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〜見えないチカラ〜橋本ノ巻

和歌山編の最後に向かったのは、和歌山県の北東端に位置する橋本市。
ここで農薬・化学肥料・家畜肥料を使わず少量多品目の有機栽培と、一部自然栽培で四季折々の野菜を育てている『根っこ農園』さんにお邪魔してきました。



お話をうかがったのは根っこ農園代表『辻本 悠二(つじもとゆうじ)』さん。
ベジタブルジャーニー85件目の農家さんです^ ^



農業をやる理由とは?

経済学部4年間行って大学出て、その頃から自然の中で働きたいと思ってて、農業とか林業、漁業とかそんなんに興味あったけど、いざ一歩踏み出す勇気がなかなかなくて、最初は普通に眼鏡屋さんでとりあえず働こうと、全然興味なかったんやけど販売の仕事だったらなんとなく出来るんちゃうかなと思って。
その後THE NORTH FACEのショップに3年間くらい居て、けどまぁ街やったし全然自分の目指してるものとは違うなって。





強いて言うならウエイト半分くらい占めてるのが、幼少期に魚とか虫とか、学校に虫博士みたいのが居たと思うんですけど、そういうレベルで生き物とか植物も好きで、その延長っていうのと。
残りの半分は、レゲエが好きでルーツレゲエのラスタの思想とか、言ったらそれで経済的な活動って何だろうって考えて、農業だったらありえるかな?みたいな。
そんなラインで行こうと決めました、はい。
最初は川口さんの自然農みたいな耕さない憧れとか、志向的なとこで凄いイイなぁとか思ってたけど、自然な農家と出会ってくうちに農業を生業としてやってる人らのメンタルとか、自然な意識がある人を見てたら僕もそれで飯食って行きたいってなって。
それで今に至ってる感じです。







農園名の『根っこ』とは?

みんなにはそんな言わないですけど、やっぱり根っこはルーツロック。
植物の根っこも大事やし、地域に根ざすと言うか、見えない部分だけどめっちゃ大事だなみたいな。それが人でも。
自分らが続けて行くと同時に野菜を通してもっと多くの人に認知されて、そういうマインドみたいなのが広がればって感じですかね。

ラスタファリアンって肉を食さないけど辻本さんの場合は?

肉は自分からは食わないですね。

それは肉体的に合わないから?それとも思想的に?

どっちかって言うと僕は思想から入ってる感はあるんすけどね。
母とかも牛肉食われへんとかやから、僕も牛乳とかお肉は下痢するし、どっちかと言えば身体にも合ってはないんやと思うけど。
『アイタル』って言うラスタの思想の中にあるバイタルの変化バージョンで、肉食わへんみたいな自分で自然から得た物(野菜や木の実など)を食べるアイタルフードとかあるんやけど、その名前を自分が若い頃から「アイタル」って名乗ってて、その名前のおかげでそうなって行ったのもありますね。





根っこ農園のこだわりとは?

結構こだわらないとこに向かってるのかも知れへんすけど、こだわりって言うんやったらなるべく「シンプル」に生きるっていう事と、やっぱり家族が仲良く暮らして行けて、それで出来たらこういう畑がある生活を子供とか孫にも続いて行かんとあかんと思うんで、自分らがえぇ感じでやってたらやりたいってなる人もおると思うんです。
『自然の内側』みたいのが1番大事やと思いますね。









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〜安全にこだわり抜いた味〜海南ノ巻

和歌山県3件目で向かったのは、和歌山県北部沿岸部に位置する海南市。

「みかん」が初めて日本に持込まれたのは、記紀に伝わる古代日本の人物『田道間守公(タジマモリコウ)』が第11代垂仁天皇(西暦71年頃)の時代に中国より橘の木を持ち帰り、海南市の下津町橘本に移植したのが日本への柑橘類の導入として最も古いのではないかとされているそうです。
その「みかん」は現在でも海南市の南側で盛んに栽培されており、生産量においては全国トップクラス。



そんな海南市で自然栽培のみかんを栽培されている『イベファーム』さんにお邪魔してきました。

お話をうかがったのはイベファーム代表『井邊 博之(いべひろゆき)』さん。
ベジタブルジャーニー84件目の農家さんです^ ^



いつから農業を?

