銀行の借り入れで、妥協せずに割としっかりした建物が出来たんだけどもね。
それでシャロムを20年ぐらいやってたんだけども、なんとなく都会人相手だけで、地元の人との繋がりがないから、じゃあレストランと喫茶をやろうかってオーガニックのレストランと喫茶を2000年に始めたんだよね。
で、しばらくやっていたんだけど、私自身はある程度いろんなものが形になったし、後は若い連中に任せてやれば良いかなってことでね。
で、今に至ってます。





シャンティクティの歴史としてはいつ頃から?

12年前(2006年〜)からこっちに移ってるね。
私はシャロムに関わりは持ちつついたんだけど、7年ぐらいシャロムは若い連中が運営をやっていて、完全に離れたのが今年からだから、ようやく肩の荷もおりて。

シャロムヒュッテの「シャロム」はヘブライ語って事でしたけど。

ヘブライ語で「平安がありますように」って意味でね。
最終的に人間の求めているところはきっとそこだと思うの。
でも、そこにみんな行き着けない。
行き着けないから、良いんだよ。
それを目標に、神の世界を目指すのであって。
陰と陽がある、それが相対界という僕らの世界であって、だからお互い補い、活かし合う事ができる。
最終的には神の世界には行き着く事は出来ないわけ。
でも、それを目指して『プロセスを生きる』という事がとても大事な事だと思うけどね。

最終的には、人間の目標は幸せに生きる事であると思う。
ジョンレノンなんかは、国が無い、あなたと私の分別がないという事を想像してごらんって歌うわけだよね。
それは決して難しいことではない。
個別の宗教も殺し合うって事も必要ない。
全ての人達が平和に暮らしてるという事を想像しよう。
でもそれは夢かもしれない。
でもその夢を見ている仲間が居るんだ、さぁ手を取り合いながらEarth one1つになろう。
それが仏教でいうところの梵我一如(ぼんがいちにょ)という事でもあるし、2つに別れたものが1つになる、それが神の世界。
ガンジーは銃を突きつけられ、奴隷になるか、武器を持って闘うかって時に、その両者も選ばない、第三の道を選ぶ。
それが無抵抗不服従。
福岡正信は、東洋だ、西洋だ、ではなくて、第三の道、それが神の道。
キング牧師も同じ、黒人の子供達も白人の子供達も、同じ教室で学べるように。
イスラムの詩人ルーミーは、現悪を超えた草原で逢いたいと歌います。
だから1つになるという事は素晴らしい事で、男と女が抱き合う事は最高の事なんだよ。
全てを忘れて裸でいれるっていうのは素晴らしい世界でさ。
結果ではなく『プロセス』が大事。
執着をしない、そして今、ここを生きる。
過去や未来を煩うんではなくてね。



最後に、臼井さんのこだわりとは。

こだわりは無い。
こだわって、こだわって、捉われなくなった時に初めて幸せがやってくると、僕は思う。
若いうちはこだわりばっかりだったよ僕は。
だからみんなに生きにくいって言われたとは思うんだけど、でもそれは「真・善・美」そして世の中が成り立つわけ。
それがちょっとズレるだけでバランスが崩れるしね。
だから、最終的にはこだわって、こだわって、捉われなくなる。
それが良いんじゃないかなぁっと思いつつ、なかなかこだわりも捨てられず、生きてるわけ(笑)








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〜サイハテ〜三角ノ巻

ベジタブルジャーニー30県目の熊本県に入りました!
向かったのは熊本県の中部、宇土半島の先端に位置する『三角町(みすみまち)』。
パーマカルチャーなどの発想をベースにした"楽園デザイン"により持続可能×新しいライフスタイルを描く村。
1万坪という広大な土地で、未来を見据えた新しい暮らし方を表現する『三角エコビレッジ サイハテ』にお邪魔してきました。



ルールやリーダーも無く、合言葉「お好きにどうぞ」のもと、これからの暮らしを模索・実践するコミュニティ。











お話をうかがったのは、三角エコビレッジ発起人でもあり、優しい革命家『工藤 真工(くどうしんく)』さん(42)。
ベジタブルジャーニー113件目です^ ^



熊本っていう所は、有機農業歴40年とかって農家がいっぱいあって。
なんでかって言ったら、この海の向こうに見える水俣(みなまた)っていう所があって4大公害病の『水俣病』が出た町。
あれはチッソっていうところの工業排水で海が汚れてなったんだけど、何の工場だか知ってます?
あれ『化学肥料工場』なんですよ。
農薬とかでもなくて、肥料なんですよね。
それこそ今の原発なんかと一緒で、戦争中その会社は毒ガス兵器とか作ってて。
戦争に負けて、農業第一次産業って言って農協を作って、「日本の農家は全部化学肥料を使え」って。
化学肥料作ってる工業排水で熊本の農家さんなんかは自分の大切な家族を亡くしていって、シンプルに「そんな物使えるかよ」と。
流行りのオーガニックとかじゃなくて、そういう背景が熊本の有機農家にはあるんですよ。

パーマカルチャーについて。

今ココには30人(子供10にん)住んでるんですよ。
みんなパーマカルチャーを習いに来るとノート持って話をメモって、スパイラルガーデンとは?コンパニオンプランツとは?みたいなそんなんばっかりで。
それは違うだろって。
パーマカルチャーって概念ばっかりであんまり実践している所がなくて、ココで実践しようって俺が言い出しっぺなんですけど、このサイハテ村が6年前の2011年11月11日に開村して。
パーマカルチャーっていうとパーマカルチャー技術が頭に浮かんで、サイハテはパーマカルチャーじゃないじゃんって言われるから、俺らも最近言うのはやめて『楽園デザイン』って呼ぶようにしてるんですけど。

村にパーマカルチャーデザイナーが居るんですけど、なかなか何もせんのですよ。
俺も「パーマカルチャーっぽい建物とか作ろうぜ」って思ったけど何もせんで。
6年暮らして俺もやっと解ったのは、少なくとも1年間は『観察』して暮らさないとデザインなんて始められないってこと。
人がどういう動きをして、風向き、天気、虫の感じ、水の流れとか、自然の動きを知って、初めてどこに畑作るでしょって。
そりゃそうなんですよね、無駄に畑を作って、暮らしの動線から離れてたらそれはやっぱり手間に変わるし。
いかに『無駄なく理に叶っているか』って事ですよね。
暮らしを含めて全てをパーマカルチャーって意味で。



生い立ちから現在まで。

育ちは茨城県の水戸で、親父は日本の原子力研究の第一人者で科学者なんですよ。
18歳で上京するまで水戸に居て、そこから東京にデザイン系の専門学校に行って、そこから転々と流れ流れて三重県に居た事もあるし、三重県でカフェやったりとか富山にも居たし。

熊本に来るキッカケとは?

