鎌倉 海のアカデミア

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    神奈川県鎌倉市の材木座にある寺院「光明寺」で27・28日の2日間で開催された社会派イベント「鎌倉 海のアカデミア」へ行ってきました。



    鎌倉アカデミアとは。

    第二次世界大戦終結後の1946年。
    敗戦直後に鎌倉在住の画家や演劇家などの文化人が集まり設立した「鎌倉文化会」が母体となり、戦争で心身ともに疲弊した若者たちに向け「自分の頭で考える人間づくりが必要」の趣旨で 、戦火を免れた光明寺を仮校舎に開校した、幻の学び舎「鎌倉アカデミア」。

    1950年9月、財政難のためわずか4年半で廃校となったが、卒業生には鈴木清順(映画監督)、 いずみたく(作曲家)、山口瞳(小説家) ら、多くの文化人や芸術家を輩出したことで知られています。

    クリエイティブ・チーム「ルートカルチャー」を中心に開催されるイベント「鎌倉 海のアカデミア」は、子どもや大人が参加するワークショップも様々あり、学びをテーマにまちの未来をつくっていく子どもたちに向けた取り組みであると同時に、90歳を超えるメンバーを抱える「鎌倉アカデミアを伝える会」の面々も参加するなど、3〜4世代が交わる貴重な機会となっています。





    あらゆる世代をつなぐ場をつくっていくうえで、アートや音楽などのクリエイティブな表現が果たせる役割は、真面目な顔をして話しているだけではリーチできない人たちにも興味を持ってもらえる可能性や、まちの文化や歴史から地域や世代を超えたつながりを生み出せる可能性があるんです。(ルートカルチャーの代表理事・瀬藤康嗣さん談)





    さまざまな世代が参加する“時間(時代)を積み重ねた社交の場”は、現代教育においた偏差値ではなく、自分の頭で“学び”や“社会”について考える貴重な場となり、いつもの当たり前を哲学するような、円熟味のある時間と化しました。





    プラスチックゴミが増え続けるなか、海の環境をどう守るのか。
    この問題は、近年大きく取り上げられることが多くなり今年のイベントテーマの1つでもあります。
    国連サミットで採択され、日本でも取り組みが進む「SDGs(持続可能な開発目標)」にもスポットを当てながら、私たちの“作る責任・使う責任”を考え、海の環境を守るために何ができるのか一緒に考えていきましょうと、国内でも数少ないプラゴミゼロ宣言を掲げている鎌倉市を中心に、各地からリサイクルに取り組んでいる企業や団体が招待され、プレゼンターによる最新の技術を用いた解決法の紹介や、暮らし方の提案、意見を交換するトークセッションなどを実施。
    私達の生活の中で当たり前にある、自然には還らないプラスチックゴミの行方を今後どうしていくか考えるとても良い機会となりました。
    近年では、魚やクジラはもちろん人体の排便からもマイクロプラスティックが検出されたり、世界中の塩の9割からマイクロプラスティックが検出されるニュースなど、プラスチック問題は遠くの環境問題ではなく、私達の生活に差し迫る問題となって来ています。



    イベントの内容には音楽Liveがあったり、好きな言葉を持ちより耳を傾ける「BOOKWORM」など、知を学ぶ以外にアートで感じるプログラムも展開。
    ベジタブルジャーニーの旅を通じて知り合ったPeacenicのtoto君もBOOKWORMで出演しています。



    以前、鹿児島で取材させていただいた社会派ヒッピーのテンダー君も、プラスチック再生技術を用いるゲストとして招かれ登壇していました。



    わたしたち美土和は、こうした人との“繋がり”から学ぶ機会を頂いている一員でもあります。
    自然界との繋がり、人と人との繋がり。
    このblogを見てくださるみなさんに、少しでも興味を持ってもらえるきっかけとなれれば、嬉しい限りです。



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    〜Cosmic Beer〜北杜ノ巻

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      ベジタブルジャーニー42県目の山梨県に入りました^ ^

      向かったのは、山梨県の北西部に位置する『北杜市』。

      百笑(ひゃくしょう)は地球を救う!との指令を受け、銀河系の端っこから2009年八ヶ岳南麓に着陸。
      無農薬・無化学肥料でお米を育てたり、セルフビルドで建築したり、オーガニックのポップを育てブルワリーまで建ててしまう規格外の農園。
      『宇宙農民』さんへお邪魔しました。



      お話を伺ったのは宇宙農民メンバーの『隊長(楠瀬 正紘)』さん(年齢非公開)
      『鈴木ルミコ(すずきるみこ)』さん(年齢非公開)

      ベジタブルジャーニー139件目の農家さんです^ ^



      自然な循環をメインに考えた栽培方法

      農法はなんですか?

      (隊長)宇宙農法です。
      宇宙農法は自然農法とかに近いとは思うんですけど、自分たちなりに地球をマクロで見たときの『循環』と言うものを1番意識していて、その中でも特にこだわっているのが、ミネラルや土壌診断に基づいた施肥設定を重要視したりとか。
      後は心を込めて作業をする事ですね。

      肥料はどんなものを使用していますか?

      (隊長)それは目的と畑の状態によってですね。
      例えば“リン酸過剰”と言う状態の畑があるんですね。
      日本は堆肥を過剰に入れる文化があって、堆肥って何らかのうんこなんですよ。
      うんこってリン酸が多くて、リン酸がたくさん入ってる所って鉄が欠乏しやすいんです。
      つまり、リン酸と鉄っていうのは土の中で結びつきやすい成分なんですよね。
      それが結びつくと植物が鉄を吸えなくなってしまうことが起こり得るんですね。
      そうなると鉄欠乏と言う植物の生理現象になったりするので、土の状態を見てリン酸過剰になっていたらリン酸の少ない魚のカスとか、菜種カスなどを使ったり、逆にオールマイティーにいろいろ減ってるなと言う土壌だったら鶏糞など、畑によって使い分けています。

      衝撃と感動から始まったお米とビール。

      そもそもお米から、なぜビールを作る事になったのですか?

      (ルミコさん)もともときっかけも、お米農家になろうと言うつもりが全く無くて。
      宇宙農民と言うのは、宇宙会議というメンバーがあって、その会議をやっていた時にこれからどうやって生きていこうかとか、環境の話や社会の話、地球がどうなっていくんだろうみたいな物凄くグローバルな話から、ミクロな話までやっていたんですけど、そこのメンバーが山梨に移住してきたんですよね。
      メンバーが移住してきた時に自給自足じゃないけど、自分たちで食べるものを自分たちで作ってみようと。



      生き方の1つとして、自然の中に入って自分たちの食べるものを無農薬で作りたいなと言うのが始まりで、自給自足がスタートなので売ろうとか農家になろうとは全く思ってなかったんですよね。
      手伝いに来てもらった人に、おにぎりにして食べてもらったりしていたら評判が良くて、分けて欲しい、売ってないんですかっていうのが始まりですね。
      お米に興味を持つ人がこんなにいるんだと思って、「田んぼ塾」とか「シェア田んぼ」を始めたんですけど、来られた方が自分の食べているお米がこういう風に育てられるんだって凄く感激してくれるので、こういうことがきっかけで環境に気を使えるようになれば良いなと、それで始めたんですよね。



      周りもびっくりしていると思うけど、なんでそこからビールに行くかと言うと、2年前にポートランドに行ったんです。
      向こうはファーマーズマーケットが盛んなので、日本とアメリカの盛り上がり方の違いを勉強しようと西海岸をずっと回っていて。
      ポートランドには小さなブルワリー(ビール工房)がたくさんあると聞いていて、私たちは普段あまりビールも飲まないし、日本にいる時はクラフトビール自体も飲んだことも無かったんだけど、せっかく来たし飲んでみようと言う話になってビアバーに入ったら、ビールのタンクがガラスの向こうにダーっと並んでいて、平日だったのに満員でみんなすごく楽しそうに飲んでいるんですよね。
      ビールのタンクを見るのも初めてだったし、注文する時にビールの種類がたくさん書いてあって、店員さんに飲み比べセットを持ってきてもらったらビールの色や香りも全部違っていて。
      日本だとだいたい同じ色で同じ味のイメージだから、まずそこが衝撃的でしたね。
      飲んだときに全部の味がはっきりと違う、それが面白かったですね。



      (隊長)飲み比べセットの中から1つ僕の中でこの世で1番いい香りのするものがあってたんです。
      それが「IPA」と書いてあって、イパってなんだろうって調べてみたらIPA(アイピーエー)と言うビールのスタイルで、ホップをふんだんに使ったビールって書いてあったんです。
      ということはこれはホップの香りなんだと思って、ホップと言う名前は聞いたことがあったけど、育った姿も見たこともないし、どういうものかも全然知らないけど、こんなえぇ香りがするんだと思って。