Uターンなんですけど、ずっと神奈川県でサラリーマンやってまして横浜に住んでたんです。
2009年に実家のある海南市に戻ってきまして、父親のみかん畑を継いだっていう形です。
前の職場は電気会社で農業とは全く関係なかったので、県の就農支援センターという所に行って、農薬を使う一般的な慣行農業をやってたんですけど、その年の夏に木村秋則さんの奇跡のりんごっていう本を読み、凄く感動しまして。
最初は木を数本ずつ自然栽培でやってみようかと思ってたんですけど、講演会に行ったらさらに感銘を受けて、数本とは言わず1反ちょっとを全て農薬・肥料を辞めようと。
最初は木村さんのやり方を真似て食酢を撒いたりしてたんですが、関東の販売先でもあるサンスマイルの社長さんが来園されて「食酢もやらない方がいいんちゃいます?」って言われ、それがきっかけで食酢も辞めて、今は干ばつの時にあげる水だけで他はなにもやらないやり方でやってます。
2010年から自然栽培を始めて2013年には食酢も辞めましたね。



食酢を撒いてたのは虫対策ですか?

もともと、慣行栽培でみかんに農薬を撒いてる理由としては『黒点病』というカビの一種なんですけど菌が付いてみかんに黒い点を付けるんです。
食味には影響ないんですが、市場に出せないって事で『殺菌剤』というのを月に1回は必ず散布するんですね。
その殺菌剤の代わりに食酢が効けばイイなと思って撒いてたんですが全く効きませんでした。

その殺菌剤は普通の人はあまり影響はないんですけど、私はダメみたいでその農薬が少しでも付いたみかんに触れると手の皮が剥けちゃったりするんですよ。
だから今でも慣行栽培の農薬がうちの畑にかかる事があるんですけど、かかったうちのみかんに触るとすぐ手が荒れますね。
サラリーマンの頃から冬になると手が荒れるので何でかなーと思ってよくよく考えてみたら実家から送って来たみかんを食べてそのみかんを触るだけで荒れてたって事がやっとこっちに来て原因が解ったんです。
だから殺菌剤っていう農薬の被害はないんですけど結構解らない所で出てる可能性があると思います。



品目ってどれくらいですか?

『温州みかん』も時期によって『早生』『中手』『奥手』ってあるんですけど、うちは早生みかんと奥手みかん。
早生みかんが少なくてほとんどが奥手みかんですね。
それと次に多いのが『甘夏』です。
あと『清見』と『セミノール』っていう三重がスタートの5月頃に収穫するみかんで、これは清見みたいにオレンジと掛け合わせた種類なんです。
全部で4種類ですね。

みかんはどうやって保存するんですか?

早生、中手、奥手は時期の違いなんですが、皮の厚さが違うんですよ。
中手まではほとんど日持ちしないんですけど、奥手は皮が分厚くて日持ちしやすいんです。
それがうちではメインなので実はみかんは収穫してすぐ販売ではなくて、収穫して蔵に一旦入れるんです。
平均すると1ヶ月ぐらい寝かせてそこから販売します。

追熟させる為に?

基本的には柑橘って追熟しないんです。
甘さがサツマイモみたいに甘くなったりはしないんですけど、すっぱさの酸がまろやかになっていくんです。
置きすぎると味がボケてだめなんですけどね。
保存の温度もあまり低いと日持ちはするんですけど、皮の油分が入るのか変に古い味になってしまうので、ちょうど10度くらいで湿度が高い所に置くのが1番貯蔵にはイイと言われる環境で。
うちは土壁の蔵に入れて、みかん自体が出す湿度でちょうど80%ぐらいの湿度になるんです。
温度もみかん自体が水分ですので外との温度差があってもみかん自体が蔵の中の空気を安定させてくれる事もあって安定的に貯蔵できてます。
『蔵出しみかん』って言ってますね。



柑橘類って剥いてみないと中が見えない物だけど、何か味を見分ける方法ってあったりしますか?

