〜農法へ込められた百姓の真理〜伊予ノ巻

0

    ベジタブルジャーニー37県目の愛媛県に入りました^ ^
    愛媛県は、四国の北西部一帯に位置し、瀬戸内海に浮かぶ小さな島々からなります。
    愛媛県の県庁所在地、松山市内にある道後温泉は、3000年の歴史を誇る温泉。
    日本書紀にも登場する古くからの名湯で、日本最古の温泉のひとつ。
    映画『千と千尋の神隠し』のモデルになったとも言われていて、道後温泉本館は、国の重要文化財に指定されています。









    柑橘類の生産量が全国一の愛媛県。
    向かったのは愛媛県『伊予市』。
    オーガニックな作物を作る業界では必ず1度は耳にする『自然農法』。
    その自然農法を提唱したのが『福岡正信(ふくおか まさのぶ)』さん。
    栽培形態が最も自然に近い独創的な農法を実践、普及。
    多様な植物の種子を百種類以上集め、粘土と共に混合・団子状にした粘土団子を作ったことでも知られる自然農法の親元。
    自然農法は海外でも実践されている例があり、イタリアのトスカーナ地方で育てられる幻の豚・チンタセネーゼ育成者にも引き継がれている。
    「粘土団子」と呼ばれる、様々な種を100種類以上混ぜた団子によって砂漠緑化を行おうとした。
    行われた場所は、ギリシャ・スペイン・タイ・ケニア・インド・ソマリア・中国・アフリカなどの十数カ国とされていて、東南アジア諸国では、粘土団子方式で荒野がバナナ畑や森として甦った。
    1988年、ロックフェラー兄弟財団の出資で発足したフィリピンのマグサイサイ賞を受賞している。
    今回はそんな自然農法提唱者である、福岡 正信さんが拓いた柑橘の園を中心に、豊かな自然の中で親族が営む『福岡自然農園』さんにお邪魔してきました。





    お話をうかがったのは、福岡正信さんから三代目にあたる、福岡自然農園代表『福岡 大樹(ふくおか ひろき)』さん(44)。
    ベジタブルジャーニー129件目の農家さんです^ ^



    福岡自然農園の現在は、どんな農法でやられていますか?

    自然農法いうのを祖父が考案して、それに習いつつやりよる感じですかね。
    それなりにアレンジしたり、見本(祖父を)としたりしながらやってます。

    肥料などは入れないんですか?

    肥料は場合によっては入れます。
    有機質の肥料ですね、化学肥料はやった事ないんです。
    例えば苗木を植える時に鶏糞を使ったり、収量も少し上げたい場合には菜種カスやら、一般的に受ける味にしようと思うと魚の骨や肉骨粉や貝殻とか。

    肥料はどこから入手するんですか?

    それは業者から普通に仕入れます。



    大樹さんの生い立ちを聞かせてください。

    生まれも育ちもココで、専門学校で2年間、神戸に出た事はありますけど。
    バイオテクノロジーの専門で、外に出る理由としてはそれっぽいかなと、あまりこだわりはないですね(笑)



    戻って来て就職して、もともと家業を継ぐつもりはあったんやけど、親父が30歳までに継いでくれたらええわいみたいな話だったので、一応就職したんやけど。
    会社に数年勤めてやっと働き手として一人前になった頃に辞めるんは申し訳ないなと思ったんで、半年ぐらいで辞めて。
    その後はフリーターとして色んな職業やっとったら、色々と百姓なら役立つかなと思って。
    それで25歳くらいになって、まだ約束までに5年あったけど、もう手伝うわいみたいな感じで。
    子供の頃から農業には抵抗はなかったんですよね。
    思春期の頃はやっぱり人並みの悩みを持って、環境やのアフリカが飢餓やのテレビで見ながら「あぁ俺は何が出来るんやろ」とか考えた時に、この家業があって。
    何て言うか、後ろめたく生きる必要はない気がして。

    農法的には家で伝承していくような風潮はあったんですか?