      その時のビアバーのみんなが楽しそうに飲んでいる空気感や、多種多様なビールがすごく面白く感じて。
      これをやりたいなと思ったんですよ。
      もともと発酵というものにとても魅力を感じていたんですね。
      日本酒も「米」と「水」から出来ているけど、酵母菌が介在することによって成し得なかった価値(お酒)になっていく。
      目には見えないものが動いていて、泡を出しているということにすごく面白さを感じていて。
      ビールをやったらめちゃくちゃ面白いんじゃないかなと。
      ビールってなんだかフランクというか、そうゆう表現の仕方いいなと思って。
      でも、見るからに自分のお金でできるレベルじゃなかったので、とりあえずホップを育てようと思ったんですね。



      ホップだったら植物なので、畑もたくさんあるし育てられるかなと思って、日本へ帰ってきてネットで調べたんですが、全然出てこなくて。
      アメリカしかないのかなと、アメリカのホップの苗を売っている人に連絡をとって売ってもらったんですね。
      ホップに関して調べ物をするにしても全て英語のサイトしかなくて(汗)
      それでも調べていたら、日本のホップの歴史が書かれているページあって開いてみたんです。
      その日本ポップの歴史的な場所が北杜市だったんですよ。
      日本ホップの発祥の地っていう石碑が実は近くにあったりして。
      昔、この辺がホップ生産量日本一の場所ということがわかって、これはやるしかないなと。
      普段から宇宙の導きとか信じるタイプなので、これはやれってことなんだなと(笑)
      色々と調べていく中でホップを作っているおじいさんが近くにいるということがわかって、その人は昔ながらの慣行栽培農家なんですけど、植物としての生理は一緒なので勉強させていただいて。
      あとは無農薬な部分はまさに絶賛研究中ですね。



      国内では類を見ない無農薬ホップ栽培への挑戦。

      お米は籾種だと思うんですけど、ホップも種子から育てているんですか?

      (隊長)ホップは苗で輸入するんです。
      お米は「イセヒカリ」と言う品種を作っていて、それは10年位前に作っている方から籾種を譲ってもらってそのままずっと自家採取を続けていますね。
      ホップは、日本でもともと育てられていた品種もやってますけど、メインはアメリカの品種が多いですね。

      ホップの品種選びには風土や特徴は関係しているんですか?

      (隊長)日本も昔はホップ栽培をしていたんですけど、ビールは数十年前は大手メーカーしか製造していなかったので、コストの問題から輸入ホップに切り替わったんですね。
      東北の方では細々と続いてはいるんですけど、スケールで言うとお米や野菜とは比べ物にならない小さいスケールで続いているので、品種なども新しくならないし、ノウハウ自体の成長が見込めない状態にあって。
      無農薬に関するホップのノウハウは現在ない状態ですね。

      (ルミコさん)日本でオーガニックホップ自体が栽培されていないんですね。
      自分たちが2年前に植え始めた時にはデータも育て方もない状態で。
      ホップの研究をしている博士がいて、その方にもアドバイスを聞いたんですが、難しいねって言われて。
      それぐらい何もなくて、そこから始めて今は3年目。
      ホップに関しては今のところどうなるかはこれからですね。



      (隊長)僕らは「カスケード」と言う品種を多く育てているんですけど、同じカスケードでもアメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツなど各国で育てているんですが、すべて香りが違うんですよ。
      マイスターがわかる違いではなく、明らかな違いがあるんです。
      アメリカの場合は柑橘系の香りがするし、オーストラリアの場合はフルーティーな香り、ドイツの場合はフローラルな香りが僕はするような感じがしてて。
      という事は、明らかに風土やその土地が持つ土の要因などが作用していると思っていて、そういう意味でも今はまだ実験段階ですね。
      畑にホップを20品種ぐらい植えているんですけど、いろいろな品種をパイロット的に育ててみて、どれがどういう面白い香りになっていくかっていうのも実験しているような状態ですね。



      宇宙農民のこだわりとは?

      (隊長)こだわらないことがこだわりです。
      ただ、自分たちの食べたいもの飲みたいものを作って、美味しさや楽しさを共有していきたいっていうのが1番ありますね。
      僕が感じた、アメリカでクラフトビールを初めて飲んだ時の感動を、まだ飲んだことのないもっとたくさんの人たちに驚きを伝えていきたいですね。

      (ルミコさん)本当にこだわらないですね。
      こだわっているとすれば、嫌なことをしないことですかね(笑)
      ビールを売ろうとか、お米を売ろうとかは自分たちの中ではあまりないんですよ。
      そこに付属する楽しさを提供したいという感じ。
      楽しさのコミニュティがあれば良いなと思いますね。
      それは別にここの場所に集まって何かをするとかではなくて、楽しい人たちが広がっていけばいいなって感じですね。





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      〜飢餓を無くす為に〜南牧村ノ巻

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        次に向かったのは、南西部の山間に位置する、群馬県甘楽郡の『南牧村(なんもくむら)』。
        新規就農2年目。
        日本一の人口を誇る東京から、高齢化率日本一の自治体でもある南牧村へ移住し、無農薬・無肥料の自然栽培を広げようと営農している『イニアビ農園』さんにお邪魔しました。

        今年度、イニアビ農園は自然農園まほらまと統合し、農地を拡大。
        現在は、『自然農園まほらま』として営農されています。

        お話をうかがったのは元イニアビ農園代表『田中 陽可(たなか ようか)』さん(27)。
        ベジタブルジャーニー138件目の農家さんです^ ^



        まずは田中陽可さんの生い立ちを聞かせてください。

        東京の渋谷区で生まれて、19歳まで東京に居て、大学でアメリカに4年間留学。
        卒業して、23歳になる年で帰って来て、世界一周する船旅のピースボートで通訳として2回周って。
        また地元に帰って、半年間ぐらい通訳・翻訳を契約スタッフとして働いて、農業始めたくて南牧村に来たって感じです。
        移住が24歳の時でした。

        農家になりたかった理由って何かあったんですか?

        僕『飢餓を無くしたい』って夢があって。
        飢餓を無くすためにはどうすればいいだろうっていうのをアメリカの大学で勉強してて。
        それを追求していく中で自然栽培が広がれば、飢餓の削減に繋がるっていう風に自分なりに結論付けられて、じゃあ農家になろうって。



        自然栽培に出会うキッカケとは。

        福岡正信(自然農法提唱者)さんですね。
        YouTubeで興味あるかもって欄にたまたま出てきて、なんだこの人はって。
        見てみたら自然農法って言葉を言ってて。
        なんだこれはと思って、調べていくうちに自分なりに飢餓と結び付けられて。

        現在やっているのは自然栽培ですが、自然農法をやろうとはならなかったんですか?

        自然農法だと、流通に乗せるのに時間が掛かるなと思って。
        哲学とか、頭でっかちなようにとらわれちゃうなと思って。
        それよりも僕は自然栽培っていう生産性を重視したいし、流通に乗せてこそ広まるっていう風に思うので、自然栽培でしたね僕の場合は。

        渋谷からなぜ大学はアメリカへ?

        『緒方貞子』さんっていう方が居て。
        国連の難民高等弁務官で働いていて、難民を助けてたり、JICAで青年海外協力隊っていう仕組みを考えた人なんですけど。
        その人に高校生の頃、憧れて。
        緒方さんの経歴を調べてみたらアメリカの大学院を卒業されてて。
        当時自分は緒方さんになりたいと思っていたので、じゃあ同じ大学へ行って、同じ学部を専攻して、そこからだなと思って。
        だから緒方さんがイギリスだったら、僕もイギリス行ってたし、日本だったら日本だし。
        緒方さんは政治学部で、僕も政治学部へと思ったんですけど、20歳の頃に腸を切るような手術をして。
        腸が繋がるまで、何も食べれない飲めない入院期間が10日間。
        10日間何も食べないとお腹空くし、喉渇くしって中で、こういう思いをする人が居たらダメだなっていう風に本気で思って、飢餓という問題に興味を持って。
        緒方さんは尊敬しつつ、そこから飢餓を無くしたいと思って。



        なぜ緒方貞子さんにそこまで憧れるようになっていったんですか?

        高校3年生の頃に、授業では扱わなかったんですけど、社会の資料集をみるのが好きで、たまたま緒方さんの記事が小さくあって。
        国際法を破ったじゃないけど、ルールを破ってでも難民の人を助けたって事をされてる方で、カッコイイと思ったんですよね。
        難民問題も特に興味があったわけじゃなくて、ただ緒方さんに憧れ過ぎたっていう。

        留学する前って当然、英語が喋れる状態ではないですよね?

        18歳で高校卒業してから、1年間は東京で英語を勉強しましたね。
        ずっと英語の成績も2だったので、苦手科目だったんですけど、中学の英語の教科書に戻って、自分で勉強して。

        実際1年間で習得できました?

        いや、全然(苦笑)
        でも(アメリカへ)行っちゃえば大丈夫だろうと思いつつも、やっぱりダメでしたね。
        読める、書ける、でも話せない、聴き取れないっていう状況で。
        最初の3ヶ月ぐらいはホームステイだったんですけど、全然言いたい事も伝えられないし、向こうも通じないイライラしているような雰囲気も感じて。
        最初の1年ぐらいは最悪でしたね。
        最終的には、不自由なく生活できてたんで、その切替りのタイミングは自分でも解らないんですけど、帰ってきてみると、行っちゃえば何とかなるんだなって感じですね(笑)



        飢餓の問題であれば、日本は直接的に関係している気がしないのですが、なぜ日本で農業をやろうと?