皮がゴツイみかんは糖度が高くなくて酸が高かったり、みかんの枝が付いてるヘタの部分が熟していると黄色くなってくるんですよ。
ヘタは普通は緑なんですけど収穫した瞬間から黄色いようなものは熟しているからそれは甘いですね。
完熟はヘタが黄色いんです。





近畿地方では3.11にあった原発事故での放射の影響は?

実はこっちにも影響はあると思っていて、特にみかんの肥料っていうのは魚ベースなんです。
有機肥料100%ってほとんどが魚の骨など魚から作った肥料で作るみかんは美味しいって言われていて、JAで売っている肥料はほとんどが魚ベースなんです。
魚って海を渡り泳ぐので、そういった肥料を使う=放射能の影響を受けると思って、2012年に全圃場を無肥料にするきっかけになったのが3.11でした。
肥料をあげてた時も、年に1回しかやらないんですが2011年分は撒いた後だったので、3.11以降は辞めましたね。
もともと自然栽培の圃場は何もやってなかったんですが、原発の事もあって2012年から全ての圃場を無農薬、無肥料の自然栽培に切り替えましたね。



イベファームのこだわりとは?

『味』かもしれません。
自然栽培って何も入れてないから、気候だとか土の違いとかでAの畑とBの畑の味が変わるんですよ。
肥料を入れるとだいたい肥料の味と言うか入れた所には同じ味が安定的に出るようになるんですが、うちはそうじゃなくてその『場の味』っていうことにこだわっています。
陽当たり加減とか湿気方の違いや、土の石が多いとか粘土質だとか。
例えばこっちでは苔が生えやすい場所ですごく香りがイイみかんになったり。
生果でそれを味わってもらうのも1つだし、もう1つはジュース。
今は混ぜて作ってるんだけど、ワインのテロワールみたいに場所によってラベルを変えて味が違う自然栽培のみかんジュースっていうのを出したいなと。
究極の自然栽培だと思ってます。









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〜自分よりも人や地球へ〜紀の川ノ巻

デュ二ヤマヒルを後にして、暁さんのご紹介で向かったのは、大阪のすぐ下に位置する和歌山県の北部の紀の川市。
べべちゃんと暁さんが出会うきっかけにもなった『米市農園』さん。



着いてみるとそこにあったのは畑ではなく一軒家で石窯でピザを提供するカフェ。







中へ入り、カフェのスタッフが教えてくれたのは「ここは洋平くんがセルフビルドで作ったんですよ」













米市農園代表の『高橋 洋平(たかはしようへい)』さんにお話をうかがいました。
ベジタブルジャーニー83件目の農家さんです^ ^



ここのカフェは手作りだと聞いたんですがリノベーションをしたんですか?

ここは新築ですね。
柿の木畑だったんですよココ。
チェーンソーで切り倒して新築で手作りしました。
暁さんも一緒に作業してくれて。

えー!?もともと建築業してたとか?

ないない。
すぐに農業引き継いじゃって。
兄妹多いんですけど男の子は僕1人で。末っ子だったから空気読んじゃう子で(笑)

農業はご実家が農家さんだったって事です?

そうそう。
ここは母方の祖母の家の実家でお母さんが生まれ育ってる場所なんだよね。
お父さんは自営業やってたんだけど見切りつけて辞めて、何しようかなって時にココ田畑やってたから、じゃあココで切花、イチゴとか加工品作っておにぎり屋とかやろうってなってたんだけど畑始めて5、6年かな?お父さんが癌で亡くなって。
僕が高校3年生の時。
それで兄妹で運営してて、お姉ちゃん達も結婚して出てっちゃって、じゃあ僕がみたいな。
それが今から12年前(2005年)かな。



学校も農業高校で、成績悪いからそこしか行けなかったんだけど園芸部に入ってすごくお花が好きになって。
ちょうどその頃、家も農業やってたし手伝うようになってて無農薬の野菜を作ってた時に『自然農』っていうやり方を教えてもらったんだよね。
お父さんが闘病生活になってそこから玄米始めたかな、すごい体調良く動けるようになって。
イイじゃん!これでやって行けたらいいなって。
どうせなら自然に沿ったやり方で。
まぁ農業高校だから農業の教科書ずっと読んでいくんだけど、化学的な農業は砂漠化が広がっていくよと。
環境汚染が進んで地下水が汚れて作物が育たなくなって行ってますよって事が解った時点で教科書はチャンチャン終わり(笑)
有機農業も勉強したけど、有機農業って結構与えるエネルギーって多いのね。
例えばお米を1反(300坪)作りますってなった時、そこに鶏糞を500kg入れます。
そして米の収穫量は300kgです。
あれ??200kgどこ行ったの?みたいな。
で、自然農の場合は与えるエネルギーが0とか、場合によっては米ぬか油かすで100kgとかで出来るお米が収穫量低くても200kg。
与えるエネルギーが0で200kg収穫出来るんだったらこれが『豊かになっていく仕組み』だよねって僕は高校生の頃そう思えたんだよね。
今のところ色んな農業あるけどちょっとやっぱり持続可能じゃないよねって。
いかにエネルギーを使わないやり方で作物がたくさん実る方法って何かなって考えた時に僕は自然農がストンッと入ったんだ。
でも実際200kgじゃ運営、経営出来ないし、もっと穫れなかったりするから、理論は解るんだけど実際の運営、経営ってなってくると中々ね(笑)



仕事としてはこのカフェの方がメインで?

そうだね、仕事としてお金を稼ぐのは木、金、土、日のカフェの営業かな。
お店を始めたのが10年くらい前。
畑は作業に追われちゃうから、もうちょっと力付けてから畑を豪勢にしようかなと。今はちょっと抑えてる感じ。

自然農って言うのは川口さんが推奨する不耕起?

そうそう。不耕起栽培の。
不耕起だけど、川口さんは補いって言って米ぬか、油かすを入れちゃうんだけどそれだったら自然栽培を求める人には売れなくなっちゃうから不耕起で無肥料の野菜がたくさん作れたらいいよねって所を目指してて。

僕らみんなでお酒を作るチームをしてて、酒米を植えて蔵元と一緒に清酒を作って。
参加者募ってその人達も買えるみたいにして、種まき〜除草〜収穫〜酒造って。







あとは小麦ね。
ピザ屋してるから和歌山の昔ながらの小麦。

小麦の製粉もやるんですか?

うん、ちっちゃな製粉機がある。
ピザ窯も自分で作っててそれで育てた小麦で生地作って焼いてお客さんに。
最近は農家と言うよりピザ屋の洋平くんになっちゃってるかな(笑)











これは広い意味で、こだわりって何かありますか?

ん〜 こだわりねぇ。あんま無くなっちゃったね(笑)
昔は健康への意識とか、もっと社会に訴えてとかはあったんだけど最近特に無くなっちゃった。
まぁでも世の為、人の為になることしたいねって言うのはこだわりなのかも知れない。
自分は多分どんな状況になってもご機嫌だから。
生かされてる実感があって、ありがたいよねこの世の中ねって、この世の中に何が出来るかなぁってやってる。
その為に何が良いかなっていつも考える。
それが少しでも農薬をかけない事であったり、一滴でもガソリンを使わない事であったり、ゴミを捨てないこと拾う事とか。
人に心地イイ場所作ったり。
美味しい物を提供する時になるべく新鮮な物を使うとか。
お客さん来てから畑に行って収穫するんだよね^ ^
仕込みをなるべくしないっていう事がテーマで。
だから僕が走ってる姿とか見れるんだ。それって面白いじゃないですか。
もっと地球が持続可能でみんなが関わり合える仕組み。
友達のカフェを開業するのを手伝ってるんだけど、それもドネーションで、僕は石窯を作れるからあちこちに作りに行ったり。
石窯を作ると人が集まって、そこが賑やかになって楽しいじゃん。
リノベーションもたくさん人が関わってみんなで作っていこうねって。
それって1人で作り上げちゃうよりは、みんなでそうやって社会を作っていく方が愛着も湧くし、より良い社会になるんじゃないかって思っちゃうんだよね。
だからこだわりと言えば、この僕の命があるんだったら地球に恩返しが出来る事を模索してるかな。