熊本に来る前はまだ結婚する前で、嫁の実家がある富山の古民家で何もせずに暮らしてて。
有名な漁港もあるし、畑もあるし。
魚も余った物を貰えるし、何の問題もなく。
その時も本当、金がなくて嫁に「働け」って怒られたんですよ(笑)
「解った」って、近くのガソリンスタンドに面接に行って、明後日から来てくださいって。
その帰り道に「いや違うだろ」と思って。
その時ちょうど2009年は、ツイッターが日本でだんだん浸透してたから、「これはオモロイ」と思ってツイッターで求人を出したんですよ、誰か俺を雇えって。
そしたら熊本の人が呼んでくれて熊本へ。

その時は自分をどんなプロモーションで売り込んだんですか?

えっとね、その前から順序立てると。
10前の2008年に、資本主義崩壊させる会社っていうのを作ったんですよ。
名前が『弁天(べんてん)』って言うんだけど、それは社長とか社員とかそういう設定も一切なく。
東京の三鷹に天命反転住宅っていうのがあって、アーティストが建てたキチガイみたいな建物で、まん丸い部屋とか、床が全部デコボコだったり、そういう部屋にオフィスを構えて。

社員も会社の方向性も全く白紙で、そこに集まった奴がやりたい事だけやったらどこまで行くんだろうって『社会実験会社』を始めて。

それをやっていったら、だんだん1つの方向性としてアーティストがいっぱい集まって来て。
それから弁天っていうバンドが組まれて。



それはライブをやる日にちと場所は決まってるんだけど、メンバーも曲も何にも決まってない状態でステージに登って、初めましてってとこからみんなを満足させるっていう芸術集団が出来始めて。

それが人気になって日本中でライブに呼ばれるようになって、そんなネットワークの中だから答えは『コミュニティ』だと。

今度は国つくりプロジェクトっていうのを立ち上げたんです。

日本中の土地を抑えて、お金とかルールとかリーダーに囚われないコミュニティを作って。
三重県の山とか、奈良の山とか、土地は貰えたりしてたんだけど、かといってそんな何もない所に人が集まりようがなくて。
そこから、弁天も俺も、それこそ金も生まないし、限界を感じて富山に行ったって感じで。

その頃から極限まで自分の性質を分析してみたら、要は自分のワークポイントっていうのは『人の人生を変える事』なんです。
こんな世界があるんだって提案が超好きで。
っていうのも、俺『漫画家』なんですよ。
子供の頃から漫画描きまくってて。

俺の知ってる中で漫画ってのは、紙と鉛筆があれば最も簡単に世界観を表現できるもので、今はその延長なんすよね。

新人賞取って漫画の連載とかもした事あったけど、なんせ商業誌だといくら作品持って行っても「工藤さんのやりたい事って東洋哲学か何かですか?」って。
まぁ別に東洋とか西洋じゃなくて、人に違う意識を伝えるって言ったら哲学かもしれないですって言ったら、「この業界には鉄則があって漫画家のやりたいことは消費税以下ですよ」って。
当時消費税3%で、漫画家のやりたい事は3%で、あとはアンケートとマーケティングとリサーチの結果をやるものですよって言われて。
それでもうイイやって。
漫画もう描きません。

もちろん超有名な漫画家なら何でも出来るのかもしれないけど、当時の俺にはとてもそんなの考えられなくて。
で、そこにインターネットとSNSが出て来てツイッターが出た時には「貰ったぜ」って。
漫画を描いても出版社通さないで地球の裏側まで1つの絵が届く時代がやっと来たと思って。
そう思った時に「漫画描く必要ねぇじゃん」ってなって。
自分の生き方を発信すれば世界が変わって行くと思って今に至るっていう。

だからこれは俺にとってはある意味『漫画』なんすよね。









でも6年もやると今度は『この生き方』がちょうど時代とマッチングし出して来てて。
最近は行政の視察だとか、企業とかが研修に来たりするんですよ。
昔だったら5カ年計画・10カ年計画だけど、今はもう数ヶ月先ですら全く読めないから全くプランも立てられないらしくて。
昔はこういう生き方ってヒッピーとかカウンターカルチャーだったのが、今はいよいよみんな気付いてるわけですよ「そろそろ次でしょ」って。
AIもあるし、仮想通貨もあるし、幸せを見失いつつあるし、引きこもりも自殺者も多い。
いよいよこのやり方違うでしょってみんな気付いてて。
投資家もビジネスマンも主婦も、大学生とかまでみんな革命に動き出してるというか、次を探し出してて。
今度も東急不動産の重役が数人で来るって言ってましたよ。











サイハテの歴史。

25年ぐらい前に、熊本の知的障害の子供を持った親達20人くらいが、子供達と気兼ねなく遊べて手に職つけられるような場所を作ろうと『自然の里』っていうのを立ち上げたんですよ。
その人達は、行政書士や弁護士、大学教授だったりそれなりの人達の集団で。
それぞれの能力で1つずつ土地を抑えてって1万坪までにして。
こういう家とか木工工房・陶芸の窯とかは全部その人達がちょっとずつ子供達の為に作って。
ただ、そこから20年経ったらその人達も80歳とかで、子供達も大人になって。
ほとんど使われない廃村みたいになってて、そこを俺が見つけて引き継いだわけですよ。
この建物もリフォーム、リノベーションして、ただの柑橘の集荷場だったところが6年間みんながお好きにどうぞで暮らすとまぁこんな事になっていくっていう。



買ったって事ですか?

1000万円で売られてて。
そもそも俺『エコビレッジ』って言葉を知らなくて、ある日おれの嫁が国づくりってやってた時に「真のやりたい事はエコビレッジって言うんじゃないの?」って。
俺は何それダッセーって。
エコなビレッジ?
でもその2秒後にはそれ作ろうって。
国づくりとか、資本主義崩壊って言ったら近寄り難いけど、エコビレッジだったらめちゃくちゃ分かり易いしポップだし、悪い気もしない。
エコビレッジを作ろうって思ったらその2日後くらいにこの土地があるって紹介されて。

見て一発でココだって。
全体上物も含めて1000万円で売られてて、早速次の日買うと、持ち主達に会いに行って。
今もだけど、当時の俺は全財産300円くらいしか無くて、貯金もした事ないし貧乏で。
それで早速その日の夜にホームページでエコビレッジを作ろうって立ち上げて、ツイッターで1000万あればココにエコビレッジ出来るからって毎日呼びかけて。

そうすると噂を聞いた人達が日々見に来るようになって、そしたらちょうど親の遺産が下りたから日本にエコビレッジが出来るなら見たいから俺が買うよっていう人が現れて、買ってくれて。

漫画でしょ?(笑)
でも今思えば、それ以外はあり得なかったかな。
要は行政から金引っ張って来るとか、企業のスポンサー付けるとかは何か違くて。
俺が作りたかったのはエコビレッジじゃなくて「お好きにどうぞ」っていう社会実験場だから、みんなからお金を集めて急にお好きにどうぞなんて言ったらみんな怒るだろうし。
1人の仲間がココを買ってくれたっていうのが漫画みたいな奇跡。
10人で100万づつ出し合っても絶対上手くはいかなかったしね。



サイハテが目指すところとは。

世界平和ですね。
これはサイハテはってよりは言い出しっぺの俺の想い。
サイハテは、世間は、っていうのはどうでもよくて、単純に現行の社会は法律とかお金とかに縛られててっていうところで、1つの雛形と言うか、こういう場所で30人が6年間暮らしていて「悪くないぜ」っていう事実があるから、それがシンプルに広がっていけばイイなって。
極論で言ったら世界がサイハテみたいになればイイなって。
もちろん色んな個性とクオリティがあるだろうけど、『雑多な社会』になればイイなと思うんすよね。
そのイメージがコレでサイハテ曼荼羅って名付けてるけど。
全部が個性的でカオスなんだけど安定した1つのになっている社会。








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〜10万年続くスタンダード〜南さつまノ巻

鹿児島市から次に向かったのは、この旅の根幹とも言える『多様的な生き方』の技術を、包み隠さず発信しているある方に会いに行きました。
鹿児島県薩摩半島西岸に位置する南さつま市。
旧大坂小学校を改装して作った市民工房『ダイナミックラボ』またの名をファブラボ・ダイザカにお邪魔しました。







ファブラボでは木工機械全般、デジファブ機器(レーザーカッターや3Dプリンタなど)、手芸用品、図書室を備え、思ったものを、思った時に作ることができる工房。











運用のためのエネルギーは今後、太陽光発電、雨水、薪、自作した下水へと順次移行する予定。
そして扱う材料は主に間伐材や、廃品、プラスチックゴミなど見捨てられたもの。
幅広い道具を揃え、その運用は地域の循環できるエネルギーで行い、廃品から商品を作る。
ゴミを拾って来てモノを作ればつくるほどお金は地域に集まり、自然環境が良くなるはず、という思想から誕生。









お話をうかがったのはダイナミックラボ代表の『テンダー』さん(34)。
原子炉の設計をしていた父と、ピアノ教師をしていた母の元、神奈川県横浜市で生まれる。
ヨホホ研究所主宰。
一般社団法人その辺のもので生きる代表理事。
火起こしから電子回路まで、先人の技術を引き継ぐ1万年目のこども。
職業はヒッピー。
電気・水道・ガス契約ナシの年間家賃1万円の家、てー庵に家族4人で暮らしている。
南日本新聞にエッセイ連載中。
2015年7月に版元を設立。
「わがや電力〜12歳からとりかかる太陽光発電の入門書」出版。
ウェブ直販でこれまでに7000部を販売。
全国での講演、大学講義、寄稿など多数。
2017年5月、鹿児島県南さつま市金峰町の廃校にて、ファブラボ「ダイナミックラボ」をスタート。
先住民技術から最新のデジタルファブリケーションまで、問題を解決するためのありとあらゆる技術に触れられる場所を目指して創設。
廃材、間伐材などの利用をベースに、日々技術的な引き出しを増やすために勉強中。
ベジタブルジャーニー番外編です^ ^



生い立ちから現在。

横浜出身で22歳の頃ピースボートに乗って、その時2006年なんですけど青森県 六ヶ所村の核廃棄物問題が日本中の政治とか環境問題の大きな意趣になってて。
坂本龍一さんが「ストップ六ヶ所村」って言い始めて、青森県 六ヶ所村に1年住んだのが事の発端って感じですね。
俺とエレキって奴が移住して、1年間原発反対運動とか色んな事を手伝って、札束を頬っぺたではたかれるみたいな時に、どうやったら魂を売らなかったり嫌な事をやらなくて済むのかっていうのが20代の頃の大きなテーマで。

お金からいつでも逸脱できて、得ようと思えばいつでも得られるにはどうしたらイイかっていうのを20代でずっとやってて放浪したり自営業したり。
27歳の時にインディアンの学校へ行って、究極的にお金を持たなくても石器作ったり、自然繊維作ったり、火を起こしたり出来るようになれば1つの人生の到達点だなと思い修行へ行って。
アメリカから帰ってきて、国内でトレーニングする為に横浜から自転車で鹿児島まで来て、その時は轢かれた生き物を食べながら野山に泊まり、ここまで来たって感じですね。
ナイフ一本で山籠りする練習を何回かやった結果、日本の山の生態系が酷く単一になっていたんですよ杉林ばっかりで。
生強い山よりも、里の方が全然多様性があって、そういう所なら簡単なんだけど、本当に深い山に行ってるはずなのに九州だと杉林ばっかりで。
そうすると食べられるのが尺取虫しかなくて。
これは愛する技術で愛するモノを守れないんだなと思って、森林がないのは林業政策だから政治の問題だと思って、政治家さんのスピーチライターとかやるようになって。
それでしばらくやってみて、日本に『民主主義』があると思ってたけど実際には民主主義なんて無くて『メディア主主義』しかないんだと思って。
メディアが流した情報を自分の意見に採用して再生してるだけであって、自分の頭で考えた事を言ってるわけじゃないんだと。
じゃあメディア側に行かなきゃダメだと思って、フジテレビのドキュメンタリー大賞っていう特番で1時間取ってもらって。
で、いま鹿児島新聞に連載貰ってるんですけど、自分がメディア側に行ったらどうなるのかっていうのを1年やってみた結果、『自分の頭で考える人が増えないとしょうがない』ってなり、ファボラボに至るって感じですね。



ファボラボとは。

マーケットにお客さんが1人しかいない。
市場に1人だけで、生産者も1人、消費者も1人。
その1人っていうのは同一人物っていうのがファボラボの市場なんです。
今までは大量生産の物で8割の人が満足する物が生産されていて、必ず満足出来ない人が出てくる。そういう人は常に買い続けるんですよね。
新しいiPhone出て買い続けるみたいな満たされないを繰り返して。
その根底にあるのは『他人が自分を満たしてくれるという幻想』なんですよ。
プロダクトとか他者っていうのが常に自分のベストを知っていて、誰かがいつか何故か満たしてくれるって幻想の上に『人が作った物を買う』っていうルールが存在してるんだけど。
ファボラボっていうのは生産者とユーザーが同じだから自分が1番自分の事を解ってて、自分に必要な物を自分で創る。
それでお終い、生産は1回、別に流通もしないからゴミも出ないっていうのがファボラボ。
それはエッセンシャルな部分なんだけど、一般的には好きな物が作れる場所ってくらいのメッセージ性で運営されてる。
ココの場合は、ゴミを拾って来て物を作れば仕入原価が0円で街からゴミが減り、収益が出来て移住者に雇用が生まれるっていうのをやってて。
今はアルミ缶とプラスチックをどうするかっていうのをテーマにやってます。



講演会などは本の著者として呼ばれるんですか?

いや、もう色々ですよ。
昨日は京都の同志社大学で講演会だったんですけど、それは俺が2冊目に書こうとした本のテーマが『エコロジカルフットプリント』って概念で、例えばここに居る3人に透明なガラスの半球を被せた時に半径3m、何日間生存できると思いますか?

7日間?

水がなくなっても生きられる期間ですよね。
じゃあそれが周囲10kmのカプセルになったらどれくらいだと思いますか?
場合によっては1年ぐらい生きれるかもしれませんよね。
っていう生命が存続できる最低限の面積っていうのがあるわけですよ。
例えばココで10kmって言ったら土が見えるけど、渋谷で10kmって言われても食料生産が出来ないし、CO2を吸収する物がないから、渋谷とココだと全然条件が違っていて。
世界の70億人で地球上の緑地の面積を割った時に1人あたり何ヘクタール使えるかって単位が『エコロジカルフットプリント』。
それはもう待った無しだし、言い訳も成立しない物理的単位なんですよね。
それが物凄く重要な概念だから、それを小さい子でも解るような本を書こうと思って。
世の中には難しい本しかないので、日本の第一人者の方が同志社大学の先生だったから取材しに行ったら「あんた面白いね明日授業やってよ」って3年前にしたのが始まりで毎年呼んでくれてて。
俺が会いに行ってそのまま講演になるパターンもあるし、向こうから依頼が来る場合もあるし。
例えば、電気の話、先住民技術、ファボラボ、社会運動、最近は話し方の技術とかも呼ばれますねプレゼンのやり方とか。



職業ヒッピーについて。

俺が思ってるヒッピーは『義務を放棄』して『責任』で選択する人だと思っているので。
70年代のベトナム戦争の時にアメリカには徴兵制度がある、そして俺はアメリカ人だ、でも徴兵されて戦争に行く為に俺は生まれたわけではないので、然るならば自分はアメリカ人を辞めて、国外に出て徴兵をされない事を選ぶ。
っていうのがヒッピーの始まりだから、『義務』法律がそうだからお前はそうしろじゃなくて、『責任』とは対等さによって自分がされたくないから相手もきっとされたくないだろう、何故なら相手は自分と同じようにモノを感じて考える人間であるから対等であって、相手に嫌な経験をさせない為に自分が先回ってこうしとこうみたいのが『責任』であって、それが考えられるかどうかでヒッピーだと思ってるから、別に髭にロン毛に絞り染めでピースみたいのだけじゃないと思ってるかな。

てっきり自給自足を目指してるのかと勘違いしていましたがそうじゃないんですね。

全く興味ないですね。
自給自足なんて小さな事をしたいわけじゃなくて、言ってみたらそれは自分をどうやって充足させるかの話だし、自給自足って凄い簡単だからクオリティを下げれば良いだけなので。
1日1食を食べるか食べないかにしたら誰だって自給自足出来るし、生産しなくたって出来るわけですよ。
言葉っていうのはある一定の明瞭さを持っていないと目的を達しないと思っていて、自給自足をしたい人の話を聞いてるとだいたい畑やりたいとかそういう話で。
例えば自給自足したいって人に「今から頑張って1日かけて自動販売機周って1000円回収しようぜ」って言うといやぁって。
「じゃあ養豚農家行って出荷しない豚貰ってさばこうぜ」って言うといやぁって。
じゃあ何したいの?って聞くと「畑とか」って。
最初から畑したいって言えよって話なんだけど、俺がやりたいたいって言うか責任があるなと思ってるのは『集団としての生存』であって、自分の生命の存続を一生掛けてやるほど大変なテーマじゃないしもう出来るし。
先住民技術って1万年前から今まで伝承されている地球上で最も持続可能な技術なわけですよ。
誰が何と言おうとそれより続いてる技術は無くて。
例えばここ30年でインターネットが出て来たけど、インターネットが次の30年あるかどうかって誰にも解らないけど、先住民技術は次の1万年耐えうる可能性があるのは推測ができる。
それは1万年存続した強さがあるんですね、本質的な合理性、超長期的に観た合理性があるから存続されるわけであって。
ただ、先住民技術っていうのは物凄く完成度は高いんだけど、その中に『プラスチック』と『核のゴミ』の話が入ってこないんですよ。
無いから。
プラスチックのゴミは今の世代の人達が持続可能な技術に切り替えていったり、運用する哲学を身に付けることによって次の1万年間続くスタンダードを作らないと伝承できないんですよね。
それで今はプラスチックゴミの事をやってるんだけど。
核に関しては10万年存続できる技術じゃないと原発を使うという事のお尻が拭えないので、本当に難しい話だと思うんだけど、俺がやりたいのはそっちで。
自給自足の概念には集団っていう概念が希薄だから。
家の前に100人住んでて100人農家さんが居る時に、自分の人生を農業に向けるかどうかっていうのは凄く意味のある問いだと思うんですよね。
自分が機械設計できるとか、感動する文章を書けるとか、政治的交渉能力が高い時に、農業をやることによってその土地から離れられなくなっちゃう事って、果たしてその集団にとってメリットはあるのか?みたいなのもあると思うし。



真ん中に『個人』があって、個人の暮らしがある。
その周りには常にコミュニティもしくは政治があるんですよ。
その外には自然環境がある。
この3つのレイヤーっていうのは超重要で、ここが理解できてるか出来てないかによって振る舞いが大きく変わるなと思っていて。
これはどんな科学っぽいこと言っても、宗教的なこと言っても絶対にこう。
どんなに科学が発達したって足の下には地面があってマグマがあって、頭の上には空があって大気圏があって宇宙があって。
自然環境下でしか俺たちは生存ができない前提を持っていて、重要なところは常に外側のレイヤーからの制約を受ける。