        アメリカの大学で勉強していく中で、飢餓という問題を勉強して。
        先進国こそが僕の中では問題を持ってるなと思っていて。
        例えば、アフリカにモザンビークって国があって、日本もなんですけど、アフリカのモザンビークの土地を先進国が買って、その土地でトマトやトウモロコシを栽培して、自国に輸入してるんですよね。
        でも、モザンビークでは3分の2の子供は栄養失調で亡くなってる。
        それなのにモザンビークって国から食べ物が先進国に出て行ってるっていう。
        なぜ飢餓がある国から食べ物が出て行ってるんだろうって。
        買うのは日本含め、全て先進国なんですよね。
        日本では日本国内で栽培された物を食べれば、モザンビークで栽培された物はモザンビークで食べられれば、飢餓の削減に繋がるんじゃないかなっていう風に思って。
        先進国を変えないとって思ったのがキッカケで、先進国で農業をやろうって中で、自分は日本生まれだし、福岡正信さんも日本だし、やっぱ日本だなと。

        農業の技術としてはどこかで研修などされたんですか?

        してないですね、本だけでした。
        木村秋則(自然栽培提唱者)さんの本はすごい参考にしながら、植物学の本とか、この雑草が生えれば土はアルカリ性でとか、どうやればこの雑草無くなるんだろうとか植物学の本を観ながら。
        自分なりにやって、失敗したり、成功したり。
        1年目は野菜も80種類ぐらいやってたんですよね。
        どれがこの土地に合うか、自分のスケジュールの効率とかを図りながら、今は絞って初年度よりはだいぶペースも分かってやりやすくなってきてますね。



        農園名の『イニアビ』というのは。

        アメリカの先住民の言葉でイニアビっていうのがあって。
        アメリカに居た時に、友人が先住民の方と繋がりがあって、その友人と訪れる機会がありまして。
        自分の名前が「陽可」なんですけど、それってどういう意味なの?って聞かれて。
        太陽の「陽」で、可能の「可」。
        太陽は「san」で、可能は「possible」って伝えたら、先住民の言葉で太陽の事を「イニアビ(iniabi)」って言うんだよって。
        それは太陽って意味だけじゃなくて、「全ての生命体が頼る太陽」っていうのをイニアビって教えてくれて。
        それがずっと頭の中には残ってて、農業ですし全ての生命体は頼っているわけで、そこから名前をつけました。

        全国色んな所で就農受け入れや農地もあると思うんですが、南牧村へ来た理由とは?

        川の上流がいいっていうのと、山に囲まれた場所がいいっていうその2つがあって。
        普通、自然栽培って土作りで10年掛かるとかって言うんですけど、山に近ければ山の栄養が全部降りてくるなぁってところで、土作りは必要ないんじゃないかっていうのと、この南牧村の景色見て、山が近すぎるぐらい近いなぁって。
        これは土作りしなくても、1年目から採れるなって思って。
        それと南牧川が利根川の上流に当たる所なんですよ。
        上流で農薬使っちゃうと、海を綺麗にしたいって人が活動しても、上流から流れてくる水が汚ければ、その人達の努力も無駄になるから、上流からは絶対綺麗な水を流したい、上流で自然栽培をやりたいって。
        そこで上流の所を探して、上流と山。
        それがたまたま最初に見つけられた場所がここで、南牧村にしようと。
        群馬県自体も1度も来たことが無かったんですけどね。
        初めて来て、もうここでって。





        田中 陽可さんのこだわりって何かありますか?

        2つ。
        1つは、自然を壊さないって事ですかね。
        農薬も使わないし、除草剤も使わない。
        畑の外からの物は持ち込まないし、ここにある物も持ち出さない。

        もう1つ、僕は別にお金持ちになりたいわけではなくて、なるべく安く自然栽培の物を売りたいんですよ。
        値段が消費者の方にどうしても広まらない理由の大きな1つなので。
        この村に居ると、自分の生活費ってすごい抑えられるんですよね。
        一軒家で、家賃月5000円だし、畑も草刈ってくれるならタダでいいよって村の人の器量もあって。
        自分の生活費が掛からないから野菜が安く売れる、ってところと、生産量が上がれば単価も安く出来る。
        年収上げたくないんで、年収上げるくらいなら単価下げて。
        そうすると八百屋さんでも消費者の人も買いやすくなって、消費者の人もたくさん買えると、八百屋さんも自然栽培の方が売れるんだなって、自然栽培をどんどん仕入れてくれれば、農家も自然栽培やろうかって。
        そういう流れが欲しいなと思うので、こだわりとしては、『環境を汚さない事』と、『なるべく安く売れる努力をする』ってとこですかね。

        最後に1つ質問なんですけど、お金は嫌いですか?

        お金は好きです。
        でもバランスは観ますね。
        儲け過ぎてると思ったら、これ高いんだな、もっと安く出来るなっていう。
        飢餓を無くしたいって想いがあるんで、広めたい。
        広める為には、値段を安くっていうところが現代社会だとは思うので。
        お金は好きですけど、執着心はないかもしれないですね。
        最低限、生活できれば良いやって。





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        〜記憶に残る野菜〜高崎ノ巻

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          ベジタブルジャーニー41県目の群馬県に入りました^ ^
          群馬県は本州の山岳地帯にある内陸県で、温泉地とスキー場で有名です。
          温泉地として有名な『草津』では、湧き出る源泉が木樋を通って滝壺へ流れ落ちる『湯畑』の光景を見ることができます。







          そして、2014年に世界遺産として正式登録された『富岡製糸場』。







          向かったのは、群馬県中部よりやや南西に位置する『高崎市倉渕町』。
          夫婦2人で、無農薬・無化学肥料の畑で旬の野菜を作りながら、食用ほおずきを生産している『森農園』さんにお邪魔しました。

          お話をうかがったのは、森農園代表『森 清和(もり きよかず)』さん(36)。
          奥さんの『有理(ゆり)』さん(36)。
          ベジタブルジャーニー137件目の農家さんです^ ^



          (有理さん)
          ここ倉渕町では、有機生産者団体で『くらぶち草の会』っていうのがあって、無農薬で農業がやりたいって思っている人が、経験がなくても研修させてもらえて、ちゃんと研修生が住む住宅もあって。
          独立したら、出荷して販売する販路もしっかりある団体があるので、この辺は結構移住者が多いんですよ。
          (清和さん)
          意外と、『無農薬』ありきでの出荷団体っていうのがあまり無いので、結構やりたいって人が集まって来てるんですね。
          なので、僕らのところ以外にもこの辺りでは無農薬のところが比較的多いかな。

          なぜ『食用ほおずき』の生産を始めたんですか?

          (有理さん)
          もともと自家用としてやっていた食用ほおずきを、3〜4年前から本格的にやり始めたんですけど、それは所属している草の会に出荷ではなくて、森農園として始めたんですね。
          食用ほおずきって原産地が南米のペルーなんですよ。
          山岳地帯で標高が高い所でやっていて。
          自分達がやってる意味とか、ここに居る意味を求めた時に、ここも標高差がわりとあって、畑が下は500m、上が900mぐらいあるんですけど、そこの土地性を活かせるんじゃないかなと思って、食用ほおずきを始めたんですね。
          周りにも生産してる方があんまりいないし、美味しい上に栄養価も高いし、やってみたら面白いんじゃないかなと思って。
          自分達らしさとか、この土地の特性とか、そういう事を活かした時に、総合的に考えたらほおずきになったんですね。



          (清和さん)
          最初は多品目の野菜とか、色々やってみたんですけど、この土地で僕ら『森農園』として、何か自分達らしい事をやりたいなって時に、食用ほおずきがビタッとハマったっていうのが1番の理由ですね。
          いわゆる、都市近郊農家に多品目はどうしたってフットワークが違うから物流の面でも勝てないんですよね。
          ここから街中に出るだけでも往復1時間以上かかっちゃうと、2人でやっててそこで人手が取られるとね。
          だったら、ここにしか出来ない、そこでは出来ないものをやろうっていうのがありますね。



          お二人の生い立ちを聞かせてください。

          (清和さん)
          生まれは長野県の松本で、うちは全然農家でもなく、強いて言うなら小学校くらいの時に小さな家庭菜園を手伝った記憶があるかないか、ぐらいの感じでしかないので、全然農業とは関係なくて。
          高校を中退して、東京に行って、いわゆるフリーターで調理師をやってて。
          その後、中古カメラ屋で10年近く東京に居て、妻と知り合って。
          それで、妻が農業やりたいって言ったんで、資金を貯める為に1年間ぐらい妻の実家の方へ行って、働いて、この倉渕町の草の会に研修生として入って、そのまま独立っていう流れですね。
          だから農業としては全く携わってきてないので、倉渕に来て0からスタートした感じですね。



          (有理さん)
          私の出身は、宮城県の塩釜市っていうところで、港の方なので山は無く、周りも住宅街で畑とか縁遠かったんですけど、大学は山形へ行って、建築関係を学んでいたんですけど、その時は若かった事もあって刺激を求めて東京に行って。
          写真が好きだったので、東京で働きながらお金を貯めて行きたい専門学校へ行こうとフリーターをやっていたんですけど、なかなか東京って家賃も高くてお金が貯まらなくて、じゃあ働きながら写真に携われるような仕事がないかなと思っていたら、旦那が居たカメラ屋さんがあったのでそこで働いてて。
          でもひょんな事で『食』から農業に興味持つようになって。
          旦那の実家がすごく田舎でのんびりしてて、めちゃくちゃ良い所で。
          例えば東京だと何か貰ったお返しは、『何かを買って』お返しするけど、田舎に行くと『自分達の作った物』、物と物との交換をしてるのも凄い良いなと思ったし、そういう事をみて「よし、じゃあ農業やろう」と思ってファームステイ先を探したのが、たまたま倉渕の農家さんで。



          やりたかった農業は最初から有機栽培だったんですか?