    全くないですね。
    結構そういったイメージがあるじゃないですか?全然そんな都合の良いものはないですね。
    一緒(祖父と)に手伝ったりはそれなりにやってきたし、よう遊んでももらいよったけん、その辺でどっちかと言うとテクニック(農業技術)よりも感覚が大事やと思うんですよ。
    そこら辺をいくらか伝えようとしたんやないかなとは思うんやけど、まぁどこまで受け継げれとるかはわからんけどねぇ。
    祖父は自然農法いうのを提唱しとるけど、わりと哲学者的な部分が強くて。
    どう生きるか、どういう風に世の中を捉えるかいうのを示してて、それを実践するのに農業が適しとったみたいなところがあって。
    農法の縛り的なところが大事なんじゃなくて、どう捉えるか臨機応変に柔軟性をね。
    これはしたらいかん、これは安全です、これは危険みたいなガチガチになると折れやすいかなと思いながら。





    例えば、福岡正信の子孫として人前で講演活動のような事はしないんですか?

    ん〜 祖父の名前があっていくらかそういう機会はあって手伝えそうな時は手伝ったりはしますけど、ちょっと間違うと百姓を選んだはずがビジネスマンに変わっとったとか、活動家になっとったとか変わって来る側面も恐いんで、そこら辺は気をつけながらやってますかね。
    百姓という軸から外すと訳がわからんなってくるんでね。

    以前この旅で出会った農家さんが海外へ行った際に、外国人から「お前は日本人だから福岡正信を知ってるか」と言われたと話を聞いたんですが、やはり海外からの影響もありますか?

    ありますね。
    今でも年間外国から数十人は来園されますね。
    わりと遠くに行けば行くほど知名度が上がる性質があって。
    ちょうど今、40数年前に最初の英訳本を翻訳した方が40年ぶりに昨日こちらに来られて。
    特別なお花見をしましたね。
    それをベースに29ヶ国語に翻訳されとって、村上春樹が登場するまでは日本の書籍で1番翻訳されとった本かもしれんねとは言われとったみたいで、わりと日本人より外国の方が声は聞きますね。
    逆輸入的な部分が多いですね。
    外国で聞いて、帰ったら訪ねて来ましたとかね。



    本を出版する経緯とは。

    まぁ、ある意味『悟り』みたいな感じですかね、哲学というか心理というかを悟ったんやと思うんやけど。
    掴んだ心理みたいなものを伝える方法として、一般的に『宗教』があるんやけど、どの宗教みても上手い事いってないじゃないですか。
    宗教いう手段を使ったんではこの心理は伝わらんなぁいう事でそれを『農法』に変換して、伝えていこうと始めたいうところですかね。
    それで何冊か目に『藁一本の革命』を書いて、それを英訳にしたところ世界中に広がっていう流れかな。

    最後に、福岡自然農園のこだわりとは。

    この仕事に誇りは持っとるし、この仕事を否定するとなると、自分自身を否定するぐらいの事になると思うんで。
    これを仕事、生業、営みとしてずっと続けるいうのが1番のこだわりかな。
    その為に、今の社会とバランスをとりながらいうのが常に色々考えるところで。
    農地があれば、この環境があれば、食べる事が出来る仕事なので、それは最低限でも守り続けるいうのが1番のこだわりですかね。


    正信が70年手掛けた山があるんですよ、その後20年ほど放ったらかしたんやけど、なかなか興味深い山になっとると思うし、そこに行ってみたら美土和さんも面白いんじゃないかなと思いますよ。

























    美土和ホームページ【オンラインストア】

    ベジタブルジャーニー美土和Facebookページ

    Instagram



    ヒロフミ

    JUGEMテーマ:車中泊・放浪・野宿


    | 1/1PAGES |

    calendar

    S M T W T F S
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    2425262728  
    << February 2019 >>

    美土和が掲載されました!

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM