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〜水の音で育つ山葵〜鹿足郡ノ巻

福岡県を後にして次に向かったのが、山口県と島根県の県境に位置する、島根県『鹿足郡(かのあしぐん)』。
以前、島根県を探索する中で連絡は取り合っていたのだけどスケジュールの都合で会えなかった『やまたねくらし』さんにリターン編でお邪魔してきました。
トレッキングコースになるほどの山奥で、ひっそりと、力強く広がっていたワサビ谷がそこにはありました。
天然にほど近い野生の『在来ワサビ』が生きる場所。









お話をうかがったのは、やまたねくらし代表『山口 敦央(やまぐちあつてる)』さん(36)。
ベジタブルジャーニー124件目の『山百姓』さんです^ ^



千葉県出身の山口さん。
ボーイスカウト経験もあり、高校時代は山岳部。
大学生の時に環境問題に興味を持ち、環境活動運動家へ。
その後就職するも、自然と触れ合って暮らしたいと『農業』や『地域おこし』に興味が湧き、出会いがあって安曇野へ1年間ホームステイ(農家)することに。
そこで自給的な暮らしへの価値観が定まり、青年海外協力隊に参加。
アフリカで3年間を過ごした後、誰も行ってないような所に行きたくて島根県へ辿り着いた。

ワサビを始めるキッカケ

前は「里山農園山口」っていう名前で少量多品目の農家をやっていました。
2回目の転機と言うか、精神的に行き詰まってしまって、自分でも何でそうなったのかよく解らなかったんだけど、頑張れば頑張るほど頑張れないみたいな感覚になって。
畑が好きだったはずなんだけど、だんだん好きじゃなくなって来ちゃって、1回農園を辞める決心をしたんですね。

辞める1年ぐらい前にワサビに出会って。
ワサビはそういう意味だと逃げ場所だったのかもしれないけど。
ココ(ワサビ谷)に来たらなにも周りの目も気にせずに、本当に自然の中で過ごせるんですよね。
どんなに調子が悪い時でもワサビ谷は受け入れてくれて生きていれたみたいな。
救われたんですよねワサビ谷に。



ワサビには、スリップスという病気が昭和40年代ぐらいから流行っていて、ワサビがどんどん作れなくなってきちゃったんですよ。
そういう問題とか、土砂災害や市場が変わってワサビ自体が売れなくなったり、在来のワサビをみんなが放棄していったんですよね。
そういう中、静岡とか東京の品種で病気に強いものが出て来て、みんなそっちに切り変えてより大きく、より青く、売れる物を選ぶようになってきたんです。
だから島根の純粋な在来種っていうのは本当に絶滅危惧種だと思っていて。

僕はどうしてもピュアな在来種がないかなと思って色んな所に聞いて周ってたんですけど、移住してから5年目くらいにやっと「あるで」っておじいさんに言われて、それやりたいです!って。

住んでいる所から離れていたので、苗を戴いて近所の谷に植えようと考えていたんですけど、おじいさんの谷の話を聞いてたら「そこやらせてください!」ってなってたんですよね。

「在来種しか生やしてなくて他には入れてない谷があるよ」って。
そのワサビは凄く優秀で、大きいし、美味しい、知ってる人はみんな知ってるような所なんだけど、みんな欲しがって苗をあげるんだけど、何故か上手く育たない。
「あのワサビはあの谷でしか生えないんじゃ」って。
それを聞いたら『じゃあその谷を守りたい』ってなったのが始まりですね。
前から野菜もずっと在来種とか固定種を採り続けていたので、その発想の延長だから今やっている事(在来ワサビ)は自分の中でやって来た事の延長だなと思っています。



ワサビって小売りをあんまりしていないんですよね。
一般の人がワサビを買うっていう機会はあんまりないじゃないですか。
でもそれをやらなきゃいけないんじゃないかと思ってて。
高級品だけど、盆暮れ正月・年越しそばとか、そういう時にはちょっとワサビを使ってみようかな、みたいな日本人のカルチャーを復活させようと思ったら、こういう事に『共感』してくれるお客さんを見つけて販売したいなっていうのがありますね。

良いワサビが採れる条件。

僕がお付き合いしてる師匠の話では、本当に良いワサビが採れる所っていうのは、水がバァーって出てる所じゃなくて、パッと見たら水がほとんど無いような所で、『よーく聞いたらコロコロ水の音が下に流れてるのが聞こえるような所』が良い所だっていう事を言うんですね。

この谷はまさにそういう場所。
で、条件が不利なんですよ。
他の場所はもっと水を流せるように工夫したり水量があったりして、機械使ってポンプで洗えるんですね。
こういう所はそういう事が出来ない場所なので、昔ながらのやり方でやらざるおえない。
そういう意味じゃ完全に『人と自然との共同作業』
毎回山を登って下って、全て手作業ですね。



農家をする理由とは。

もともとは自給自足をして、人と自然が調和した生き方がしたいって事ですね。
それをちゃんと成り立たせたら色んな人を誘えて、こういう生き方しようよって提案が出来るんじゃないかっていうのが20代の頃の夢ですよね。
でも自分がやらなくてもどんどんそういう流れになって来てるから、凄い嬉しいなと思って。
みんな同じ流れを感じてるなと思っているので、自分もその流れを加速化させていけば良いかと。

山口さんにとって在来種や種採りとは?

根っこですよね、ルーツ。
自分がベットタウンで育ったので、そういう『根っこ』を求めているみたいですね。
根無し草なりの根っこの求め方というかね。

種採りは、色んな意味合いがあるけど『趣味』ですよね。
結局どんなに追い詰められても種採りだけはやっていたので、半分は意地だし、半分は種として継ぎたいし。
多分みんな同じ想いを持ってると思うんですよね、今そういう種(固定種・在来種)を継ぎたい人って増えてると思ってて。
全部自分でやることって大変じゃないですか、だからやっぱり仕組みにしていくべきだなと思って。
去年から小さい活動なんですけど、タネの図種館 -Shimayama っていうのを始めて。
島山って島根と山口の境だから、何人かの仲間とそういう名前を決めたんですけど、今は種の交換会をしてます。
もう少し充実させていったら農家さんが本気で種採りした物を販売出来る場所作りをしたいですね。
今まではそういう種は遠くじゃないと買えなかったけど、『地元の種が地元で買える』っていう状況作りをしたいんですよね。
素人の人が気軽に種採りして交換し合う交換会と、農家の人がちゃんと発芽率とかを調べたり固定種としてしっかり固定させて保証していくような、販売する種との2層で発展していくような事を考えていて、今はとにかく自分のベースを整えてる段階なので、種採りを続けるって事と、交換会を春先と夏にやるっていうのを続けるっていう感じですね。



やまたねくらしのこだわりとは。

種を継ぐって事ですね。
昔の物とか、昔から繋がってるルーツみたいなものを感じると凄い心が震えるので、それを継ぎたい。
だからこういうワサビとか、野菜でもいくつか地元の在来種と出会う事が出来たので、それを増やしていく。
今、蕎麦を増やしている最中で、蕎麦とワサビをセットで販売できたら蕎麦もワサビも在来種だし最高だなと思って。
10年後にまた来たらやってる事変わってるかもしれないけど、山と種と暮らしに関わる事は絶対やっているだろうなと思って『やまたねくらし』なんですよね。
ワサビなんかブームになって、みんなが在来種のワサビやるぞ!ってなってくれたら全然いつでも引退してもいいんですけどね。
まずは一緒に楽しみながら味わってくれる人たちを増やしていきたいのでワサビ谷トレッキングツアーもやっているんですよ。
過程も見てもらいつつ、ココ(ワサビ谷)でワサビ丼を食べてもらうんです。
価値を解ってくれる人たちを増やしていく事が大事なので、売り方はそこまでこだわっていないですね。
自然と一緒に作業してるっていう感覚とか、ワサビの味とかストーリーを共有できれば良いですね。



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〜神と動物〜津和野ノ巻

江津市の次に向かったのは、島根県津和野町にある『おくがの村』という集落。
ここは日本初とも言われる農事組合が地域で法人化されている。
つまり、単独で農をするだけでなく地域として農を支える事で農人の生計も立てやすく、地域の存続にも力を貸せるというところ。





2000年からおくがの村に移住して農的暮らしを営みながら地域に貢献している『たまたま農園』代表の『田中 海太郎(たなかうみたろう)』さん(43)にお話を伺いました。



たまたま農園では旬の野菜を少量多品種生産。
養鶏も並行していて、鶏糞や落ち葉・緑肥などを肥料とする循環型の無農薬有機栽培。



音楽や政治活動にも力を入れていて、おくがの村に移住する前はアメリカに旅へ出たり北朝鮮へ行ったりと、イメージや情報ばかりを鵜呑みにせずに「自らの目」で見たものをリアルとする現実派。



駒澤大学の法学部出身の海太郎さん。
優秀な学歴を持っているのに、集落で農的暮らしをする理由とは。





海太郎さんが農家になった理由とは。

もともとは福岡久留米の出身で、高校までは普通に都会へ出たいって想いばっかりで、「大学行くなら都会に出してやる」と両親に言われたから一生懸命に勉強したらなんとか合格して。
それで東京に行ったんですけど、大学が駒澤っていうとこで北海道と東京のキャンパスがあって、どうせなら北海道のキャンパスに行ってみようかなと。
2年間、自然の中で過ごしてみたら「意外と田舎おもしろいな」と思って、東京帰ってきたら凄い人混みや満員電車とかで嫌になって。
大学時代に何を間違ったのか「哲学」っていう勉強をしてしまったら法哲学の授業があったんですね。
だんだん突き詰めていったらルソーが「自然に還れ」って話を聞いて凄いなと思ったり。
それと同時に大学の時に国際関係論って勉強をしてて、世界の食糧事情を調べたら2025年に必ず食糧危機が来ると。
その当時は「せめて自分だけでも助かろう」かなと思って、田舎暮らしもイイかなと思ったり。
ただ、当時はマスメディア関係で仕事をしたいと思ってたので、大学出て1年間フリーターしながら興味があった政治活動や音楽活動やったり、好きな事をしながら就職活動してたけど、だんだんそういうのが面倒になってきて。
そういえば田舎に行きたいなとか思ったり。
色々な事が混じりあってて、政治活動しているうちに「なんか1人でやってても虚しいな」と。
そう思ってる時にUIターンフェアっていうのがあって、会場に行ってみたら農業を色々体験出来ますよっていうのがあって。
当時2000年頃は、まだほとんど就農したいって人が居なくて、ブース出してるのに対応も凄い厳しくて。
あっちこっち断られまくって、たまたま島根のブースに行ったらうちは大歓迎ですよってことで島根に行こうと。



島根でも2ヶ所興味がある場所があったので早速行ってみようと飛び込んで来て、1ヶ所目には東部の方へ行ったけど、なんか会社的な農業やってたから違うなぁと思って、2件目にココへ来たんですよ。
そしたら、おくがの村っていう法人でやってる所があって今の師匠が代表で。
代表が来るなりビールを勧められて。
とりあえず「今日からおれ」とか言われて、何か変なオッサンだなと。
でも話しているうちに「農業は文化だ」とか「農業は哲学だ」みたいなカッコイイ事言うから、ちょっと面白そうだなと思って。
ちょっと居ようかなと思ってたらずるずる今に至るみたいな感じで。
人に惹かれたってことになるんでしょうね結果的には。







農園名の「たまたま」。

たまたま来たし、振り返ってみると凄い偶然が重なってるんですよね。
この家も来た時にあと2年くらいしたら崩れるって家がたまたま残ってて、誰も入らなければ崩れてただろうって言われてたし。
有機農業もスムーズに入れたキッカケもたまたま俺が来た前の年に某青汁会社が来て、有機でケールを作る人を募集してたり。
補助金制度もたまたま俺が最後の年だったし、なんだか凄い色々な運が重なってたから、それを活用しないわけにはいかないって事と、卵の「たま」を掛けてですね。



たまたま農園のこだわり

有機農業に通じてくるんですけど、一時期「自然栽培」や「自然農」に興味持ったんですけど、そこからナゼ有機栽培に戻ったかに繋がるんです。
これはあくまで自分の中での話ですけど、一方で「神」がいるとして、もう一方で「猿」がいるとする。
人間が真ん中にいるとしたら、自然農ってどちらかというと神に向かってる気がしてて。なるべく何もしないとかね。
有機農業ってどちらかというと糞とか沢山使ったりするから動物に近付いてる気がして。
俺はどっちかというと動物に近付いてる方が好きだなと思ってて。
結局、人間は肉食でもあって、鳥も食べるし猪も魚も獲って食べる。
そういう暮らしをしているから排泄物も出るわけだから。
人間は何かしら環境を汚して生きてるから最低限の汚し方として循環を考えて。
昔、自然農の有名な先生に「自分、自然農やりたいけど鶏飼ってるんですよ」って相談したら「そんなの大丈夫だよ、有機農家は鶏糞欲しがってるからそいつらに売りつければ良いんだよ」って言われた時に凄い違和感を感じてね。
結局、自分達が卵も鶏も食うのならその糞も処理するのが筋だし。
ゴミとして出すんじゃなくそれは土に還さないといかんと思う。
普通に鶏糞をたくさん使うと確かに腐りやすい野菜が出来るけど、上手に使ったら自然農に近い良い野菜が出来るって肥料の先生に言われて。
俺はソコを目指したいなと。
だから、あえて有機農業を堂々と訴えたいなと思ってて。
そのかわり、鶏でも抗生物質をたくさん使ってるエサを食べてる鶏と、うちの鶏は違うから、鶏糞もなるべく自然に近い鶏糞と、落ち葉とか色んな山の恵みを貰って肥料を作ってるから。
そういう発想がこだわりですね。





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〜自然との対話〜江津ノ巻

鳥取県を後にして、、、



向かったのは鳥取県のお隣、島根県。
鳥取県境港市と島根県松江市との間にかかる江島大橋、通称「ベタ踏み坂」を通ってきました。





ベジタブルジャーニー25県目です!
まずは島根の名所でもある「出雲大社」に参拝。











そして日本の製鉄のルーツでもある島根県の奥出雲地方「菅谷たたら山内」へ。
砂鉄と木炭を用いる日本古来の製鉄法をたたらと言い、日本各地にその技法はあるものの、菅谷たたら山内は江戸時代初期にその原型が完成し、日本で唯一現存する生産施設。
国の重要有形民俗文化財に指定されている。





日本刀専用の素材となっている優れた品質を誇っていた「玉鋼(たまはがね)」は、現代の製鉄技術でも再現不可能とされる、たたら製鉄における唯一無二の物。
映画『もののけ姫』の舞台にもなり、たたら場で女性が足場を踏み空気を送り込んでいたシーンは印象的だ。
しかし実際の足場は火の元に近く、非常に重労働とされ男の仕事だったそうで。
6人で1時間毎に交換したとされるこの「番子」さん。
あまりの重労働で、交代を余儀なくされる様から「交代ばんこ」という言葉が生まれたと言います。



次に向かったのは、島根県西部の日本海に面した江津市(ごうつし)。
山陰地方の中で最も人口が少なく、県内で最も面積が狭い市。
お邪魔したのは、自然栽培と一部有機栽培でゴボウ・お米・大豆を三本柱に営農されている『有限会社はんだ』さん。
元は土建業から始まった会社で、2004年から農業部門を設け、2009年には養分供給という概念を持たない「自然栽培」に全圃場を転換。
広大な農地ゆえ、あまりに地力が低い農地に限り、一部有機栽培で営農されている農場です。



お話をうかがったのは、有限会社はんだ代表取締役『反田 孝之(はんだたかゆき)』さん(47)。
学生時代には山に青春を掛け、道無き道を突き進む「藪漕ぎ(やぶこぎ)」に夢中になった20代。
いかに自然と一体になるかで、登山靴ではなく靴下も履かずに便所サンダル。
ザックにはテントを持たず、水ではなくビール20缶と硬い鰹節に寝袋を持っていくトリッキーさ。
そんなオルタナティブな反田さんが選んだゴボウとは。
ベジタブルジャーニー98件目の農家さんです^ ^