          (有理さん)
          最初は有機とかじゃなくて、自然農法ですね。
          そっちの方から入って行きました。

          なぜ有機栽培になっていったんです?

          (有理さん)
          自然農法って本当に無施肥で、環境に良かったりとか、作物自身の力が強かったり色々と良い事はあるんですけど、多くの人の胃袋を賄う事は出来ないというか、たくさんは育たないというのもあってですね。
          有機農業って言っても、堆肥作りをちゃんとしっかりしていないと、畑に良くない影響を及ぼしたりするやり方をしている生産者もいるんですね。
          この倉渕町にいる生産者は、しっかり堆肥作りの勉強会などもして、より良い堆肥を作っているんですけど、うちは微生物を増やす為の土作りで、土自体を底上げしていくようにしてるので、極力肥料分も与えず『足りなければ与える』ぐらいの感じでやっています。
          (清和さん)
          現実的に色々考えると、産業としての自営農業なので、自分達が継続していかないとどうしょもないし、自分達の求める、先のビジョンがそこ(自然農法)に無かったってそんな感じですかね。



          森農園として、どんな作物を発信していこうなど方向性はありますか?

          (清和さん)
          それは最大のテーマというか、『美味しい』っていう言葉は極力使わないようにしてて。
          美味しいってある種、曖昧な言葉で人によっても違うと思うし。
          なので、うちの理念として『記憶に残る野菜』って言い方をしていて。
          だとすると味とかそういうものだけじゃない部分もあるのかなと思うので。
          もちろん、味も自分達が気に入る物じゃなきゃ絶対に出さないっていうのもあるし、それにプラスして、畑の環境を知って食べてもらうのと、ただスーパーで買って食べるのって自分の中に残るものが違うので、その辺を大事にしたいなっていう、これからの課題でもありますね。



          森農園のこだわりとは。

          (有理さん)
          美味しいもそうだけど、何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかって1番大事に感じていて。
          その時に誰と楽しく食事をしたかっていうのが、後々の記憶になると思っていて。
          最後の晩餐で何を食べたい?って時に人によって色々あると思うんですけど、その中に私達の野菜が食材として携われたら凄く嬉しいなって。

          (清和さん)
          最後の晩餐に選ばれたいって言うとちょっと傲慢ですけど、そういうところに携わって残りたいっていうのと、ここ(森農園)のこれが美味しかったからこの子にも食べさせたいって次の世代にも残るようなっていうのは心掛けていますね。
          そういう意味での『記憶に残る野菜』ってのが1番のこだわりなのかなって思います。





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          〜地球1つ分の生き方〜安曇野ニノ段

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            長野県で最後に向かったのは再び『安曇野市』。
            前に伺った、シャロムヒュッテの創業者でもある臼井氏の拠点、ドネーションで運営するゲストハウス『シャンティクティ』さんにお邪魔してきました。





            お話をうかがったのは、シャンティクティ代表『臼井 健二(うすい けんじ)』さん(69)。
            ベジタブルジャーニー136件目です^ ^



            シャンティクティとは?

            ここは標高680メートルぐらいのところにあって、ちょうど信州の真ん中あたり。
            森というのは生態系のとても豊かなところで、何もしないと全てが森になろうとする方向に向かいます。
            そして人間が色んな事をすると全てが砂漠になろうとする方向へ向かいます。
            ギリシャ、ローマ、四大文明は全部砂漠です。
            その中で、砂漠にならないような生き方をこれから思考していかなければいけない時代に僕らは来ているような気がするんですね。
            僕ら日本人の暮らしを世界中の人がすると、地球が2.5個必要なんです。
            アメリカ人の暮らしをすると地球が5個必要なんですよね。
            それは自然と第三国を犠牲にしながら成り立っている仕組みの中で、僕らは生きているわけで。
            ですから、あちこちで砂漠化が進み、餓えてる人がいるっていうのが今の現状です。
            そんな中で、地球1個で暮らすような生き方をこれからしていかないといけないと思うんですよね。
            2.5個の暮らしから1個の暮らし。
            僕らは「もっと便利に」「もっと沢山」「もっともっと」の『More More教』の信者です。
            そろそろMore More教から『足るを知る』(身分相応に満足することを知る)という、そんなところにシフトしていかなければいけない時代に今来ています。
            ずっと右肩上がりで来ているんだけども、もう右肩上がりは無理なんだよと、気が付いた世紀なんですよね。
            そろそろ降りていく生き方、地球1個で暮らす生き方をしていかなければいけない。
            それは農業もそうだし、物質的な事もそうだし、色んなことについて言える事だと思います。

            こちらを見ると、屋根に緑が乗っています。



            失われた『緑』を復元しようと、そんな生き方と、断熱効果を高めようなんていう生き方なんですね。



            この漆喰が塗ってある入り口なんだけども、その中には土が塗られてまして、その中には童話「3匹の子豚」の中で、1番評価の低かった物(藁)で出来ています。
            藁は1番評価が低いわけです。
            でもその藁に土が重なり、そして漆喰を塗らう事によって、藁には無い特徴が生まれるんですね。
            その『繋がり』が大事だよ、という入り口の玄関なんです。



            分断して競争させて、そこにマーケットを置くというのが資本主義の生き方です。
            だから細分化すればするほど効率が良くなります。
            でも人間って『多様』に出来ているんですぐに嫌になっちゃう。
            違う事してみたいなぁ、あれもこれもしてみたいなぁってなるのが普通人間なんです。
            ですからもう少し多様に僕らが生きれる、そんな生き方をしていかないといけないと思うんですよね。
            分断して競争させる資本主義の生き方から、『融合して1つになる』ような生き方。
            そんな生き方を思考しなければいけないですね。
            その話を例えて言うならば、屋根の瓦を20世紀は『縦』に重ねた時代なんです。
            1番高いのが良い、クラスで1番、会社で1番、世界で1番、どれも1番が凄く評価されるんですね。
            でもその屋根の瓦には1人しか憩えないんです。
            他は全て雨に濡れる敗者なんですね。
            屋根の瓦は縦に重ねるんではなく、『横』に重ねて面というUnity(繋がり)を作る事が本当はとても大事です。
            そうすると、沢山の人が屋根の下で憩うことが出来るんですね。
            いま社会は、縦型から横型に変わろうとしています。
            ダーウィンの弱肉強食のピラミッドの世界から、今西 錦司さんのように弱者も住めるという『棲み分け論』の時代。
            ビルゲイツに代表されるアメリカンドリームの生き方、全てのソース(情報)をひた隠しにし、それをお金に替えるという生き方から、全てのソースを解放して、それを全て使ってもらうという、いわゆるリナックスの考え方に、いま社会は変わりつつあります。
            そして使ってもらう事が自分達の喜び、色んなものを分かち合うというね。
            自然界は全てそうなっています。
            抱え込むのは人間界だけです。
            今までが『分けた』時代、これから『合う』時代。
            分けて、合う、『分かち合う』という完成の時代を迎えております。
            だからこれからは面白い時代です。
            日本という国は富士山に代表される象徴は『富士(不二)』です。
            富士というのは二つにあらずと書いて不二なんです、1つだよとそんな意味合いです。 『日本』という国は『大きく和する国』。
            大きく和する国、それが日本、『大和』という国ですね。
            そんな意味で、家なんかも畑だとか、建物だとか、台所だとか分けていたものを、みんな小さくまとめて、小さな暮らしの中で、『無駄のない生き方』をしていこうというのが、ここシャンティクティの最終な目標です。
            「One earth One Love」1つの地球で生きていこうというね。
            それは無駄を廃した関連性を切るインプット、アウトプットが一直線ではなくて、循環するような暮らし。
            インプット、アウトプットが周り巡り、そして余剰物をみんなで分かち合うというそんな暮らしをこれからして生きたいなぁって事で今ここをやっています。

            ここは形ある物は売らず、宿泊という形で『意識』を伝えるという生き方だから、腐るものは一切ない。
            作物も自分のところで種を蒔いて育てて、そこで食べる物を商品にしようっていうんじゃなく、それを加工して、安全な物を安心して食べて貰うという、そういう意味では色んな物が分断して競争する生き方から、融合して1つになるという、そういうのを『宿』という形を通じてお伝えする場ですね。



            食べれる庭・パーマカルチャーについて。

            1970年代、オーストラリアでは大開発が進んだんですね。
            森が切り開かれて牧場や農場が出来て、反対運動があちこちで起こります。
            でも反対運動っていうのは対立を生むだけで何も解決しないんですね。
            反対運動よりも、心地良い暮らしを提言しようとして生まれたのが『パーマカルチャー』という考え方です。
            permanent=持続可能な agriculture=農業。
            持続可能な農的暮らしのデザインとして体系付けられました。
            今ではそんなパーマカルチャーの暮らしに則って暮らしていこうという人が日本でもかなり増えてきましたけれども、何となくパーマカルチャーっていうと横文字で外国の考えのように思いがちですけど、ルーツはアジアにあるんですね。



            1900年代、アメリカは大開発が進んで、巨大な牧場で化学肥料や農薬を使用する農場が多かった中で、どうしても土砂流出や暴風で土が飛ばされたり、どうしよもなく持続可能では無いという事を、土壌学者のキングという人が感じていたんですね。
            世界でもっと持続可能な農業をやっている所はないかという事で、世界を旅するわけです。
            そして出会ったのがアジアなんですね。
            アジア4000年の歴史パーマネントアグリカルチャーという本を書きます。
            1900年代の初頭です。
            それをもう少し解りやすくまとめてデザイン化したのが、ビル・モリソンとデビット・ホルムグレンというオーストラリアの人達なんですね。
            それでパーマカルチャーという本が生まれた。
            ですからルーツはアジアにあります、そして日本の里山文化でもあります。
            ビル・モリソンは「日本のみなさん、パーマカルチャーを通じて日本の文化を再認識してください」と言っているぐらいです。
            もう少し僕らはパーマカルチャーを通じて、この里山の文化を見直してみる必要があるのかなという気がしています。



            人間はあぁした方が良い、こうした方が良いと、より複雑にして来ています。
            『耕す』という行為もそうなんですね。
            耕せば耕すほど、良く出来ます。
            でもそれは一時的なんです。
            自然界に耕す行為はないです。
            むしろ、これもしなくて良かったんではないか、あれもしなくて良かったんではないか、という逆の方向性をこれから思考していく時代に来ています。
            自然界は耕さないと有機質がそこにちゃんと有りまして、根が縦横無尽に生えて、根穴構造というものを作ります。
            その根穴構造が、微生物、小動物によって分解されて腐蝕というものが生まれるんですね。
            腐蝕はマイナスの電気を生み、土の栄養素がくっ付いて来る。
            ですから、耕さなければ耕さないほど大地は、より豊潤に豊かになっていきます。
            そこに微生物、小動物、ミミズなんかも住める環境も生まれる。
            それを耕してしまうと、有機質はあっという間に分解されるんだけども、微生物、小動物の生きられない世界がうまれる。
            団地にブルトーザーで突っ込んで来るようなものですね。
            ですから土手だとか森も耕しません。
            それが本来の自然の姿です。
            それをもう少し見直してみよう、というのが『自然農法』の考え方です。



            究極なのが「わら一本の革命」を書いた福岡正信さん。
            これはまさに『神の農法』です。
            神の農法なので、なかなか人間はついていけませんけども、もう少し人間界に降りて来ると、自然農の川口由一という人がいます。
            さらにもう少し降りて来ると、岡田茂吉という人がいます。
            ヨーロッパの三圃式農業のような、そんな生き方で「良い人をつくるには、良い土地がなければいけない」「良い土地を作るには、良い食べ物がなくてはいけない」というような形でやってます。
            炭素循環農法だとか、あるいは森林農法だとか、色んな農法が日本から生まれてて、世界に誇れる農業を持っているのが日本です。









            シャンティクティはどんな農法で作物を?

            川口由一さんの自然農をベースにはしてるけど、でもそれだけではないし。
            福岡正信さんの考えもあるし、岡田茂吉さんの考えも、炭素循環農法の考えも、森林農法的な考えもあるし、最終的にはそれらを全て融合するようなパーマカルチャー的な生き方でもあるのでね。
            農法っていうのは分ける事で分別だから、思考としてはそれらを融合していこう、1つになろうという梵我一如(ぼんがいちにょ)というそんなところに僕自身は来てるから、本当は名前がない方が良いんじゃないかなぁと思いつつ、まぁぐうたら農法だね(笑)







            シャンティクティは臼井さんにとって理想郷に近い形で作れてるんですか?

            理想郷でもないけどさ。
            だって私と女房が居れば、男と女で上手く行かないしさぁ(笑)
            上手くいかないから努力をする、その『プロセス』が大事で。
            それが要するに生きてるってことだから、全てが理想郷が良いとは僕は思わないし、100点を目指して60点で良しとすべし、トータルで150点とあれっていうそんな気持ちでいるんだよね。



            臼井さんの今に至るまでの人生とは?

            長野県穂高町で生まれて、大学卒業して商社に1年半ぐらい勤めたかな。
            でも都会の暮らし、自分で作り出していない物を販売して、伝票を右から左に動かすだけでお金になるっていう事にも違和感を感じてね。
            それで山小屋で5年間くらい暮らしてて。
            人気のない山小屋で、穂高町でやってる山小屋だから、まぁ山に行くなんてのはだいたい問題児が行くんだよね(笑)
            でも僕は山が好きで、旅も好きだったから山小屋を希望して入れて貰ったんだけども。
            最初3500人ぐらいの山小屋が、毎年1000人ぐらいづつ宿泊人数が増えて、最後には6500人ぐらいになったかな。
            いつも来た人に、まずお茶を出して。
            山小屋ですぐお茶が出るなんて所はないわけでね、それだけでみんな心がほんわかとするわけだよね。
            後の運営はそれだけでとても上手くいくような感じでね。
            夜、みんなで集まって、スライドを交えながら明日のコース、天気の事、注意点なんかも話ながら、人生を語り、旅を語り、山を語り、そんな事を山小屋でしていてね。
            一緒に写真を撮って、それを年賀状で全部出していた。
            そうするとね、年間3000〜4000枚年賀状を送るでしょ、返事はね9割9分来るんだよね。
            穂高町の町長よりも私のところに来る年賀状の方が多くて。
            まぁ5年間くらい山小屋で小屋番していたんだけど、自分の想い描いた宿をやりたいなって事でシャロムヒュッテを造ったんだよね。
            大工1人に馬鹿8人っていって、大工さん1人に手が8人ぐらい居るとね、大工さんは大工として働ける。
            そんな経緯で3年くらい掛かってシャロムを作ったんだけども。
            お金も無く、みんなから5万円ずつ出して貰って2500万円くらい集めたのかな。
            それを資金に、あと自己資金と銀行の借り入れで、妥協せずに割としっかりした建物が出来たんだけどもね。
            それでシャロムを20年ぐらいやってたんだけども、なんとなく都会人相手だけで、地元の人との繋がりがないから、じゃあレストランと喫茶をやろうかってオーガニックのレストランと喫茶を2000年に始めたんだよね。
            で、しばらくやっていたんだけど、私自身はある程度いろんなものが形になったし、後は若い連中に任せてやれば良いかなってことでね。
            で、今に至ってます。





            シャンティクティの歴史としてはいつ頃から?

            12年前(2006年〜)からこっちに移ってるね。
            私はシャロムに関わりは持ちつついたんだけど、7年ぐらいシャロムは若い連中が運営をやっていて、完全に離れたのが今年からだから、ようやく肩の荷もおりて。

            シャロムヒュッテの「シャロム」はヘブライ語って事でしたけど。

            ヘブライ語で「平安がありますように」って意味でね。
            最終的に人間の求めているところはきっとそこだと思うの。
            でも、そこにみんな行き着けない。
            行き着けないから、良いんだよ。
            それを目標に、神の世界を目指すのであって。
            陰と陽がある、それが相対界という僕らの世界であって、だからお互い補い、活かし合う事ができる。
            最終的には神の世界には行き着く事は出来ないわけ。
            でも、それを目指して『プロセスを生きる』という事がとても大事な事だと思うけどね。

            最終的には、人間の目標は幸せに生きる事であると思う。
            ジョンレノンなんかは、国が無い、あなたと私の分別がないという事を想像してごらんって歌うわけだよね。
            それは決して難しいことではない。
            個別の宗教も殺し合うって事も必要ない。
            全ての人達が平和に暮らしてるという事を想像しよう。
            でもそれは夢かもしれない。
            でもその夢を見ている仲間が居るんだ、さぁ手を取り合いながらEarth one1つになろう。
            それが仏教でいうところの梵我一如(ぼんがいちにょ)という事でもあるし、2つに別れたものが1つになる、それが神の世界。
            ガンジーは銃を突きつけられ、奴隷になるか、武器を持って闘うかって時に、その両者も選ばない、第三の道を選ぶ。
            それが無抵抗不服従。
            福岡正信は、東洋だ、西洋だ、ではなくて、第三の道、それが神の道。
            キング牧師も同じ、黒人の子供達も白人の子供達も、同じ教室で学べるように。
            イスラムの詩人ルーミーは、現悪を超えた草原で逢いたいと歌います。
            だから1つになるという事は素晴らしい事で、男と女が抱き合う事は最高の事なんだよ。
            全てを忘れて裸でいれるっていうのは素晴らしい世界でさ。
            結果ではなく『プロセス』が大事。
            執着をしない、そして今、ここを生きる。
            過去や未来を煩うんではなくてね。



            最後に、臼井さんのこだわりとは。

            こだわりは無い。
            こだわって、こだわって、捉われなくなった時に初めて幸せがやってくると、僕は思う。
            若いうちはこだわりばっかりだったよ僕は。
            だからみんなに生きにくいって言われたとは思うんだけど、でもそれは「真・善・美」そして世の中が成り立つわけ。
            それがちょっとズレるだけでバランスが崩れるしね。
            だから、最終的にはこだわって、こだわって、捉われなくなる。
            それが良いんじゃないかなぁっと思いつつ、なかなかこだわりも捨てられず、生きてるわけ(笑)









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            〜農業はアート〜千曲ノ巻

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              次に向かったのは、長野県北部に位置する『千曲市(ちくまし)』。
              養蜂で集めた純粋蜂蜜に自家焙煎珈琲、自然野菜直売所兼カフェ『ひふみや』を経営しつつ、西洋野菜を中心に無肥料無農薬栽培を貫ぬく『ずくなし農園』さんにお邪魔してきました。











              お話をうかがったのは、veggies&honey cafe ひふみや、ずくなし農園代表『中村 真仁(なかむら しんじ)』さん(44)。
              ベジタブルジャーニー135件目の農家さんです^ ^



              セルフビルド的に建てられたカフェは2018年3月21日に仮オープン。
              現在はドリンクを中心に、今後は自家製野菜を使ったランチなども提供していく予定だ。









              生い立ちから現在までの流れとは?

              もともとは大分県の佐伯市っていう港町に生まれて、高校生までは地元で。
              あんまり勉強もしなかったし、ちょっとはみ出しそうな人生を送りそうな時もあったんですけど(笑)
              スケボーをやってたので、東京に憧れて。
              就職するなら東京と思ってたけど、就職先が2つしか無くて、それでも行きたかったから1つ選び、3年そこで頑張って、その後スケボーやってた事もあってスノーボードにハマって。
              北海道へ行ったりニュージーランド行ったり。
              そこで知り合った日本人の友達に、長野で仕事があるよって事で長野県に来たのがこっちへ来たキッカケですね。
              北海道へ行った時もbarとか、ニュージーランドへ行く時もレストランで働いたり、飲食業界は好きだったので高校の時からずっとバイトとかもしてて。
              いつかそういう仕事もやりたいと思っていて。
              オリンピック(長野)の時に30歳近くなって、そろそろ周りも進退を決め始める時期に来ていたので、僕もどうするか考えた時に、もうちょっとスノーボードやりたいなと思って仕事やりながらスノーボードが出来る環境を探した時に、長野市で住み込みのバイトがあって。
              それは普通の工場だったんですけど、しばらくしてその会社が潰れたりして、再び人生を見つめ直す時期が来て、住み込みだったから家も無くなったんでね。
              それで、たまたま古民家が不動産に出てそこを借りたんですよ。
              そしたら大家さんがリンゴ農家で、畑も付いてて「リンゴやらねぇか?」みたいな感じで畑を教えて貰ったりしてて。
              なんか農業イイなって。

              もともとスノーボードも自然のフィールドでやるスポーツなのでそういう事も好きだったのもあったと思うんですけどね。
              その頃にちょうどアフリカの楽器(ジャンベ)にハマって。
              それでアフリカへ行ったりして。
              発展途上国だったので色々と環境に対して日本との違いを見せつけられてね。。。



              そういう事もあって、農業(現代農法)に対しても疑問が出てきて。
              リンゴとかは特に農薬バンバン使うし。
              せっかくやるんだったら無農薬で、環境に負荷の無い農業をやっていかないと、行き着く先が危険だなと思って。
              もともと飲食業をやりたいって気持ちもあったので、その問題解決をしつつ飲食業をできないかなって。
              それで最初にカフェを始めたんですよね。
              内容もオーガニックで、東京のカフェスローっていう環境NGOがやっているところと提携したりして、面白い人達が来て、地元の人や何か面白い事やっている団体の人と交われる場所を長野市で作って。

              それを4年間やってたんですけど、東日本大震災があって、また考えるところがあって。
              ちょうど嫁さんと結婚式を挙げるところだったので、震災をキッカケに自分達のライフスタイルも考えて、農業をやりたいのにいつまで経っても街の中でカフェをやってても農業は出来ないので、これは考え直さないとなって思って。
              嫁さんの実家が千曲市で、こういう風景を見た時に「あぁ、ここでやれば良いんだ」って思って。
              それで長野市でやっていたカフェを辞めて、今度は農業をやり始めて。
              いつかまたカフェをやりたいなっていうのがあったので、今また始めたところですね。
              農業をやりながらカフェも経営するという新たなチャレンジです。





              農業研修はどこかでされたんですか?

              僕ね、結局行かなかったんですよ。
              カフェでオーガニックを扱っていた事もあって、オーガニック農家さんとのお付き合いが多かったから、逆にそれが良かったんですよね。
              色んな人の、色んな農法の話を聞いて、あんまりこだわりを持たなかったので。

              農園名の『ずくなし』とは?

              ずくなしって長野の方言で『怠け者』って意味で。
              忙しい世の中とか、農薬を使って効率を図るようなところから脱却するっていう意味があって。
              怠けて楽をしようという意味ではなくてね(笑)
              長野の方言的には、悪いイメージがあるんだけど、逆にマイナスをプラスに変える反骨心もあるんですよね。



              ずくなし農園のこだわりって何かありますか?

              基本的には肥料を入れない無肥料。
              無肥料って言葉もあんまり好きじゃないんですけど、人が何かをやるとあんまり良い事にはならないっていう。
              なるべく手を掛けない方がより良い物が出来る。
              人が出来る事って限られているし、逆に人がやればやるほど社会もそうですけど、おかしな方向に行くというか、自然から学ぶ事ってすごくあると思うし。
              それを尊敬するというか、感謝しつつ、出来る限りの事をするってところですかね。
              最近やってて思うのは、何かに縛られて生きるんじゃなく、農業も自由に自分で作り出す事ができる、『アートと一緒』だなと思ってやっていますね。





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              〜自分に還る場所〜安曇野ノ巻

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                次に向かったのは、長野県中部に位置する『安曇野市』。
                北アルプスの山麓、信州安曇野の森の中に建つセルフビルドの宿とレストラン。
                自然農の畑で自給自足と農的暮らしを営む『舎爐夢(しゃろむ)ヒュッテ』さんにお邪魔してきました。



                シャロムヒュッテは今年で創業39周年。
                今シーズンより先代の臼井健二氏より経営を引き継ぎ、新しいチームとしての再出発となります。



                お話をうかがったのは、右から「安曇野パーマカルチャー塾」の運営メンバーの1人として活動もしている、シャロムヒュッテ共同代表『村上 毅(むらかみ たけし)』さん(43)。
                同じくヨガや瞑想を専門とするシャロムヒュッテ共同代表『山崎 大(やまざき だい)』さん(34)。
                シャロムヒュッテ農部門『小林 浩子(こばやし ひろこ)』さん(35)。
                ベジタブルジャーニー134件目です^ ^



                シャロムヒュッテとはいったいどんな所なんですか?

                (村上さん)
                シャロムヒュッテは作られてから来年で40周年なんですけども、『臼井 健二』さんという方が創業者で、彼は隣町に『シャンティクティ』という拠点があるんですね。
                39年前の創業当時、臼井さんはここを全てセルフビルドで作ったんです。
                廃材を使ったり、天然の自然に還る物をベースとして、1人の大工と8人、自分達で全部作った場所なんですね。
                39年の間には、最初ペンションとして経営していたんですけど、途中から『パーマカルチャー』という考え方を取り入れて、いわゆる循環型の農的な生活をここで体現していくという形で、自分達もそういう生活をしつつ、ここに来られた方もそういう生活を体験できるような場としてずっとやってきたんですね。









                今シーズンからちょうど、先代の臼井から引き継ぎをして、僕と山崎の2人の共同経営でここを運営していく事になりまして。
                基本的なこれまでの考え方とかスタンスは残しつつも、また新たに色々な取り組みをしていく形に。
                山崎は『ヨガや瞑想』、『断食合宿』とか『リトリート』など、そういう事を専門にやっているので、そういった面も取り入れつつ、新たな展開をこれからしていこうかなというところで。
                ここでの食料に関しては、畑があるので、そこで彼女(小林さん)が中心になって自給しているような形をとっている『お宿』ではありますよね。



                実は去年まで先代の臼井さんは、『お金のいらない世界』みたいなものを目指して活動してきたところもあって、宿に泊まった食事代も全てドネーションで、お金を取らずに、食べた人が好きなだけ置いていくっていうスタイルをとっていたり。
                昔「バザール」っていう雑貨店をやっていたんですよね、いわゆる0円のショップ。
                ギフト雑貨店って言ってましたけど、自分が使わないけどもまだ使える物、ゴミにするんではなくて誰かの為にと持ってきた物を、次の人がまた物を持って来て何かと交換する、そういう活動をしていました。
                ただ、やっぱりある程度利益も出ていかないと経営的な視点で、ここに働いてる人達が生活出来なくなってしまうこともあって。
                お金のいらない世界とはいえ、まだお金で動いている世界でもあるので、そんなにバンバン儲けるとかではなく、やっぱりスタッフが気持ちよく生活出来るくらいのベーシックインカム(最低限の所得保障)がないと、成り立っていかない部分があって。
                今年から軌道修正でちゃんとした対価は戴いて、しっかりしたサービスを提供しようという考え方でやろうとは思っているんですね。



                シャロムヒュッテで育てている作物はどんな農法ですか?

                (小林さん)
                今は5種類の農法をやっていて、川口由一さんの『自然農』を参考にしている所と、福岡正信さんの『自然農法』を参考にしている所、MOAの岡田茂吉さんの『自然農法』を参考にしている所と、『炭素循環農法』と、『森林農法』っていうアマゾンの先住民の方々のやり方を参考にしている、5種類のやり方でやっています。



                共通しているカテゴリーとしては、無農薬・無化学肥料だと思うんですけど、肥料はどういった物を入れてるんですか?

                基本的には肥料は入れていないんですけど、ナスとか肥料が必要なところは米ぬかを上から撒いたりするぐらいですね。
                動物性の肥料は使いませんね。
                (村上さん)
                農法って、すごく枠にはめたがりますよね。
                有機栽培なら、自然農なら、このやり方じゃなきゃいけないとか。
                そういう事にとらわれてる人が多いような気がするんですよね。
                ある意味、そういう枠を取っ払って農業は進めていく方がやっている方も自由で楽しいし、こだわりはそれぞれ自分の中であれば良いと思うので。
                そういう(枠に囚われない)畑になっていってくれたら良いなぁと思うし、おそらく彼女はそれが出来る人だと思うので、あまり圃場の『これ』にこだわらないでやれたら良いかなと思いますね。
                結局、名前(農法)つけるのは世間なので、そこがもっと自由になれたら良いんじゃないかなと思ってます。












                ※写真は5種類の畑

                今後のシャロムヒュッテはどんな方向に?

                (村上さん)
                『自分が自分に還れる場所』みたいなものをコンセプトにやってますので、それを実現できるような活動であれば色んなツールがあると思うんです。
                例えば、畑での農業体験もそうでしょうし、ここでオーガニックな食べ物を食べる事も、ヨガや瞑想も1つの方法として。
                今は時代の過渡期にあって、色んな物事が変化していくタイミングだと思うんですよね。
                そこで今までの既成の価値観というか、食べ物や働き方、生活の仕方であったり、『価値観に振れ幅』をつけられるような場所でありたいというのがあって。
                そのレベルを目指していきたいところがあります。
                まずは、宿業としてお客様をお迎えしていますけど、ここで暮らしているスタッフが幸せに生き生きと輝いていけるような場所作りっていうのをこの数年で基盤作りをした上で、そこから外に広げていく必要があるかなと思っていますね。
                仕事の関わり方も、ここは会社としてありますけど、みんな社員じゃないんですよ。
                ある意味1人のフリーランスとして関わってもらっているような形でいるんですよね。
                『業務』として業務規定があって、この範囲でお仕事して下さいっていうやり方でここは機能していないので、1人1人が考えて、そのチームの中でどう機能していけるかを模索するような場になっていくのかなっていうのはありますかね。



                シャロムヒュッテのこだわりとは。

                (山崎さん)
                ここに来ている人間は1人1人がこだわっている人間が来ました。
                いきなりここを選ばないんですよ、新卒でシャロムに来たいんですみたいにはならないんですね。
                自分で何かしらの『道』に入り、社会からある意味、外れてきた人間です。
                ってことは、この社会においてそこから外れるという事は、よっぽど「自分はこうだ!」とか「こういう風になりたい」という想いがあるわけで、社会の常識に戻されないように『何かにこだわって』来たわけですよ。
                なので言ってしまえば、こだわった人間の集団です。

                こだわった者同士って難しいんですよ。
                「私はこう思う」とか「いや違うでしょ」みたいに。
                なので、その個のこだわりを自分で持ちながらも、『そのこだわりを崩していくところ』がこだわりですかね。
                作り上げたものを壊す、そして認め合うというか、お互いに尊重し合うというのが、こだわりと言えばこだわりかな。



                (村上さん)
                僕はないかな。
                こだわりって自分の中で既成概念を作るんですよね。
                その既成概念を作る事で自由が奪われるかなと。
                僕はやっぱり人間の根本にあるものって『自由意志』だと思うんですよ。
                それを奪い取ってしまうようなこだわりであれば、要らないなぁというのが僕の考えではあるんです。
                でも結果として、これがこだわりってみなさんが思うのであれば、それも自由なので良いと思うんですよね。
                ただ、あまり執着したくないというのがあるので、さっきの農法の話もそうですけど、そこに執着して自分達の自由意志が無くなってしまうっていうのが嫌なので、そういう意味ではここへはこだわりを持った人が沢山居るんだけども、そういうのを徐々に解(ほぐ)していける場所であっても良いなぁって思っています。





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                〜目的の為の手段〜伊那ノ巻

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                  ベジタブルジャーニー40県目の長野県へ入りました^ ^
                  海に面していない内陸県で、群馬県・埼玉県・山梨県・静岡県・愛知県・岐阜県・富山県・新潟県と8つの県と接し、日本で最も多くの都道府県と隣接する県でもあります。









                  向かったのは長野県の南部に位置する『伊那市』。

                  農薬・化学肥料はもちろん動物性肥料も使わず、自然農法・自然農・バイオダイナミック農法・炭素循環農法など、さまざまな農法を自分なりに学び、畑と相談しながら、必要な農法をブレンド。
                  独自の農法を日々精進し、WWOOFで集まる世界中の人達と、喜びを分かち合いながら生活している『ORGANIC FARM 88』さんにお邪魔してました。
                  お話をうかがったのは、ORGANIC FARM 88代表『林 亮(はやし りょう)』さん(35)。
                  ベジタブルジャーニー133件目の農家さんです^ ^



                  林さんの生い立ちから農家になるまで。

                  僕は仙台生まれで、20歳ぐらいまで住宅地の中で悶々としていて。
                  高校はエンジニア系で、専門学校も自動車整備へ行ってたんですけど、今ようやく解ったのが、当時から何か作る人になりたかったと思うんですよね。
                  学校も自動車整備へ行ったけど、現実はコンピュータで管理しちゃってつまらないし、都会の暮らしっていうのに疑問が凄くあって。
                  それもあって20歳ぐらいの時にカンボジアへ行ったんですよ。
                  カンボジアでボランティアをして、一応首都に滞在していたんですけど向こうは何もないんですよ。
                  冷蔵庫、テレビはもちろん、電化製品も何もない中でシンプルな暮らしをしていて。
                  でも逆にそれは凄く心地良くて。
                  人と人との関係も強くなるし、テレビもないのでみんなで話をしてたり、シンプルな暮らしの方が凄く楽しくて。
                  ストリートチルドレンとか問題はたくさんあるけど、みんな貧乏だけど凄い楽しそうに暮らしてて。

                  それから日本に帰って、成田に降りて電車に乗ったら、みんな下を向いてるんですよね日本人が。
                  なんかそれが凄い異様で、どんよりしていて、凄くギャップを感じて。
                  地元へ帰って何をしようかと思った時に、自給自足をしようと思ったんですよ。
                  まぁ自給自足というか、とにかく働きたくないなと思って。
                  朝から晩まで会社に行って、やりたくない事してっていうのが嫌だなと思ってて。
                  それで、本屋さんで福岡正信さんの本を読んで。
                  そしたら放っておけば出来るっていうから食費も掛からないじゃないですか、それはすげーなと思って自然農法しようって思って、暮らしもカンボジアの時みたいにシンプルにすれば、そんなにお金がなくても生きていけるかなと思って、最初は農業を体験しようとWWOOFをしたんですよ。
                  WWOOFなら無料で仕事を教えてもらえるし、そういう暮らしも体験できるので。
                  それで最初に来たのがこの町のフリースクールなんですよね。

                  半自給自足というか、薪を使って、食べ物も米から野菜まで自分達で作るっていう生活をしてみて。
                  やっぱりその暮らしは自分には馴染んで、今までの暮らしとは全然違うんですけど気持ちがいいし、楽しいし。
                  その時に食べた野菜の味が凄く美味しくて。
                  そこで初めて有機野菜っていうのを食べたんですけど、自分で育てて食べたものが美味しくて、凄く感動して。
                  『農業』という有機農業に興味を持って。

                  最初は農業やるぞって感じでもないんですけど、ただ何となく漠然と将来どうしようかなと思いながら、その時の興味のある事をやっていたら何故か今野菜を作って売るという生業になってるって感じですね。



                  何で色々な国の中からカンボジアへ行ったんですか?