例えば、自分の暮らしを凄く美しく旦那さんが大工と畑やってて、奥さんは自然染めしてますみたいな『暮らし職人』って俺は呼んでるんだけど、そんな人が居たとして、コミュニティや政治のレベルによって『自家採種禁止法』が出来たりするわけですよ。
これは例でも何でもなく実際そうだから。
例えばニューヨークは自家発電禁止だったかな?みたいに、どんなに個人の思想が高くてスキルや人徳があって能力があっても、上のレイヤーから条例や憲法が出来ちゃえば必ず制限を受けて、それまで30年やってきた事だって一瞬で否定されちゃうっていうシステムの中で俺たちは今生きている。



1,000年続いた王国があったとしたって、そこの下で大地震が起きたら一瞬で壊滅するわけで。
常に上のレイヤーから制約を受けている。
その時に、じゃあ天災には抗えないんじゃないかと思うかもしれないけど、『先住民技術』っていうのは地面と木と水があれば生きていける技術であって、外のレイヤーを『サバイブ』するのが先住民技術なんですよね。
自給自足っていう事をサバイブするのは中の話じゃなくて、自家採種禁止法案を『成立させない』みたいな外のレイヤーにどう関われるかの能力によって中のクオリティが決まるわけですよ。
だから常にこの3つのレイヤーを自由に行き来できる力を持ってないと自分の望む暮らしなんて出来やしないので、内部だけの話が小さい話だなと思うわけです。



俺の目的は、自分が通った道の後に生態系が多様になってるかっていうのと、自分の頭で考える人が増えることだと思っているので。
まぁ後者の方はちょっと今揺らいでるけど。
盲目的に従う方が幸せって人は一定層必ず居るんだなっていうのを理解して。
そういう人にとっては『考えること』を求めること自体が物凄いストレスみたいになっちゃうみたいだし、本当相手によるなと思ってるんだけどね。
基本原則として個人の欲求を追い求めている限り個人の生存は保証されないわけですよ。
自分よりも大きいレイヤーを整える力がないと自分というのは保証されない。
これは人間だけが見える図になってるけど、そこには他の全ての生物種が含まれているんです。
結局俺たちが摂取するのは死骸か排泄物しかないので。
酸素っていうのは木の排泄物だし、アルコールも微生物の排泄物だし。
他の排泄物を食べて生きてるから他の種が居てくれないと存続が出来ないので、自分がやることが生態系の多様性を下げると長期的に見て自分の首を絞めてるだけだから。
思想って本当に何でも言えるから態度だけだなと思ってて。
色んな人が色んな事を言うけど「あんた1人で電力を自給してどうなんだ」とか。
大原則としては『やらないよりやった方が全然イイ』
俺の暮らしが与えてる環境負荷って他の人に比べて100分の1くらいだと思うし、俺は今の家に引っ越して来て5年目だけど、うちの周りの生態系は増えている。
やらないよりやった方がマシだし専門家である必要もなくて、専門家の人よりも『実際やってる小さな態度』の方が生態系は豊かになるんだから簡単な話ですよ。



テンダーさんはそうゆう思想の人が増えた方が良いと考えてますか?

いや、もうそういう段階じゃないと思ってる。
希望を持ったり嫌な事を嫌って言い続けられる段階と、もう現実に対応しなきゃいけない段階があって、俺は現実対応しなきゃいけない段階だと思っていて。
例えば、徴兵制度の賛否の話で、徴兵制に反対だっていう『反対』の気持ちの内訳をみた時に、さっき言ったヒッピーみたいに戦争に行きたくないから反対だって気持ちはもちろん解るし、俺だってそうだけど、実質的には徴兵制度のある国の方が戦争は始めない。
国民が減っちゃうリスクが高過ぎるから。
ベトナムのソンミ村で米軍の虐殺事件があって、それを研究調査した学者さんがいて「平気で嘘をつく人達」っていう本に書いてあるんだけど、その中でなぜ虐殺が起こったかって研究をするんだけど。
その結論が軍部の専門性が高過ぎたって話があるの。
専門集団っていうのは基準が一般から外れちゃって、内部の規律によって善悪が決まってしまいがちだから、それを回避するにはどうしたら良いかっていうのを著者が出した結論が『軍部の専門性を下げること』。
すなわち、徴兵制度をとること。
素人が入る事によって軍が異常行動をするのを妨げてられるって言ってて。
そこまで降りて、そこまで覚悟して自分が沢山の人を虐殺しない覚悟でそこに加わる覚悟を持って、徴兵制度がアリかナシかを論じてるかっていうのは全然違う話だよね。
感情で徴兵制度がアリかナシかじゃなくて。
現実的に俺たちは判断能力が低くて異常行動に走っちゃう種族だから、だからこそ専門家じゃない人が間に入らなきゃいけないんだっていう責任を持ってそこに行くかみたいな話があると思ってて。
同じように、電気・ガス・水道を契約しないとか解決の技術で生きていくんだみたいなのを広報してみんなが理解できるフェーズはもう終わったんだと思ってる。
それよりももっと早いスピードで知性の劣化を促すようなコマーシャリズムが流行ってしまっていて、『本当に簡単なことが考えられない時代』になってきてるから。
とにかく俺は先行事例を作って行くのでやれる人はやってくれたらイイけど、俺がそれを広めるって作業は特にしないと思ってる。
ノアの箱舟は作るけど、客引きはしない。
電気・ガス・水道を契約しない人ってだいたいメディアに出てこないんだけど、そうすると世の中に居ない事になっちゃうから、2017年の日本では契約しないと生きていけないのか普通になるからさ。
だから1人でもやってる人が居れば日本に住んでる人は2017年でも生きていけるっていうのが嘘じゃなくなるので、俺はそっちでイイかなって気はする。



テンダーさんが一般社会からは外れた見識で物事を観るようになったのはナゼですか?

じゃあ何で大半の人は一緒なの?って質問と一緒で、俺はみんなが採用してる方向とは違うだけ。
ガブリエル・ティティアラヒっていうタヒチの長老がいて、その人はずっと裸足で暮らしててピースボートにゲストで乗ってくるんだけど、みんなガビさんに「何で裸足なんですか?」って聞くんだけど、ガビさんは「なんでお前は靴を履いている?」と聞き返すだけ。
もうそれに尽きるというか、何で『みんながやってると正しい』って思えるのって。
俺は100万回誰かが火起こしをしても、その人が『自分の能力で火を起こす体験』に意味があると思ってて。
人は『プロセス』を通して『エッセンス』に到達するんだけど、エッセンスの側からは学べないの。
今の小学校教育ってエッセンスが教えられる、これにはこういう原理があります、こういう歴史がありましたって習うんだけど、プロセストンネルを通らないとエッセンス平原には行けないんだよね。
エッセンス平原にいきなり入っても価値が解らないの。
火起こしっていうのは本当に科学の粋なんですよね。
熱力学とか流体力学とか、摩擦って概念だったり色んなモノの知識が感覚と融合できる素晴らしい教材なんだけど、みんな物が燃える為には酸素と熱と燃える物が必要っていうのは知ってる、だけど目の前で燃えてる火や燻ってる火口を見て何が足りないのか言えない。
それって意味あるの?って俺は思ってて、俺は目の端に焚き火が移っただけで何が足りないか言えるし、それはもう難しくも何ともないっていうかだってそうじゃんみたいな話で。
そういう風に常識のレベルまで降りて来た知識のみが役に立つと思ってて、それを1つずつ自分の中に積み立てていくのみだし、積み立てて来て見つけたエッセンスをどのようなプロセスからエッセンスまでのデザインを人に見せれば、みんながプロセストンネルに入ってくれるかに意味があるの。
エッセンスを再分配してもあんまり意味がなくて。
だからプロセストンネルの入り口をどれだけ美しくできるかとか、解りやすくできるかが勝負どころだと思ってる。





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〜残らない魅力から残るものへ〜紀美野ノ巻

6月22日に富山県南砺市で出会った、八百楽農園べべちゃんのアースバッグ師匠が居る、和歌山県紀美野町にある『デュ二ヤマヒル』に伺ってきました。





今回はベジタブルジャーニー番外編として、自身でも自然農を実践していたり、アースバッグやストローベイルハウスをセルフビルドしている、舞台照明デザイナー兼セルフビルドプロデュース『山口 暁(やまぐちあきら)』さんにお話をうかがいました。









ストローベイルハウスとは?

壁の中に藁のブロックを積んで作る家なんです。
藁のブロックの外側、内側に天然の粘土、土を塗ってあるだけなんです。
まぁこれは40cm近くの断熱材として、非常に優れてるって言う風にアメリカで始まったらしいんだよね。





ストローベイルハウスの壁材は、粘土に藁と水を混ぜて数ヶ月置くと発酵していくんですね。
そうするとだんだん藁が髪の毛の様に細くなって、その時にグルテン作用が出来て粘土自体に粘りが生まれて、塗る時も塗りやすく、しかも乾いた後はカチカチに固まって藁自体が繋ぎになるのでヒビが入らないんです。
日本の昔の左官屋さんがやっていた技法みたいですね。
これだけでは壁としては弱いので一応、柱が入ってて屋根を組んで柱と柱の間に断熱材として藁を積んで土を塗ってるんですよ。

僕はもともと丸い家を作りたくて真ん中に柱を立てたくなかったので、地元の竹をスパイラル状に組んで屋根を持たせてるっていう。



セルフビルドのコンセプトとは?

僕のコンセプトはセルフビルドが好きでやっているんだけども、廃材とか自然素材を元にして作っていきたいなとずっと思っていて。
どこか有機的な建物の中に住みたいって願望があったんです。
もちろんマンションとか新建材で作られた一戸建ての家とかはしっかり出来てるし機密性もあって良いんだけども、なんか有機的な所に自分の身を置くとどうなるのかなって。
それは僕のデザイナーとしての実験というか、自分の身を置く場所を変えると自分の感覚はどうなるのだろうかと。







テラスもあるんですね。
下が泳げるような川なので、そこに遊歩道を作って夏場は降りて行って遊んでます。
これは4年前に作って腐ってしまったのでまた新しく作ったんです。
竹も伐採する時期があって冬場に切るんですけどそれは虫が少ない事と、やはり新月伐採で水分が少ない時期に切って天日干しして、油抜きって言って竹の油を火で炙って抜くんです。
そうするとより乾燥しやすく強い物になります。





ベッドも藁なんですね。
藁が余ってたのでベッドの下だけ使ってます。
ここでミニライブとか映画の上映会をよくやってたんですけど、その時に藁ブロックを積んでひな壇みたいな客席にしたり、何かイベントで使う時にすぐ移動出来るようにってことで残してるんですけど、藁の上には畳を引いてベッドにしている感じです。



暁さんは建築の勉強をされてたんですか?

ほとんど独学ですね。
ずっと舞台の仕事を40年ぐらいやってて、舞台も元々は何も無いところから人間サイズに作っていくので、それが何か建築と似てるところがあって面白いなぁって。
後はデザインですね。
自分のやりたいように作る。
ふつう建築って言ったらハードルが高いと思うじゃないですか、とても家なんて自分じゃ作れないって。
でも僕の場合いい加減だから壊れたらまた作ればいいやって。自分の家なんだから。
そんな低いハードルで適当に作ってるんですけどね(笑)



入り口に可愛いポストがありましたが、ここはもう住居として登録されてるんですか?

そうですね、土地の目的『地目』が山林なんです。宅地ではないんですね。
だけど僕がここに、こういう家を建てて住民票をここに移すって言ったら別に役所の人は何も言わなかったですね。
だから僕は仮設住宅に住んでる変わり者だと思われてる(笑)
まぁ一応税金も徴収しに来るし。
(奥さん)Amazonも来るよ^ ^







木を組んで家作りましたって感じじゃないから面白いですよね。
そうですね。
アースバッグは土嚢袋に土を入れて少しづつ重ねていってるから人手も掛かってるし、ゆっくり出来るっていうのが面白いなって。
これは漆喰かな、その下に麻炭を少し塗ってあるんですけど。上は珪藻土を塗ったりとか、色んなものを実験的にやっていますね。













アースバッグの特徴とは?

アースバッグの特徴は日本の『蔵』みたいに暑い昼間なんかも冷んやりしますね。
あんまり土自体は断熱性はないんですよ。
熱が伝わる時間が非常にゆっくりで10時間くらい。
冬場はちょっと寒いけど、蓄熱性はあるので中でストーブを焚けば暖かくなりますよ。
ただ、本当は冬暖かいアースバッグを作りたいんだけども元々の作り方がアメリカの風土に合わせてスタートしたものなのであまり日本の風土に適したものを考えてないんですよ。
そういう所を住みながら自分なりに風土に合ったアースバッグを作っていきたいなと思って色々と模索しています。





べべちゃんとの出会いは?

『米市農園』っていうココから車で30分くらいの所で、音楽室をみんなでアースバッグで作ろうという企画があって、米市農園の近くにアースバッグを作っている所にべべちゃんがアースバッグに興味があるってことで富山からわざわざ参加してくれたのが最初の出会いかな。

それで地元帰って自分の所でも作りたいって富山にも行くようになったような感じですね。

暁さんのお仕事の話を聞かせてください。

まぁ分かりやすく言えば、真っ暗な中だとお客さん何も見えないですよね。
じゃあ灯りをつけると演じてる人、歌ってる人、踊ってる人が見えるじゃないですか。
見えるってだけならそれでOKなんだけど、灯りの当たり方とか角度で色合いや雰囲気の見え方が違うんです。
そこをデザインするのが僕らの仕事ですね。

だから作品がどういうふうな趣旨で作られてるかっていう事をスタッフ同士で念密に話し合って、それぞれの感性を持ち寄って作って行くんですよね。

照明とは言いつつも演出の要素も入ってるんですね。昔から照明が仕事だったんですか?

そうだね、そういう要素は結構ありますね。
高校生の頃から舞台が好きで、舞台関係の仕事がやりたいなと思ってて。
俳優や他の選択肢もあったんだろうけど照明って仕事が意外と面白そうだなって。
今はビデオとかあるけど、昔は残らないんです。お客さんの印象にしか残らない。
これはカッコいいと思ったんですね。







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〜Counter Culture(対抗文化)〜横浜ノ巻

今までベジタブルジャーニーで色々な方からお話を聞かせてもらってきた中で、農業を始めるきっかけになったのが、とあるフリーペーパーだと答えた方が数名いました。

今回はそのきっかけになったフリーペーパー『RICE PAPER 88』の編集長を務めていた『菊地 崇(きくち たかし)』さんにお話を伺って来ました。

菊地さんは1963年岩手県生まれ。カルチャー・マガジンのパイオニア的存在であるSwitchの創刊に参加。
退社してタイで1年間過ごし、そこで人生における旅の視線、世界視野の大切さを知る。
帰国後はフリーライター、講師として活動しBalance、Lj、88などその時代の先駆的な複数のカルチャー・マガジンで編集&執筆を担い、音楽のみならず紀行やインタビューなど、広く執筆活動をし、紙媒体をメインに、インターネット、テレビやラジオといったメディアまで、多角的に発信を続け、現在では新たにフリーペーパー『DEAL』を手掛けている。



当時の88はどんなコンセプトだったんですか?

88を創刊したきっかけは、当時フリーペーパーじゃない別の仕事で、オーガニックではないんだけど稲作農家を巡ってる仲間がいて、色々行ってるうちに米のフリーペーパーってないよねって話になって『米』に関するフリーペーパーを作りたいって事で始まったんだよね。

やるに当たってせっかくフリーペーパーを作るわけだから、農業に特化すると言うか『ライフスタイル』として農を捉えてる人に会って行こうと。
その人に色んな事を教わって行こうみたいな感じで始まったのかな。
米って考えてみれば日本文化の『核』じゃない?それで自分達も色々な人に会って学んで行ったって感じかな。



88は何年ぐらい創刊されていたんですか?

12年ぐらいじゃないかなぁ。
2003年から始まって2007年ぐらいから俺が編集長でやってたかな。
88は人に会って『学ぶ』って感覚が強くて、その学んでいるものを原稿として残していくって想いが強かったかもしれない。
あんな内容のフリーペーパーだからみんなに農業詳しいんですか?とかやってるんですか?とか言われたけど、そんな事は全然なくて、自分達も学んで会いたい人に会ってたっていうのが強いかなぁ。

何かメッセージを伝えようと明確なものがあったわけじゃないんですね。

まぁ、インタビューする人選んでる段階でそのメッセージは明解なんだけど。
ん〜 これは雑誌作りの俺の感覚なんだけど、明解なメッセージは編集部として出すものではないって思ってるんだよね。
でも選択の中で出てくるから、たまに明解なメッセージも出る事はあるけど、あくまでも伝える事がメディアの大切なとこだと思うからなんだよね。



最近は88でやっていたような農関連の内容はやったりしないんですか?

やらないわけじゃないんだ。
去年の12月から始めた『DEAL』の方では在来種でずっとやってる八百屋さんのインタビューとかはしてるんだよ。
農関係とか食べ物関係もやりたいことはやりたいと思いつつDEALでは地方発信と言うか、自分の住んでる場所、生きてる場所へのこだわりを持った人の活動を応援していきたいのね。
そうなってくると必然的に農とか漁業とか第一産業は出てくるからいずれ出てくると思う。



菊地さんの現在に繋がる経緯を聞かせてください。

俺は基本的にはずーっと編集の人間で、ざっくり言うと20代はSwitchっていう雑誌を10年ぐらいやってて、30代がBalanceって言うフリーペーパーをやって、40代が88とLj。
だいたい10年周期ぐらいでやってる感じ。

学生を卒業してからそういう仕事をやりたくて?

卒業しないまま始めたね。
アルバイトなのかなデッチみたいな感じかなSwitchは。
Switchになる前身の時からやってたからSwitchで当時、編集長だった新井さんと出会って、新井さんのアシスタントみたいな事をずっとやってて、そこからそのまま編集へ。
生業としてこの道へっていうのは考えた事はないかなぁ。
成りたいなと思ったわけでもない気もするし。
成りたいなと思って突き詰めて行った方が言ってしまえばもっと有名編集者に成ってたかもしれないし。
Switchにもうちょっと居れば編集長にしてくれるとは言ってたんだけど、それが嫌で29歳で辞めたんだよね。
重荷になりたくないと言うか。
25歳ぐらいから副編集長だったから今思うとすっごい若いし、18歳から始めたから色んな楽しい事をさせてもらったけど、いつもSwitchって傘の中でやってるからもっと自由に成りたいっていうのもあったし。
だからもしかして賢く編集者として名を成したいと思えばそこに居た方が良かったかもしれない。

だからなんか楽しい事や、ずっと好きな事をやってるって感覚なんじゃないかなぁ。
っていうのと、88とかLjになる頃から上の世代で僕らが好きだなと思ってたライフスタイルだったりを今の時代と言うか、未来の時代へバトンタッチしていく務めがあるなと思ってて、繋いで行く意識を持つようになって。
それが88だったりなんだよね。
88は創刊から現在に至るまでずっと担っている発行人もいるし、初代の編集長もいる。それぞれの思いは違うんだろうけど、俺としては上の世代に創って来てもらったオーガニックなライフスタイルと言うか、自給自足的な地球が崩れないような生き方を下の世代に伝えていく為の1つのファクターだったと思って創ってたんだよね。
基本的なスタンスは『カウンターカルチャー』で。
Switchもカウンターだったし、カウンターカルチャーの1つのコンテンツの中にオーガニックっていうものがあって、自分としてはずっとカウンターの事をやってきてるんだよね。

繋げて行く位置と言うか、オーガニックや祭りだったり、そういう生き方って人として本当大切なものだと思うんだよね。
先達がやってきた事を解らないままそこでストップしてしまうのは本当に勿体無いと思ってて、それをちょっとでも繋いで行く事が自分の役目だなってところでやってるんだよね。
その発信してる先がたまたま88でオーガニックだし、Ljではフェスだし、っていう基本的にはオーガニックなライフスタイルを伝えることをSwitchからずっとやってる感じかなぁ。



菊地 崇のこだわりってありますか?