農業や農地面積について

真面目に最高だね。
生まれ変わったって何度でも百姓やりたいと思う。
金じゃないからね。
でもうちの場合はある意味、金も考えてる。それはナゼかって数字で出さないと山奥で変な変わり者が変わったことやってる、で終わっちゃうから。
それじゃあ面白くないっていうことで今のような農業を志して実現したんだけどね。
うちは面積もかなり広くやっていまして17町歩を夫婦2人がメインで管理してます。
結局10町歩以上の規模でやらなんだら、変わり者扱いされて終わりなんだよね。
今まで巡られて来た方々は、おそらくそんなに規模は大きくない方が多いと思うんですけど、みなさん地域では変わり者扱いされて勿体ないでしょ?本当に惜しいんですよ。
だから無視出来んぐらいの規模でやれば行政だって無視できないじゃない。

自然栽培を始めたキッカケとは。

2009年から自然栽培に切り替えたのですが、それまでは化学物質っていうのがいかんのだろうと「化学物質拒否農法」みたいなね。
いわゆる今のガイドライン化された有機JAS農法ですよ。
やっていると色々と矛盾が出てきたんです。
化学物質過敏症の人が食えないとか。
化学物質排除してるのに食えないって言われるし。
あと、ゴボウっていうのは2〜3ヶ月保存したら1番美味くなるのにドロドロに腐っちゃうんですよ。
これもおかしいなと。
それから連作出来ないという点。
有機栽培の指導だと、大豆も3年連作して4年目から収量が一気に落ちるから圃場を変えなさいって言われてるんだけど、これだっておかしい。
ゴボウも大豆も観察してると種は真下に落ちるんだよね。
落ちて即芽が出るっていうことは自然の摂理で考えたら連作出来ないっておかしいじゃない?
もし連作出来ないならタンポポみたいに離れた所に種を飛ばす構造になってるか、もしくは種子には休眠期間っていうのが物によってはあるから、しばらくは芽が出ない仕組みになってるとか。
この3つの点がおかしいなと思っている頃に、ナチュラルハーモニーさんが出雲で自然栽培講習会を開催してくれて、それをお客さんがメールで教えてくれたのがキッカケで参加したんです。
そうしたらその3つの疑問が全部ストレートにテーマになってて、まさにズドーンと討ち取られた感じで。
化学物質とか何とかじゃなくて『養分供給するという事』自体が不自然であって、連作が出来ないとか腐るとかは、土が『不自然さを解消する為』の表れだったわけですよ。
腐るっていうのも自然界が0に戻そうとするプラス方向の作用であって、化学物質過敏症の人が食えないのも見方によっては人間への警告でもある。
そういう事があったから自然栽培を始めたわけなんだよね。



一気にやりたくなっちゃって全面積でやり始めちゃって。
そうするとこれだけの広さだから中には育たない畑ってあるわけで、だんだん毎年土に向き合っていくうちに育たない畑っていうのは厳しいなと。
経営が成り立たないんじゃ意味ないですからね。
そういう所は有機肥料を仕方なく使おうと。
ただ、自然栽培をやり始めると有機肥料の使い方も変わってきてね。
あんまりインパクトを与えないように、土に漉き込むんじゃなく、土の上にばら撒くだけとか。
有機栽培でも肥料の量が少なくて済むようになったし、そういうところは自然栽培のおかげかな。



ゴボウを美味しく食べる方法てあります?

よく聞かれるんですけどね。。。
食ってみますか!それが1番手っ取り早いですよ。









右の方はもう廃棄用で、置いてるんだけなんだど、こうやって干からびさせると吊るし柿みたいな味になるんですよ。



ゴボウは有り難いことに、あちこちのシェフにこれ以上ないぐらいの賛辞を頂いとって、先月も5人くらいシェフが東京の方から来られて。
どこかで有名なシェフがうちのゴボウを食べて感動して、ご自身の著書の本を送って来られたりね。
年間15tぐらいしか生産できてないんですけど新規のお客さんにはもう分けられんのですわ。
基本お断りなんですよ、申し訳ないんですけど。
もし良ければ「生」でどうぞ。







めちゃくちゃ甘い、全然生でも食べれますね。なんだこれ。

なんかバカバカ食えそうでしょ?女房も子供産まれた次の日に病院食が物足りないから生のゴボウ持ってきてくれって言うから、キンピラにして持ってこうかて言ったら、生のまま持ってきてくれって(笑)



だいたいこれ食うとシェフ達もビックリするんですよ。

ゴボウは収穫してから置いとくものなんですか?

島根県の公務員さんがある論文を持って来てくれて。
反田さんこんな論文あったよって今でも保存してあるんですけど、ゴボウは収穫後2〜3ヶ月目が1番オリゴ糖が乗って美味しくなるっていう事を研究した学者さんがいて。
『灰汁が糖』に変わるわけですわ。



1つは、ここで育ったから美味しいっていうのと。
それと肥料をやらなきゃ美味しいわけです。
このゴボウが美味い秘密はこの2つですね。
うちも有機肥料使ってた頃は土壌の栄養分を分析して、それに基づいて施肥設計をしてやるというのを一時やったわけですよ。
それをやってる頃は美味いと褒められると自分の施肥設計が間違っていないと、腕の見せ所のような世界があるんですけど、今は違いますよね。
いかにこの素晴らしい土の素地があって、そこに邪魔をせずに育てられるか、そうすればこうやって美味い物になるわけですよ。
そこが今の僕の腕の見せ所であって、いかに要らんことをしないかって。
要らん事ってなんだろうってそればっかり考えてますからね。
僕の中でも考えがシフトしていって。
腕の見せ所なんてないんだ、違う所で力を発揮しなきゃって。
そうするとね、凄く楽になったんだよね。
例えば病気で全滅する時もあるんですよ。
ゴボウは農薬使わないで育て難い代表的な野菜ですから。
病気になっても「土」が前向きに良くしようという1つの通過点なんだと。
そういう事も解って来たんで、仮に病気になっても気持ちはまぁまぁ安らかに。
これでまた良くなったぞと。
という風に考えられるようになったのは自然栽培のおかげかな。
消費者って肥料を与えるとそれが栄養になって、食べて身体に良いって思ってるけど、本当は違うんだよね。



農家になったキッカケとは。

林業やりたかったんだ本当は。
でも人の下で働くってのはきっと僕は向いてないなと。
自分でやりたいと思ったけど、木を植えて30年後に伐採っていっても、その間どうやって生計立てる?みたいな事になるので。
そうなると林業を自分でやるなら林業家の娘を見つけて養子に入るしかないと。
これはダメだなと、林業ダメだ、どうしようで、農業も良いんじゃないかみたいな感じの流れで。

後は学生時代に社会と接し始めて「社会の矛盾」というか。
1番具体的にショックを受けたのが、化粧品会社の社員は自社の化粧品を買わないとかね。
シャンプー会社の社員は自社のシャンプーを買わないとか。
何が入ってるか生々しく知ってるから買えないっていうね。
化粧もわざと肌が荒れるように作られて、荒れるとまた化粧が売れる。
シャンプーも髪が痛むように出来てて、痛むからリンスが売れる。
要するに経済というのは『環境と人間の健康から搾取する事で回っている』と。
でも一方で人間の精神上、幸福感を得るためにも景気っていうのはある程度良い必要があって。
じゃあ経済っていうのが必要で、人間と環境から搾取してる事実があって、ココを上手くバランスとって俺どうやって生きていこうと思った時に、一言でいうなら「正しい農業」をしたいって
思って。
食っていくのに経済行為として何か少しでもマシな正しい農業というのを追求するのも、人生の中でアリなのかなと。
っていうのが農業を志した最後の後押しですかね。
命賭けてやってみようと。

有限会社はんだのこだわりとは。

とにかく1にも2にも、世の中の課題解決のヒントは、自然界にあること。
経営も自然界から学びながらやる、というのが唯一のこだわるところですね。





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