もし世の中からお金の概念が無くなって全てが無料になった場合、今と同じ事をやりますか?

あぁ〜 そうだなぁ〜 やらないかな。
海掃除するかも。ビーチクリーン。
海すごい好きだから。
農園はここの先代の家で、高橋市右衛門って名前が受け継がれて来てるからそれは繋げて行きたいなって社会的な義務が僕の中にはあって、その為にどうすればいいかなって僕の経営理念は色んな人が集まる場所で、その出会った人がどんどん夢が叶えれるようなサポートが出来たら良いなって言うことでこの農園が生きてくるから。





暁さんを招いてみんなで作った音楽室のアースバッグ見に行こうか^ ^













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〜残らない魅力から残るものへ〜紀美野ノ巻

6月22日に富山県南砺市で出会った、八百楽農園べべちゃんのアースバッグ師匠が居る、和歌山県紀美野町にある『デュ二ヤマヒル』に伺ってきました。





今回はベジタブルジャーニー番外編として、自身でも自然農を実践していたり、アースバッグやストローベイルハウスをセルフビルドしている、舞台照明デザイナー兼セルフビルドプロデュース『山口 暁(やまぐちあきら)』さんにお話をうかがいました。









ストローベイルハウスとは?

壁の中に藁のブロックを積んで作る家なんです。
藁のブロックの外側、内側に天然の粘土、土を塗ってあるだけなんです。
まぁこれは40cm近くの断熱材として、非常に優れてるって言う風にアメリカで始まったらしいんだよね。





ストローベイルハウスの壁材は、粘土に藁と水を混ぜて数ヶ月置くと発酵していくんですね。
そうするとだんだん藁が髪の毛の様に細くなって、その時にグルテン作用が出来て粘土自体に粘りが生まれて、塗る時も塗りやすく、しかも乾いた後はカチカチに固まって藁自体が繋ぎになるのでヒビが入らないんです。
日本の昔の左官屋さんがやっていた技法みたいですね。
これだけでは壁としては弱いので一応、柱が入ってて屋根を組んで柱と柱の間に断熱材として藁を積んで土を塗ってるんですよ。

僕はもともと丸い家を作りたくて真ん中に柱を立てたくなかったので、地元の竹をスパイラル状に組んで屋根を持たせてるっていう。



セルフビルドのコンセプトとは?

僕のコンセプトはセルフビルドが好きでやっているんだけども、廃材とか自然素材を元にして作っていきたいなとずっと思っていて。
どこか有機的な建物の中に住みたいって願望があったんです。
もちろんマンションとか新建材で作られた一戸建ての家とかはしっかり出来てるし機密性もあって良いんだけども、なんか有機的な所に自分の身を置くとどうなるのかなって。
それは僕のデザイナーとしての実験というか、自分の身を置く場所を変えると自分の感覚はどうなるのだろうかと。







テラスもあるんですね。
下が泳げるような川なので、そこに遊歩道を作って夏場は降りて行って遊んでます。
これは4年前に作って腐ってしまったのでまた新しく作ったんです。
竹も伐採する時期があって冬場に切るんですけどそれは虫が少ない事と、やはり新月伐採で水分が少ない時期に切って天日干しして、油抜きって言って竹の油を火で炙って抜くんです。
そうするとより乾燥しやすく強い物になります。





ベッドも藁なんですね。
藁が余ってたのでベッドの下だけ使ってます。
ここでミニライブとか映画の上映会をよくやってたんですけど、その時に藁ブロックを積んでひな壇みたいな客席にしたり、何かイベントで使う時にすぐ移動出来るようにってことで残してるんですけど、藁の上には畳を引いてベッドにしている感じです。



暁さんは建築の勉強をされてたんですか?

