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〜ヨランダ〜野々市ノ巻

ベジタブルジャーニー71件目は、番外編として農家さんではなく、大変面白いご夫婦にお話を伺ってきました^ ^

こちら、旦那さんの『赤坂 剛史』さん。



本職は大学で航空システム工学の講師(ドローン開発、デザイナー)をされていて、
副業は冒険家(極地ランナー、アドベンチャーイベントプロデューサー、白山市観光大使、バックパッカーetc)

サハラ砂漠を7日間、240kmマラソンしちゃう凄い人で、
南極マラソンにも出場されています。

ちなみに、この南極マラソンは「サハラマラソン」 「アタカマ砂漠マラソン」 「ゴビ砂漠マラソン」 の3つうち、2つを完走しないと 出場資格が貰えないという超ハイレベルな大会。

常人には理解することが出来ない、卓越された世界を観ている人。

国内長距離マラソン歴
2009年6月 サロマ湖ウルトラマラソン(100キロ)
2008年9月 甲州街道ウルトラマラソン(217キロ)
2008年6月 サロマ湖ウルトラマラソン(100キロ)
2007年6月 サロマ湖ウルトラマラソン(100キロ)
2006年6月 サロマ湖ウルトラマラソン(100キロ)
2005年5月 富士五湖ウルトラマラソン(77キロ)
2005年6月 サロマ湖ウルトラマラソン(100キロ)
2004年6月 サロマ湖ウルトラマラソン(100キロ)
2004年5月 皇居チャレンジマラソン(50キロ)

海外長距離マラソン歴
2010年11月 南極マラソン(4日間250キロ)
2010年6月 中国・ゴビ砂漠マラソン(7日間250キロ)
2009年3月 チリ・アタカマ砂漠マラソン(7日間250キロ)
2008年3月 モロッコ・サハラマラソン(7日間245キロ)

南極マラソンやサハラマラソンなどの体験をもとに「どんなに過酷な環境でもゴールまでやり遂げる方法」について、小学生から経営者まで幅広く講演活動展開中。

そんな身体を極限まで追い込む剛史さんの食事について話題が飛ぶと、驚いたのがなんと『ベジタリアン』にほど近い食事方法だそうです。

ベジタリアンには多岐に渡り種類があるけど、それらは動物愛護の精神や環境を考えた思想から入る人も少なくない。

剛史さんの場合は、耐久的に長時間、肉体を酷使する上で『ベストなコンディション』作りのために洗練されて行った結果がベジタリアンだったと言います。

そして白山市観光特使でもある剛史さん。

日本で唯一、霊峰白山の大自然で全ての食糧を背負ってテント泊、7日間250kmを完走する『白山ジオトレイル』の実行委員長も務めています。

『競争より共走』白山ジオトレイルは、選手同士が共に助け、共に励ましながら絆を深めてゴールを目指す、愛と感動の新しい形のロングトレイルレース。
体力とチャレンジ精神旺盛な方はぜひエントリーを??



そしてこちらが奥さんの『赤坂 友紀』さん。



国際協力団体ブルードット代表。
フィリピンレイテ島タバンゴ町の親善大使でもあります^ ^

4年前にフィリピンのレイテ島に史上最大規模の台風『ヨランダ』が襲来。
台風が原因の津波で7000人あまりの方が亡くなりました。





1週間のボランティアツアーに夫婦で参加して、その後、友紀さんだけ1人フィリピンレイテ島に残り、1ヶ月ほど延期して復興支援をされていました。

日本に帰ってきて資金を集めたり、自身の出来る事などを探したりと、最初の年は半年くらいの時間を現地に費やしました。

学校を建て直したり、学童品を復興支援したり。
3.11の時も現地で仕事を作るのが1番大変だなと経験していた友紀さん。
レイテ島復興4年目にしてようやく仕事として見つけたのがこの『バナナチップス』



レイテ島はフィリピンで最も貧しい島のひとつ。
バナナ農家のおばちゃんが『自分のバナナはお金がなくて農薬も肥料も使わないから価値がない』と言っていたのを聞いて、日本だと逆に価値がある、このバナナを復興支援として日本で仕事にしようと思ったのです。

フィリピン政府は、工場は作ってくれたけど、マーケットがなかなか探せなくて職場がぜんぜん稼働しない、という現状を知った友紀さんが、マーケティングを日本で見つけようと名乗りを上げたという訳です。

肥料も農薬も使わない。

いわゆる『自然栽培』なんです。

しかもバナナの自然栽培は業界初。

太陽をいっぱい浴びて育った自然栽培バナナを、贅沢にココナッツオイルで揚げた、素朴で止まらない美味しさ。
某有名スーパーにあるバナナチップスと比べてブラインドテストしても味が選ばれた間違いのないチップス。



フィリピンは植民地や戦争で辛い事が多いから『辛い時に泣くのではなくて、あえて笑顔でとなりの家族でも助ける』という言葉が、現地の人に言われてとっても心に響いたと友紀さんは言います。

そんなフィリピンソウルが現れているのがこのバナナチップスのネーミング。

『Yolanda's Banana Chips(ヨランダバナナチップス)』

レイテ島を襲った巨大台風『ヨランダ』がそのまま名付けられている。
笑顔で台風に負けない。
そんなたくましく、ハッピーに生きることを大切する村人たちの想いが詰まっています。 





復興支援にも繋がって、なおかつ美味しくて、身体に優しいバナナチップスを、うちで扱いたい!と協力していただける所がありましたら、是非ベジタブルジャーニー美土和にご一報ください。
よろしくお願いしますm(__)m





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〜適地適策〜金沢市ニノ段

石川県4件目の農家さんは、金沢市で農業と飲食店を経営する『トモファームあゆみ野菜』さんにお邪魔してきました^ ^
トモファームあゆみ野菜代表の『鍋島 智彦』さんと『亜由美』さんにお話を伺いました。

ベジタブルジャーニー70件目の農家さんです^ ^


トモファームあゆみ野菜さんの畑は1ha(1町歩)

独立して今年で6年目。

無農薬野菜を栽培されています。
基本的にはご夫婦2人+畑スタッフ2人だけど、飲食店のスタッフも野菜の事を知ってもらう為にも、畑は兼用で切り盛りするため11〜12人で管理されています。









元々、金沢市の繁華街でホステスをしていた亜由美さんと、
足場の仕事をしていた智彦さん。
実家が農家なわけでもないのに何故、農家になったのか聞いてみました。

農家になった理由

(亜由美さん)当時、繁華街でホステスをしてて、もちろん昼夜逆の生活をしていて、8年付き合ってそろそろ結婚しようかなって考えてた時に、この先の人生どう歩んで行きたいか真剣に考えた一晩があったんですね。

持って生まれたものだったり、2人の価値観、社会に対する不安や矛盾、色々な事を繋げて導き出した答えが農業だったんです。

ある一晩のひらめきと言うか、降ってきた発想と言うか。

2〜3年間、何か自分にはできる事があるはずなんだけど、何か解らない、悶々としたものがあって、農業だ!って思った瞬間、そのモヤが取れて目の前が明るくなった気がしたくらい。

今思えば、人生を歩んで行く中で、やり甲斐がある何かが欲しかったんだと思う。
次の日の朝、トモ(智彦)さんに農家にならない?って話したらあっさりイイよって(笑)
そう言ってくれたから今がありますね。

もしお金が紙切れになったり、戦争が始まったり、大切な人をどうやって守れるか考えた時に、やっぱ食べ物を自分で作れるのが1番強いと思う。
自分達が農家やってればきっと、誰かはわからないけど100人ぐらいの人は食べて行けるじゃないって、そのぐらい大切な人を守れる自分でありたいなって。





トモさんはそこから県がやってる農家を育成する学校だったり、金沢市がやってる農業大学校に通ったり、お金も必要だからって、飲食店の店長をしながら学校に通って、
私はご縁あって3年間、白山の無農薬農家さんへ通って研修しました。



農法は?

んー、別にないかな?
農薬は使わないし、除草剤も使わない。
ただ肥料は土のバランスを見つつ入れてます。

うちでは出来た野菜がどういう物かをしっかり細胞レベルで顕微鏡で調べてもらってるんです。



色々な農法があるけど、今は空気も水もすごい汚れてて、どうしても防げないものってたくさんあるんですよ。
そういうのって顕微鏡で細胞を見たらわかるんです。
細胞を見て、野菜がどういう状況になってるのか見た後、土には施しをしています。

雨にも今は鉱物油とか含まれてて、野菜がそれを吸って生育不良を起こしたりとか、放射能の影響も少なからずあるし。

『農業』って『自然』とは違うから、私たちが意図してそこに植えるもので、ここに生えるべくして生えた草とは違うし、『人間がやること』だから人間が必要な手を掛けて育てるという意味で、土には必要なこともあると思う。

実際、顕微鏡で細胞とかをみると、土や自然だけに任せてクリア出来ないレベルの汚染とかもあるから、そういうものを目の当たりにすると、時代も変われば農業も変わると思う。



なぜ無農薬農家に?

農業やるなら、結婚していずれ出来るであろう子供の事も考えたし、無農薬で出来るんだったらそうしたいと思って、無農薬の農家さんの所へ研修に行きました。

私のおばあちゃんが山の育ちの人間で、物心ついた時からおばあちゃんと自然に触れてたし『地球壊してるのが人間なら、人間消滅するしかないんじゃない』って思ってた少女だったので(笑)
そこの原点に返ったって感じかなぁ私的には。
友達からしたら『あゆみ変わった』って思われるかもしれないけど。

無農薬が凄く良くて、農薬使ってるのが悪いとは思わないけど、社会だったり、買う人のニーズが高まれば農家は否応なしでも無農薬に切り替えていくしかなくなるから、そうなって行けばいいなぁと私のは無農薬でやっています。



トモファームあゆみ野菜さんがやっている飲食店『Life Community MEGLI』にもお邪魔させて頂きました。















『ともにいのちをはぐくむ共同体』をテーマに継続可能な豊かな暮らしに繋がる知恵を伝え合うコミュニティのようなお店、ママと子供に優しく寄り添えるお店を目指しています。















お店は約1年前にオープン。
店内で使っているお皿や箸は、石川県産の木材を使っていて、石川県の里山を守ることにも繋がるように意識して選択しています。



基本的にはプレートにお肉はなかったんだけど、ニーズに応えるために、安全で安心して提供できるお肉を考えて、知り合いの猟師さんから山で獲れる野生のお肉を提供しています。
なるべくその地域のことで廻して、それを知ってもらうきっかけにもなればなぁと。



トモファームあゆみ野菜のこだわりは

農薬は使わないことと、色んな人が手伝いに来てくれるから、そういう人の力も借りつつ、誰でも畑に来て野菜だったり農業に触れれる場でありたいですね^ ^





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〜魂のレンコン〜金沢ノ巻

菜友館を後にして、松村さんにオススメしてもらった千里浜(ちりはま)に寄ってきました^ ^

日本で唯一、自動車やバスでも砂浜を走ることができるビーチ。
アメリカのデイトナビーチ、ニュージーランドのワイタレレビーチを含めて世界でも3ヶ所だけと言われています。





砂の密度が高いから、足跡のロゴもくっきり。





翌日には金沢市へ向かいました。

金沢市(かなざわし)は、石川県のほぼ中央に位置する、石川県の県庁所在地。















石川県3件目に伺った農家さんは、菜友館の松村さんご推薦。

自然栽培で魂の蓮根(れんこん)を作っている『岡山農園』代表『岡山 哲章』さんにお話を伺いました^ ^

ベジタブルジャーニー69件目の農家さんです^ ^



岡山農園として蓮根一筋3年目。

約8反の広さを従業員と2人、他に選別で3人、計5人で切り盛りされています。



今まで聞いたことがなかった『自然栽培』での蓮根。

蓮根は字のごとく『蓮』の『根』かと思いきや、私たちが食べているのは蓮の『茎』が肥大した部分。

農の道に入ったきっかけは?

大学で大阪に行って、その後、営業職に就職。
その会社が石を輸入して、石屋に卸す仕事だったんです。まぁ墓石関係なんですけど。
石って天然じゃないですか。あれを磨いて暮石にするんですけど、同じ様な綺麗な断面ばかりじゃく不揃いな柄とか模様とかもあって、それを外国では薬剤を使ったりして、来た時は綺麗な石なんだけど、建てたら1ヶ月後にはそれが浮き出て来てクレームとかになるんです。

営業職の自分は良い物だと思って売ってるわけなのに、そういうのが出てくると自分は何してるんだろうってなっちゃって、自分に嘘つきたくなくて仕事を辞めたんです。
色々模索していく中で、農業だったら自分でモノ作って、なおかつ自信のあるものだったら自分で販売できる。

これは理想の流れだなと思って始めようと思いました。

とりあえず日本人はまず『米』だと思って慣行栽培(現代農法)の稲作農家に6年間勤めたんですけど、実際はほとんど機械に乗っているオペレーター作業が多くて、イメージだと鍬(くわ)ふってるようなのがあったのに、百姓ってこんなのかなって疑問に思ってたんですね。



慣行栽培だったから毎日、除草剤も撒いたりしてて。
こんなの本当にいいのかなって思っちゃってて、自分が独立するなら無農薬で何かやりたいなと思ってた時に、たまたま蓮根の鍬掘り(くわぼり)をやってる方の所で掘らしてもらったら『こりゃ楽しい』ってなって、それで蓮根に魅了されました。



鍬掘り(くわぼり)とは?

本当にちっちゃい『熊手』なんですけども、それと『チョウサミ』っていうテコの原理を利用した道具を使って、その2つだけで蓮根を掘っていくんです^ ^

これ今、水はってるんですけど、収穫する時になったら全部抜いて、泥をひたすら掘っていくっていう。

泥の中から蓮根を探して、出て来たやつを手で引っこ抜くっていう100%人力の作業ですね。

鍬を入れて失敗すると大事なれんこんを傷つけてしまうし、水をたっぷりふくんだ重たい泥をかきわけるのは、正直大変です(笑)

去年自分がどれだけの泥を動かしているのかざっくり計算したら、4000tぐらいありましたね。
4tトラック1000台分(笑)

そこから取れた蓮根がどれくらい取れたかっていうとだいたい6、7tぐらいしかないと思う。
だからもの凄い価値ある蓮根を出してると思うよ(笑)







この辺りの蓮根は『加賀レンコン』って言って石川県の金沢市で生産されていて、キメが細かくもっちりとした食感ですごく美味しいんですよ。

中でもココ小坂地区で作られる『小坂レンコン』は粘土の割合が多くて、密度の高い粘土質な土で栽培するからもう絶品です。
しかもうちのは自然栽培だから、蓮根の密度が違うのと、もの凄い粘りが強くなってておかげさまで評判が良いんです^ ^

蓮根て切ると断面がすぐ変色するんですが、うちのはなかなか変色しないんですよね。お客さんいわく、日持ちも良いみたいで。

見えない土の中にある蓮根をどうやって見つけるんですか?

葉が水を弾くのは『ロータス効果』って言うんですけど、この真ん中の部分。
これが人間で言うと、お尻みたいなもんで、その模様の方向に茎が伸びてるなってわかるんですよ。





蓮根て1つの芽が伸び出すと分裂を繰り返して扇状に三角形に伸びていくんです。
だいたい20mぐらい伸びるかな。
こういう区間された場所は蓮根にとっては狭いので『根回し』という作業が必要なんです。
そのまま伸び続けるとあぜに当たって肥えなくなってしまうし、肥えたとしても形が悪くなってしまうので、その芽を一旦掘り上げて、また中に方向を変えて回してあげる。これが『根回し』です。













蓮根を美味しく食べる方法ってありますか?

本当に素材が良いから、素揚げとか茹でるだけでも美味しく食べれます^ ^

蓮根てあまりメインになる食材じゃないけど、充分にメインで食べれるくらい美味しいんですよ。

保育園とかにも納品してるんですけど、子どもがあの蓮根が食べたいって言ってくれて、市販じゃなくママさん達がわざわざ保育園でうちの蓮根買ってくれるんです。

岡山さんのこだわりを聞かせてください

こだわりって言うかわかんないですけど、蓮根がこっちのいう事を聞いてるなっていうのがあるから、声をかけるようにはしてますね^ ^
『頑張ってるなぁ』とか、掘り上げたら『ここに居てくれたんか>_<』とか。
自分の想いって反映されると思うから、常々良い事をいってるかなぁ。

それと、蓮根が蓮根らしく育つように、農薬も肥料も使わず、300年余の歴史を引き継ぐ金沢小坂レンコンの『鍬掘り(くわぼり)』にはこだわってます。

ただただ皆様の健康と笑顔を願って、命削って土と蓮根と向き合う『農家魂』と、自然の『命』がギュッと詰まった魂の蓮根をみなさんに食べて頂きたいです^ ^







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〜時の使い方〜志賀町ノ巻

石川県2件目の農家さんは、羽咋郡志賀町で農業を営む『菜友館』さんにお邪魔してきました^ ^



志賀町(しかまち)は、石川県羽咋郡にある町。本州の日本海側にある能登半島の、ほぼ中央に位置する町。

菜友館代表社員の『松村 博行』さんにお話を伺いました。

ベジタブルジャーニー68件目の農家さんです^ ^



菜友館は農業歴6年目。
農薬や肥料を入れない自然栽培をしていて、始めた当初は3町5反。
現在では約7反ほどに縮小した畑を奥様と2人で切り盛りされています。
時間の使い方をデザインするためにも、現在は無添加の加工品をメインに営農されています。







松村さんのバックボーンは元自衛隊員。
しかも落下傘部隊という特殊部隊出身。

農業の道に入ったきっかけは?

自衛隊に居たけど、外の世界も見てみたくて。
しばらくトラック運転手をしながらサラリーマン生活をしていました。
ある日、病気になってしまって仕事が出来なくなった時に色々考えた際、育ててもらった爺ちゃんが専業農家として農業をやっていたことが引っかかっていて。
爺ちゃんの畑にいる時の心地良さとか色々思い出して、畑に行ってみたらすごく懐かしかったんです。
あぁ、なんかやっぱりいいな農業。
と思ってやることにしたのがきっかけかなぁ。



農業には色々な栽培がありますけど何故オーガニックに?

ある時にゴルフ場の用水路を見たことがあって、赤茶色の錆びたような色をしていたんですよね。

当時、慣行栽培(現代農法)をしていた嫁の実家にある田んぼを手伝いに行った時、用水路が同じ色をしていたんです。
『あれ、これどっかで見た事あるな』と思ったらあのゴルフ場でした。

ゴルフ場って除草剤の問題が色々あるでしょ。
田んぼも一緒なんじゃないかと思って。
それを見た時に、むかし見た爺ちゃんの畑を思い出して、そういえば鯉とかドジョウとか普通にいた所だったのに、考えたら嫁の実家の田んぼに入った時に、タニシが居なかったことに気がついたんです。

俺がガキの頃入ってたって言っても30年前くらいなのに、30年でタニシ消えるか?と思って。
今まで考えた事なかったけど、そこで初めて『農薬って安全なのか?』っていう疑問が出てきたんですよ。

300年とか3000年とか経ってるならまだしも、30年で消えるなんておかしいと思って。
よくよく考えたら、化学肥料って袋に『手袋をはめて撒いてくれ』という注意事項が書いてあるんですよ。
手が荒れる物質をいくら肥料だからって畑に入れるって。
それは小動物も死ぬよね。

昔からやってる先輩農家に、なんで肥料を撒くか聞いてみると誰もまともに答えられる人がいなかったんです。

『撒くのが普通だ』『隣が撒いてるから』『撒かないと病気になる』とか。
あぁそうかとは思うけど、逆にそれしか答えられないのかとも思った。

一見プロ農家と言われる何十年もやっている人から出てくる答えがそれって事は、日本の農業は伸びるわけねぇと思った。
自分は新たに学ばないとって感じたのはその時です。

それ以後は、農薬、化学肥料、除草剤は違和感になりましたね。



外部の肥料などを入れると、自然相手って無限なものがあるから、何が良いのか悪いのかわからなくなってしまう。

考えて、解らなくて、助けてもらいたいから教えてもらって、また教えてもらってってしてたら結局終いには、農家って何しているのかわからなくなってしまう。

どのオーガニックもそうだと思うけど、判断基準というものを自分で設けないと。
価値観が外部に合わないと不正解みたいになる。
それをやっちゃうと、自分でやってると言いながらも結局だれかにやらされてる様になってしまう。



せっかく農家になってサラリーマンみたいに時間の縛りが無くなったから、俺は色々な所に行って、色々な人に会って、自分を更新するべきだと思う。

『価値観の促進』みたいなものかな。

どれだけなんぼ農業を始めたからと言っても、どれだけ変な概念に縛られているかってものは外に出てみないとやっぱり気づかないよ。





これは誰でもある事だと思うんだけど、忙しい時って『負』の感情が出て来ないんですよ。

ヒマな時こそ出てくるんです。

『昔あの人にこんな事いわれたな』とか『あの人本当は私のこと嫌いなんじゃないか』とか。

ワクワクしてやってる時って全然そんな事出て来ないんですよ。

そりゃあ楽しいから。



農業をやってて1つ理解したのは、
人って意外とやることないんだなって事を思いました。

ぼけーっとTVを見るとか、パチンコ行く、ドライブ行く、、etc
暇つぶしはするけど、みんな本心でやってないんですよ。



遊び方も知らないし、楽しみ方も知らない。
だけど自己否定得意だし。

それがあるから敵を作りたがるんですよね。

まずそれの解消法をそれぞれ見出さないと世の中絶対良くならないわと思って。



人に迷惑かけない限り、何やってもいいし、やるべきなんですよ。

でもやらないのは子供の頃に誰かに言われたことを大人になっても根拠もなく守り続けてるから『あぁこんなことやったらダメだ』って止まっちゃうけど、それやってみたの?って話。



そんな風に色々農業やって考えさせられた部分があります>_<

もちろん便利って大事だけど『生きる』っていう事に、もうちょっと『丁寧』にならないと、いくら便利になった所で結局、騙し合いの果てになっちゃう。

感覚的に硬かったらチャンスを潰してるだけ。
本当に大切なものが見えなくなっちゃうよ。





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〜アナスタシア〜羽咋ノ巻

ベジタブルジャーニー67件目の農家さんは、JAはくいのスタッフとしても活躍している新規就農1年目『水野 早乙美』さんにお話を伺いました^ ^



水野さんのキャリアは多岐に渡っていて、スキューバダイビングのインストラクター、イベント業界での司会、ナレーター、アナウンサー、ハンドメイド作家、ベリーダンサー、、etc

凄い所はキャリアだけでなく、東京在住にもかかわらず、石川県羽咋市の『のと里山農業塾』に1年間かけて東京⇔能登(羽咋)を新幹線で通い、今では羽咋に女性1人で移住してくる程の農に対する情熱。

そんな彼女に農との出会いや価値観を聞いてみました^ ^

農家になろうとおもったきっかけは?

『アナスタシア』というロシアのウラジーミル・メグレという起業家が書いた本があって、世界25カ国で翻訳されて1100万部を突破する大ベストセラーなシリーズ本の日本訳版を4年前に読んだことが大きなきっかけになりました。

もともと幼い頃から自然や動物、生き物が大好きで、地球の大きな問題にいつも憂えていて、自分1人じゃ解決出来ない大き過ぎる環境問題や動物虐待、絶滅危惧種の問題や日本の殺処分の話とか、聞くたびに鬱になるほど病んでしまうような人生を送ってきた中で、
アナスタシアの本で提案されていた生き方『一家庭がそれをやるだけで、地球の全ての問題に解決できる糸口になる』みたいな提案があったんですね。

それが一家庭だいたい1haの土地を持って、それの半分を森林にし、残り半分の敷地で自給自足的な自然栽培みたいな農法をやりながらそこで営むということだったんです。

それが私にとって地球の問題とか、地球を救うという部分で1番バチッとハマったと言うか、コレだ!って。
今まで農業には興味なかったんですけど、すぐに家庭菜園をやろうと思って実践したのがきっかけです。

東京って家庭菜園をやる場所がなくて、市民農園は物凄い倍率の応募があるんですけど、私は運良く当選して、すぐに始める事ができたんですよ^ ^





自然栽培や、のと里山農業塾との出会いは?

家庭菜園2年目くらいの時に、技術的な部分が現実的に不足していて限界を感じていた時に、色々な自然栽培の塾を探していて、色々なご縁でココの事を知って通うようになりました。

アナスタシアってシリーズ本の正規販売店が世界中にあるんですけど、私はアナスタシアジャパンさんと懇意にしていて、アナスタシアジャパンさんのNPO団体の方のホームページサイトに木村秋則さんの実践塾として、のと里山の自然栽培の事が紹介されていたんです。

アナスタシアジャパン監修の岩砂晶子さんが木村秋則さんとシンポジウムを一緒にやっていたりしてて、アナスタシアと結構結びついてきてて、私も奇跡のりんごを読んだりして知っていたからなんか必然的に自然栽培に行き着いていた感じです。

アナスタシアジャパンが言ってるのが、日本でアナスタシアが提案している農法により近いのは木村秋則さんが言っている自然栽培だということだったんですよね。







私の先祖のお墓が、たまたま隣の中能登町にあったから、数年に1回家族と通っていたんですよ^ ^

だから羽咋はご縁のある場所で、全く縁のない土地ではなかったんです。
ちょうど2年前の3月に、みんなでお墓参りに来た時の帰り道、車の中で木村秋則さんの実践塾の事をアナスタシアジャパンさんがUPしていたんです。
だからすごいご縁を感じたんですよね^ ^
となり町で、しかもお墓参りの帰りにその情報を見て、ちょうど実践塾を探していたから。







畑を見ると雑草が目立ちますが、これはあえて残しているんですか?

はい、もちろんあえて残しています^ ^
自分が作物のオーナーだとした時に、その人の思うやり方を尊重するのが、はくい式自然栽培のやり方なんです。

あえて決まったノウハウをお伝えしていなくて『自然と対峙して、考える力』を身につけることを大切にしています。

なので、講師も自然栽培の先生をお呼びすることもあれば、自然農法の先生をお呼びすることもあります^ ^

雑草も意味があってそこに生えているし作物が成長する為の補足情報を与えてくれているというのが私の考え方です。
だから、作物と雑草の関係性をしっかりと観察した上で作物が日陰にならない程度の間引きをしたり私が管理しやすい程度に草を刈るという事以外はなるべく”自然に近い形”に持っていけるよう心掛けています。
森や山を見ても、草が生えていない所は存在しませんよね?
表土があらわになっている状態は私にとっては不自然なんです。
なるべく生態系を壊さず草も虫も共存させたいんです。

例えば里芋は水を好む植物なので、雑草のスギナが朝つゆをキャッチしてくれて、下に水分を下ろしてくれると私は考えていて、私の場合は一緒に共存させています。







水野さんのこだわりって何ですか?

農業の分野で言うならば、種は自家採種できる固定種がメインで、自分で種とりを毎年していき、種から自給自足出来るようにと心掛けています。

あとは『生き様』で見せたいですね^ ^

啓蒙活動(けいもうかつどう)ってすごく難しくて、その時説き伏せたとしても、腑に落ちていなければ続かないし、啓蒙活動って説き伏せる事でも説く事でもなくて、やっぱりその人が楽しそうで幸せそうだったら、この人の事をもっと知りたいとか、どうしてこんなに幸せそうなのかとか自然に思ってくれることだと思ってます。





見せることで、これが理由なんだと勝手に思ってくれる。
例えば『食』。
健康そうだったら食がそうだから健康なのかとか、だから肌が綺麗なのかとか。
そういう体現をしていればモノを言わずともそれを選択してくれる。

今まで啓蒙活動をして来て行き着いた答えがそこだったので、生き様で語る。

自分が楽しく幸せで全ての生命に良き事をしていれば、必然的に同じように、それ良き事と選択してくれる人が増えて来てくれるだろうなと。

私はそう信じています^ ^





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〜自然栽培とUFO〜JAはくいノ巻

ベジタブルジャーニー14県目の石川県にはいりました^ ^

石川県は県内を流れる手取川が「石の多い川」で有名であったことから石川県という県名になったと由来されています。
繊維産業や機械工業が集積し、古くから北陸における行政、経済、文化の中心的役割を果たし、能登半島や金沢など観光資源も豊か。

























石川県と言えば、農協(JA)が中心となって自然栽培を応援している羽咋(はくい)市があります。

TVや雑誌、Facebookなど自然栽培で生計を立てるなら、羽咋市が最も手厚い支援を受けれるということだけは知っていて、私たちが以前から注目していた地域でもあります。

羽咋市と、農協(JA)がタッグを組み、自然栽培を実践する新規就農者を対象に、独自の支援を打ち出し、全国に生産者を輩出。

これは日本国内にとどまらず、世界を見ても類をみない非常に特例なこと。

今回は農家さんを伺う前に、その真意を聞くために『JAはくい』にお邪魔してきました^ ^





お話を伺ったのは、JAはくい農業振興課 課長の『粟木 政明(あわき まさあき)』さん。



JAで自然栽培を推進してるのはなぜなんですか?

きっかけは、ざっくり言うと、変わった組合長と、変わった公務員がいたからですね(笑)

平成22年の2月に木村秋則さんの講演会が北陸初、しかも羽咋市で行われて、羽咋が職員全体研修会として参加したのがきっかけです。

その講演会を企画したのが羽咋市農林水産課というところにいた『高野 誠鮮(たかのじょうせん)』さんという方。
高野さんはスーパー公務員と言われている人で、UFOで町おこしをして『UFOの町 、羽咋市』を作った人なんです。





羽咋市の神社『氣多大社(けたたいしゃ)』の古文書で『そうはちぼん』というUFOの形をした記述があって、高野さんがそれを上げてUFOの町に。
コスモアイル羽咋という宇宙科学館を作って、NASAと100年契約で本物の宇宙船を展示したりして、その後ローマ法王にお米を食べさせたという事で『神子原米(みこはらまい)』をブランド化させたり、その次にやっているのが羽咋市で取り組んでいる自然栽培なんです。

高野 誠鮮(たかのじょうせん)

科学ジャーナリスト、日蓮宗僧侶、立正大学客員教授、1994年から2006年3月31日まで金沢大学理学部大学院等の講師も務めた。平成28年度から新潟経営大学特別客員教授、東京大学朝日講座講師も務めている。

CIAの戦略に基づいてメディアを駆使し、ローマ法王にアラン・デュカス、木村秋則にエルメスの書道家、そしてNASAの宇宙飛行士や総理大臣も味方につけて限界集落から脱却させた市役所職員。




















高野さんは11pmの放送作家をやっていて、昔UFO特番とかやってたんですよ。
高野さんが企画したUFO特番に、アメリカ人の男性とフランス人の女性と、メガネを掛けた東洋人がUFOに搭乗したというのがあって、その番組をたまたま木村秋則さんの奥さんが見ていて、番組の話をしたら木村さんがその2人を知っているという話になり、奥さんは木村さんのUFO搭乗を信じたらしいです。
(この話は木村秋則さんの奇跡のりんごにも出てくる話で木村さんはUFOに乗ったことがあると公言している、奥さんはUFO搭乗を信じてなく、木村さんは搭乗の際に外国人の男と女が乗っていたと言っていた)

木村さんが羽咋の講演会の時に高野さんとUFOの話をして『あぁ、あの時の!』という話になったみたいで、結局UFO繋がりなんですよね。

UFOと言うのは羽咋に自然栽培が来たきっかけでもあるんです。

講演会がきっかけで、高野さんが自分の車で青森まで出向いて、全国に木村秋則さんのような生産者を輩出したいから塾を開設してくれと直談判しに行って、
平成22年の12月(講演会から10ヶ月後)には農業塾『木村秋則自然栽培実践塾』が始まり、それの担当になったのが私です(粟木さん)。

平成22年から3年間は木村秋則さんから直接、お米、野菜、果樹を習って、後は私たちで受け継ぎますという事で羽咋市とJAで『のと里山農業塾』として新たにスタートしました。



JAはくいとしての理念とは?

私たちは未来の子どもたちに豊かな食、環境を繋ぐという理念でやっています。
ここの太陽と空気、水と土とバクテリアの地域資源100%で、世界最高レベルの食材を作る技術、農業、農家を育てようと思っているんです。

それが出来たら、その食材の周りには飲食店を始め、観光事業、宿泊事業、様々な産業が生まれます。
それは1つの理念を持った街。
そういう街には色々な人が集まってくるので、それで地域創生のモデルケースに成ろうとしてるんです。

それが成功したら真似してくれるところが出て来て、そのスピードは一気に加速すると思うんです。

一企業、一農家ではなかなかこの想いを繋ぐことは難しいですが、こうしたことが成功すれば、未来に形としてはっきりと想いを繋ぐことが出来るんです。

羽咋としては、JAが自然栽培だけを奨励するというわけではなくて、慣行栽培も、有機JASも自然栽培もあるよと、選択肢を1つ増やすというアプローチですね。

よく、組合員でもない県外の農家をJAの経費を使って育てることに意味があるのか?
と言われることがあるけど、私はオープンにする事に意味があると思っていて、全国で活躍する卒業生の生産者が居るからこそ自然栽培での羽咋の位置が保たれると考えています。

そこまで熱心にやる粟木さんの動機って

8年くらい前から農協改革をやらないと、と感じていて。
それのきっかけは私が総務に居たときに、決算担当と企画担当を同時にやっていて、組織全体を見渡せる役割にいたので、そういう中で色々な事が見えてきて1つの疑問が出て来たんです。
『なんで4、500万の年収を貰ってる農協職員は、時給7、800円のコンビニ店員よりもお客様への愛想(心)が悪いのか』
ということが、自分の中で疑問がはまってしまったんですね。
何故だ、何故だと毎日考えて、ドラッカーやマネージメントの本を読み漁っていく中で『農協だから畑の本を読まないとなぁ』と思ってたまたま手に取ったのが木村秋則さんの『奇跡のりんご』だったんです。

それを手に取っていなかったら今私はここにいないです(笑)

本を読んで、自分が農協職員であることが恥ずかしくなるほど感動しました。

その時は農法のことはあまりわかっていなかったけど、木村さんの『生き様』にすごく感動して、その半年後に講演会があったんです。

今までも総務として色々な研修会を開いたけど、なかなか人が集まらなかったり、響いてくれない現状があったけど、これでどうにか響いてほしいという気持ちで木村さんの講演会に職員全員で行きました。

響いてくれたかは解らないけど、こういう上の農業職員がいないと、組織の中に想いを繋がないと、この想いは潰れてしまうと思って。

想いを繋げる為に、農業塾も木村さんから習った3年間の後に、羽咋市に足跡を残そうという事で、山本組合長が常務だった頃に農業塾の研修センターを作ったんです。

講師には木村秋則さんから直接指導を受けた塾の卒業生や、他にも自然農法の方など、色々な方をお招きして現在も継続中です。

研修センターを見学させていただきました







研修センターで慣行栽培のトマトと、自然栽培のトマトの味比べをさせてもらいました。

結果は驚きの違い。

味も香りも全然違うんです。
こうして食べ比べると違いがよくわかりました。
決して慣行栽培が不味いわけではなく、自然栽培が美味し過ぎるんです。
まるで野菜というよりフルーツのような雑味がない甘み。



ヘタも見た目じゃわからないけど、香りが全く違った。
イイ香りがするというより慣行栽培は香りがしなくて、自然栽培はしっかりトマトの香りがするといった感じ。



実はここ、のと里山農業塾を訪ねることを勧めてくれたのが、第1期農業塾の卒業生で、現在は農業塾の講師でもあるNICE FARMの廣さん。

そして廣さんに面白い人を紹介してくださいと聞いて出てきた名前の方がココのと里山のスタッフをされているということでご紹介していただけました^ ^

その話はまた次回に。

粟木さんお忙しい中、お話を聞かせていただきありがとうございましたm(__)m



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