こだわりがない事がこだわりかな。
基本的にはこだわらないようにしてるし、こだわるのが嫌なんだよね。
って周りからはこだわりが多いって言われるんだけど(笑)
あとは編集するとか、人に話を聞く時とかは先入観がないように観ることと、物事を多角的に考えるっていうのは常にしてるかな。スタンスとしては。

自分で創ってるから言うのも変なんだけど、『紙』をメディアが持つ広がりって言うか、こういう出会いとかってネットよりもすごく大きいと思ってるんだよね。
人の心に残ると言うか。
そういう意味で言えばやっぱり紙のメディアを創っていたいし、創ってることによって会いたい人とは会えたり、会ってもらえるきっかけにもなるから続けて行きたいなと思っていて、まだまだ魅力ある人の事を紹介したいとか、応援したいって思う人はいっぱい居るから、その人の生き方だったりを一緒に勉強したりとか応援したりして行きたいよね。
その為には紙のメディアは良いし、必要だなと魅力的に思っていて、あとフリーペーパーのフリーの意味はどこでも置けること。
例えば2人(美土和)に100冊あげるから取材に行った時、面白い人が居たら渡してきてって出来るけど、売り本だとそうはならないから、そういう広がりがフリーペーパーには出来るし、ネットは拡散力があるんだけど、やっぱり核になるのは『紙』かな。
紙の持つ残り方と言うか繋がり方っていうのは残って行くような気がしてて、そこにこだわってるのかなぁ。



ネットで見る記事って忘れるんだよねぇ。
読み返さないし。
Switchを29歳で辞めて、その年に奥さんと結婚して、1年間タイで何する事もなく暮らしてたんだけど、 タイの島のバンガローとかに行くと旅人用に日本の小説の文庫本を置いてたりするんだよね。
自由図書館みたいになってて文庫本だと持っていっても置いていってもみたいな感じの所で、誰が見るか判んないけどいつか誰かの手に渡ってるかもしれないじゃない?
でもデジタルで自分の手にあると自分が死んじゃったら多分奥さんにさえも伝わらないし残らないと思うから、繋いでいくって意味で言えばやっぱり大切だなって。
これから紙でやる人は少なくなると思うんだ。
特に雑誌とか今は売れなくて減ってきてるから逆行するのかもしれないけど、だからこそ、そういう馬鹿っぽい人間が居てもいいのかなと思うし。
去年から自分が中心で始めたDEALも応援してくれる人が色んな所で出てくるんだよね。
そういうのが大切だなと思って。
今では自分の街で配ってくれるって協力してくれる人も結構出てきて、前はそうやって協力してくれる人が居なかったから自分達でやってたんだけど。
そういうのって凄くイイじゃん。
なんか言葉で言うとアレだけど凄いイイ広がりだなと思って。
って考えると35年ぐらいこういう物を創ってるからまだ自分はそっちを続けて行きたいなって想いかなぁ。


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〜こだわりを届ける〜掛川ノ巻

今回は静岡県中部地域を中心に牛フン、鶏フン、農薬、化学肥料を使っていない安心安全な自然農法野菜の移動販売をしている『Lalala planet plus』さんにお邪魔してきました。



移動販売と言っても販売車で売り歩くわけではなく、色々なイベントに出店したり間借りするような店舗を持たない移動八百屋スタイル。
この日は月1回、掛川市のモデルハウスで開催される野菜市。





Lalala planet plus代表の『長田 久美』さんにお話を伺いました。



なぜ自然農法の野菜を扱っているんですか?

自然農法で有名な三浦伸章さんと知り合ってから移動八百屋が始まっているので、誰でもイイわけじゃなく、三浦さんが教えた人たちの自然農法野菜を扱っています。

移動八百屋をやる経緯

私は11年間、保育士として働いてて1年辞めて専業主婦してたんです。
その時に三浦さんとイベントを通じて知り合って、私の母親も糖尿病とかで、私が結婚したときに、自分が作る食事が何年後かの家族の健康とか病気を作り出すのはその時の味付けなんだと思ったら、ごはんを作る人ってすごい責任重大だなぁって思って。
その頃JAのファーマーズマーケットが地産地消ってことを言い出してた時で、野菜はもちろん新鮮なんだけど安全はどうなんだろうと思ってた時に、三浦さんと知り合って。
こういうお野菜がこんな近くにあるんだって。
最初は友達と共同購入みたいな形で2009年くらいにやってたんですけど、周りから欲しいよって声が出てきて、じゃあお店にしようって、そこから店舗を持たずに知り合いのお店とか知り合いの場所で月2回野菜市を始めたのがそもそものきっかけです。



2011年にLalala planetって名前で友達と2人でやり始めたんですけど、去年の2016年に私が独立をしてLalala planet plusになってそれぞれが活動する形でやっています。
今は月に10日くらいのペースでイベントとか間借りをしてやっていますね。
珍しい野菜なんかは買ってもどうやって食べてイイかわからないって人も結構多いし、ちょっと食べ方を伝えるだけで珍しい野菜も美味しく食べれるから、私は『野菜を美味しく食べるレシピ』と言ってFacebookページをLalala planet plusとは別に作ってあって。
そこで色々なお野菜を美味しく食べる方法をご紹介してたりします。
静岡県の方は保守的な人が多いからあんまり珍しい野菜に手を出さないんですけど、色んな変わった野菜、店では食べるけど家では食べないみたいな物をこうすれば食べやすいよとか、これって簡単でこんなに美味しいんだよって事を、うちの物を買ってくれる人だけじゃなくて、見てくれてる人にお伝えするようにはしていますね。
それが直接商売に繋がらなくても美味しいのが伝わればいいかなって気持ちで。





Lalala planet plusのこだわりを聞かせてください

元気で笑顔になる野菜です^ ^
これを食べると元気になるし笑顔になります!





私これを売ってるんですけど、結局の根底は『愛』だと思っていて。
お母さん達が添加物・農薬いっぱいの物でも子供たちに対して愛いっぱいに作ればそれに勝るものはないって思って。
もちろんこれも凄いイイお野菜なんだけどこのお野菜を毎日イライラ作ってたら何も意味がないって思うから、そこが私が元々思ってるとこなので、もちろん無農薬・自然農法っていうのも売りなんだけど、それよりも美味しいから食べてっていう感じです^ ^!
うちの旦那もこの野菜にして調味料も気をつけるようにしたら毎年インフルエンザと扁桃腺で熱を出してたのが無くなったし。
それだけじゃないけどただ美味しいから食べて欲しい。
食べてもらえば解るからってそういう感じかな。





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