ほとんど独学ですね。
ずっと舞台の仕事を40年ぐらいやってて、舞台も元々は何も無いところから人間サイズに作っていくので、それが何か建築と似てるところがあって面白いなぁって。
後はデザインですね。
自分のやりたいように作る。
ふつう建築って言ったらハードルが高いと思うじゃないですか、とても家なんて自分じゃ作れないって。
でも僕の場合いい加減だから壊れたらまた作ればいいやって。自分の家なんだから。
そんな低いハードルで適当に作ってるんですけどね(笑)



入り口に可愛いポストがありましたが、ここはもう住居として登録されてるんですか?

そうですね、土地の目的『地目』が山林なんです。宅地ではないんですね。
だけど僕がここに、こういう家を建てて住民票をここに移すって言ったら別に役所の人は何も言わなかったですね。
だから僕は仮設住宅に住んでる変わり者だと思われてる(笑)
まぁ一応税金も徴収しに来るし。
(奥さん)Amazonも来るよ^ ^







木を組んで家作りましたって感じじゃないから面白いですよね。
そうですね。
アースバッグは土嚢袋に土を入れて少しづつ重ねていってるから人手も掛かってるし、ゆっくり出来るっていうのが面白いなって。
これは漆喰かな、その下に麻炭を少し塗ってあるんですけど。上は珪藻土を塗ったりとか、色んなものを実験的にやっていますね。













アースバッグの特徴とは?

アースバッグの特徴は日本の『蔵』みたいに暑い昼間なんかも冷んやりしますね。
あんまり土自体は断熱性はないんですよ。
熱が伝わる時間が非常にゆっくりで10時間くらい。
冬場はちょっと寒いけど、蓄熱性はあるので中でストーブを焚けば暖かくなりますよ。
ただ、本当は冬暖かいアースバッグを作りたいんだけども元々の作り方がアメリカの風土に合わせてスタートしたものなのであまり日本の風土に適したものを考えてないんですよ。
そういう所を住みながら自分なりに風土に合ったアースバッグを作っていきたいなと思って色々と模索しています。





べべちゃんとの出会いは?

『米市農園』っていうココから車で30分くらいの所で、音楽室をみんなでアースバッグで作ろうという企画があって、米市農園の近くにアースバッグを作っている所にべべちゃんがアースバッグに興味があるってことで富山からわざわざ参加してくれたのが最初の出会いかな。

それで地元帰って自分の所でも作りたいって富山にも行くようになったような感じですね。

暁さんのお仕事の話を聞かせてください。

まぁ分かりやすく言えば、真っ暗な中だとお客さん何も見えないですよね。
じゃあ灯りをつけると演じてる人、歌ってる人、踊ってる人が見えるじゃないですか。
見えるってだけならそれでOKなんだけど、灯りの当たり方とか角度で色合いや雰囲気の見え方が違うんです。
そこをデザインするのが僕らの仕事ですね。

だから作品がどういうふうな趣旨で作られてるかっていう事をスタッフ同士で念密に話し合って、それぞれの感性を持ち寄って作って行くんですよね。

照明とは言いつつも演出の要素も入ってるんですね。昔から照明が仕事だったんですか?

そうだね、そういう要素は結構ありますね。
高校生の頃から舞台が好きで、舞台関係の仕事がやりたいなと思ってて。
俳優や他の選択肢もあったんだろうけど照明って仕事が意外と面白そうだなって。
今はビデオとかあるけど、昔は残らないんです。お客さんの印象にしか残らない。
これはカッコいいと思ったんですね。







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〜潮風が生み出す信念〜みなべノ巻

ベジタブルジャーニー18県目、和歌山県に入りました!

和歌山県と言えば紀州の梅。
という事で向かったのが和歌山県日高郡みなべ町。
日本一の梅の里として知られ、梅の代表品種として知られる『南高梅』発祥の地で青梅とともに梅干しの生産が日本一の町です。
ちなみに和歌山県だけで全国の生産量の約50%を占めています。

みなべ町の気候は紀伊水道に流れ込む黒潮の影響を受け、一年を通じて気温の変化が少ない温暖な気候に恵まれていて、台風を含めた降雨期の降水量が多く、年間の晴天日が200日を超え日照時間も長いことから、植物の生育に適した気象条件となっています。
温暖な気候を好む『梅』の特性に大変適合した風土に加え、生長期にカルシウムを多く吸収する梅にとって炭酸カルシウムを含んだ中性質の土壌が、良質な梅の栽培に適しているという訳です。

江戸時代に著された『雑兵物語』には、戦に明け暮れる武士は食料袋に『梅干丸』を常に携帯していたと書かれています。
梅干の果肉と米の粉、氷砂糖の粉末を練ったもので、激しい戦闘や長い行軍での息切れをととのえたり、生水を飲んだときの殺菌用にと多いに役立ちました。
また、梅干の酸っぱさを思い、口にたまる唾で喉の渇きを癒したそうです。

今回は、そんな日本人の伝統的な食に欠かせない梅を自然栽培で生産から加工、販売まで手掛けている『てらがき農園』さんにお邪魔してきました。

お話をうかがったのは、てらがき農園二代目『寺垣 信男(てらがきのぶお)』さん。
ベジタブルジャーニー82件目の農家さんです^ ^



てらがき農園は約3町7反を、主に寺垣さんお1人で切り盛りされています。
先代から続く梅農園は50年を超える老舗農園。
2005年から無農薬、無肥料の自然栽培に切り替え12年。
『桃栗3年柿8年』という言葉があるように果樹は結果が見えるのは最短でも3年はかかる大変リスクの高い業界。
農法を切り替えるのにはよほどの覚悟と忍耐が要される事は言うまでもない。
なぜ無農薬、無肥料にこだわったのかを聞いてみました。

なぜ自然栽培に切り替えることに?

最初は僕が無農薬でやるって決めて、親父が病状になって肥料をやってた畑と、やらなかった畑が出てきたんですよ。
ほんで、やらなかった畑の方が虫が付かなかったんです。
やっぱり過剰に今までバンバンやってたんで、肥料もやらん方がええんやなって事になって、その頃にちょうどあの有名なりんごの木村さんの噂がまわって来て、「あぁなるほど」と。
色んな所に勉強と言うかセミナーとか聞きに行くとやっぱり無肥料の方に話が固まってくるんですよ。

木村さんの存在があってではなくて、実体験の中から転換になったんですね。

でもそれも後追いはありますよ。
両方ともきっかけにはなってるんですけど、一つのきっかけに、親父には「こんな人がおって」って事も言えたんで、後追いはしてもらってますけど。
無農薬にしたのも、低農薬でやってる時に病気が出るんで「なんの意味があるの消毒」って思ってたんで、転換したんです。
最初の3〜4年目くらいは綺麗な梅が出来るんですけど、菌が消毒によって0状態で。そこからやっぱり増えて行きます(苦笑)

無農薬にしてから変化ってありましたか?

梅の肌質は変わりましたわ。
ちょっと皮がゴツくなりました。
羽二重餅って言うんかな?餅のような梅が少なくなりました。
ポンッポンに身太りがイイって言うか、しっかりした梅になりましたね。



元々オーガニックはお好きだったんですか?

好きって言うか、なんて言うかな。
気持ちえぇか、気持ち悪ないかで二者選択でずっと来てるような感じですね僕。
だから自分が食べるんやったら農薬やった方がイイのか、やらない方がイイのかだったらそりゃやらん方がえぇやろって選択したんで。
例えば化学繊維でも気持ち良ければ僕行くと思うんですけど、着心地で言ったら綿とか麻の方が気持ちが良いんでそっちに行く気持ちが解るんですけど。
必ずこっちでなければいけないって考えはないんですよね。



僕らは『梅』や『梅干し』と聞くと唾が出ますけど、梅農家さんもそういう感覚はあるんですか?

それがね正常なお二人です(笑)
今の子達は出ないらしいんです。
僕そやから青梅の時期には食育とかやってるんですけど、出来た梅を小学校や幼稚園に送ってあげるんですよ。
それで聞くと梅干し=甘い梅。
それなんで変わって来たんかなって僕ら田舎に居てるじゃないですか、何かなと思うと、そのお母さん達の時代がその梅を食べてるんですよ。
『味梅』って言うんですけど調味梅が出来たのがもう20数年前なので、その時代からそれを食べてるから子供にもそっちになるわけなんです。
身体に良いから昔ながらの『昔梅』を送ると、こんなに塩っぱいとか酸っぱいとか驚かれます。
だから今、梅干し=で唾液が出ない子供が多いんですよ。

農園としての売り上げの差とかあります?

インターネットでやり出した頃は8割が『味梅』だったんです。
味梅を作るのに僕ら抵抗あるんですけど、化学調味料使ってない液では作っているんですけど、変な話材料費が高いじゃないですか。高いから商品も高くはなるんですけど他の梅を食べるんだったらうちの梅を食べてくださいねって意味では作っるんですけど、スタートした時に8割がそっちでこれはヤバイと思って。
こっちは昔梅の必要性とか大切さをずっと言ってたんですね10数年間。
今でやっと売り上げは5分5分です。
塩分も良くないって世間の風潮の中、梅の塩分は身体に良いって言われてはいるんですけど結局、塩分は塩分やんって言われたら何も言えないですよね。





これはパイロット事業って言って昭和55年に完成したのかな。
ここは谷だったんですけど大きな山を切り崩して谷を埋めて。
この辺の梅産業を支えてくれたのはこのおかげですね。
僕の圃場はあの青いネットで囲われてるあそこなんですよ。



ここは山の上ですけど高い所の方が梅が成りやすいとかあるんですか?

海の風が当たる所の方が良い梅が出来るんですよ。
それも海が見えてる山の方がミネラル分が豊富なんです。
塩分を吹き付けられて葉っぱが茶色くなった年ほど綺麗な梅が出来ますね。







梅の木って下から広がってるんですね。

これはね、こういう風に先に作るんですよ。
苗を1年経った後に切って、3点だけ残すんです。

てらがき農園のこだわりってありますか?

そうですねぇ、最近こだわりをめっちゃ無くしたってのはありますね。
前は尖り過ぎましてね(笑)

尖り過ぎてしんどくなった時期がありまして、例えば着る物も麻のものしか着ないとか偏った思考になってた時があったんですけど、それやっても僕の目指してたとこに行かないなと思って。
僕の目指してるとこはここら辺の農家さんが無農薬で食べていければ(収入)いいなと思ってますね。



僕1人じゃなくて近所の人だったりが一緒に出荷できる場所を作りたいとか、出荷できる体制を作りたいって言うのが夢っていうか目標なんで、尖り過ぎても周りは温度差あるじゃないですか。
温度差よりも調和をとらなあかんよなってなってからちょっと楽になりました。
あいつみたいに成りたいって言って貰えるようになるには尖り過ぎたらね(苦笑)

農薬やらんでも出来るんか?ってコソっと見てるんすけど、やっぱ綺麗な梅が作れるようにならんと一緒に無農薬やろうとは言えないんで。
だから僕がまずある程度の物を作る事が使命であって、それを作ったあかつきにはみなさん一緒に無農薬村じゃないですけど、そういう事がやりたいですね。





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