                  最初は英語を勉強しようと思ってアイルランドへ留学しようと手配していたんですけど、題名忘れちゃったんですけど何かの映画を観て。
                  それに感動して、やっぱり発展途上国に行こうと。
                  何かお手伝い出来るかなと思って。
                  たまたま受け入れてくれる所もあったんで行ったんですよね。

                  たまたま本屋で福岡正信さんの本を読んだって事ですけど、本はよく読んでいたんですか?

                  本は好きでしたね。
                  20歳前後はめちゃくちゃ読んでいました。
                  人生に1番悩んでいた時期だったのかな。
                  今でも読むんですけど、あの時期は暇だったし1番読んでいましたね。
                  僕ら夫婦は活字中毒なんですよ(笑)



                  畑で動物性を使わない理由って何かあるんですか?

                  動物性全てを否定しているわけじゃなくて、日本で動物性堆肥の良質な物を手に入れようと思うと難しいというのがあって。
                  家畜の飼育環境が劣悪過ぎるので。
                  僕、北海道にいる時に飼育の牛屋さん見に行かせてもらって、もう暗い所に閉じ込められてエサしか食べないみたいな光景を見て、本当に可哀想だなと思ったし、もちろんエサに抗生物質も入っているから糞で出てくるので、そういった物を使いたくないっていうのがあって。
                  野菜を売る時に、これは動物性使ってます、これは使ってませんっていうのは僕も面倒だし買ってくれる人も分かりにくいと思ったので、それなら全部使わない方が分かりやすいので使っていないのと。
                  あとは、野菜を育てるコンセプトとしていかに肥料に頼らず作るかっていうのもあります。
                  だいたい野菜を作る方が言われるのが、野菜の出来が悪いと「肥料やれよ」ってそこだけなんですよ。
                  でもそれはおかしいと思っていて、もっと色んな要因もあるだろうし、肥料っていう1番大きな思い込みを遮断する事で、もっと自分が考えられる範囲が広くなると思うんですよね。
                  もっと違うアプローチでやり方変えたり、種が原因かとか、そういった意味でも動物性肥料は使わない事にしています。



                  様々な農法をブレンドしているORGANIC FARM 88独自の88農法とは?

                  基本は動物性肥料を使わないっていうのがあって、土地によって出来、不出来があるんですよ。
                  その土地に合った作物があって、無い物ねだりではなくて在るもの探してっていうか、この土地でよく出来る物を作った方が無理に自分の作りたい物を作るよりも、その土地で作りやすい物を作る方がエネルギー面でも効率的だと思っていて。
                  ここだとあんまり肥えてはないんですけどカブとか大根が美味しく出来る所で、そういう物は肥料使わなくても種を蒔くだけで本当に美味しい物が採れるんですよね。

                  基本的に僕が大切にしている事が、『100年1000年後も、この地で同じように農業をし、この地で生きる人達が営める』っていうのが1番の目的。
                  かつ、『健康的で美味しい野菜』を作るっていうのが目的なんですよ。

                  農法はあくまで『手段』なんですよ。
                  その目的の為に、どういう手段を取るかだと思うのであまり重要じゃないと言うか。
                  今、1番力を入れているのがバイオダイナミック農法で。

                  僕は北海道で農業研修もしていたんですけど、最近天候が落ち着かなくて農家としては大変やり辛いんですね。
                  うちは9月が1番売り上げ高いんですけど、一昨年はそこに雨がずっと続いて本当に生命の危機を感じる出来事があって。
                  逆に言うと太陽のおかげで、太陽がないと自分は生きていけないって感じて。
                  どうしたらいいかって時に、バイオダイナミック的なアプローチでやろうと。
                  そこから今はバイオダイナミックを取り入れつつ。
                  面白いですよ。



                  バイオダイナミックを取り入れて何か気付いた事とかありますか?

                  種まきカレンダーっていうのがあって、いつもその話をするんですけど、研修中はトラウマでしかなくて(苦笑)
                  雨が降ってても根の日だから人参を収穫したり、この日っていうのが決まっているから雨だろうが雪だろうがやるので、それが凄いシンドくてもうあれから10年くらい開けなかったんですけど。

                  3日間、ズッキーニの種を蒔いたんですよ。
                  ズッキーニの種ってカボチャみたいに大きいのでほぼ100%近く発芽するんですね。
                  3日間、晴れる日があったので同じ条件、同じ時間で蒔いたんですけど、2日目の種だけ全然生え方が違って発芽してこないんですよ。
                  生えて来ても生気がなくておかしくて。
                  1日目と3日目のはちゃんと生えてるのに「なんでだろうなぁ」って考えて、「これ種まきカレンダーかな」と思って急いでカレンダー見たらその日だけブラックデイで。
                  バイオダイナミック自体も目に見えないからあんまり信じていなかったし、疑っていたんですけど、その経験から必ず守らなきゃいけないなって物になって。
                  リスク分散の為にも、何か指標があるのはありがたいですよね。



                  ORGANIC FARM 88のこだわりって何かありますか?

                  特にないですね。
                  無農薬・無化学肥料だとあまりよく思われない時もあって。
                  無農薬・無化学肥料っていうのが前に出ちゃって、それが目的みたいにとらわれがちなんですけど、僕は別に無農薬・無化学肥料をやりたいわけではなくて、さっき話した目的があって、その為にどういった事をすれば良いかってなった時に、農薬とか化学肥料が無い方が色んな良い事があるって、単純にそれだけなんですよ。
                  今のやり方が色んな面で効率が良いので、それがこだわりって言ったらこだわりなんですかね。





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                  〜繋がりのある生き方〜瀬戸内ノ巻

                  0

                    ベジタブルジャーニー39県目の岡山県に入りました^ ^
                    向かったのは、岡山県の南東に位置する『瀬戸内市』。
                    耕作放棄地となっていた谷間の畑を開墾し(現在4ha)、農薬や化学肥料、動物性肥料、除草剤等を一切使用せず、完全露地栽培で野菜やハーブを育てる、農業生産法人 株式会社『wacca farm(わっかふぁーむ)』さんにお邪魔しました。



                    アイヌ語で「水」を意味する『ワッカ』。
                    水のように循環する農業を目指し、自然界のあらゆる繋がり「輪っか」の中で育つ野菜は大量生産ができないものの持続可能な農業スタイル。



                    お話をうかがったのは、左からwacca farmスタッフ 『伊賀 正直(いが まさなお)』さん(38)。
                    wacca farm代表『佐々木 竜也(ささき たつや) 』さん(41)。
                    wacca farmスタッフ『清水 晶(しみず あきら)』さん(35)。

                    ベジタブルジャーニー132件目の農家さんです^ ^



                    代表の佐々木さんの生い立ちを聞かせて下さい。

                    島根県の隠岐の島っていう島で18歳まで育って、それから岡山県の大学を出て(卒業)、音楽やってたから、音楽の旅をしながら24歳の頃に子供が出来たんで、すぐこっち(瀬戸内市)来て、こういう暮らしがしたいと思って来たので、もうシンプルな感じです。

                    音楽の旅っていうのは国内?

                    うん、日本中をずっとヒッチハイクして周ったりとか。
                    今でいうフェスみたいなお祭りが色んな所であって、そういう所を周ったり。

                    佐々木さんが農業を始めた理由とは?

                    やっぱり子供が生まれて、田舎で『より人間らしい生活』がしたいなって思う所に畑もくっついて来るよね。
                    もちろん子供に良い物を食べさせたいっていうのは大前提だったんやけど、ジャガイモのでき方、作り方も知らんし、人参の種の蒔き方、種がいったいどうやって実るのかとか、そういう事を全て知らない俺が、子供をどうやって育てられるんだ?と思って。
                    自分がちゃんとそういう事を知ろうと。
                    自分が知っとけば、何か特別子供に教えてあげなくても伝わっていくんじゃないかなって。
                    子供を育てながら、一緒に学ぶことをしていきたいなと。
                    農業をやったり、こういう田舎で暮らしたりすると、より仲間とか、集落、隣の家とか、そういうコミュニティって凄い大事やなと思って。
                    農業とか田舎暮らしは仲間と一緒にやった方が良いって、単純な手の助け合いだけじゃなくて、想いの部分も色んなシェアが出来るし、逆にシェア出来ない事も土台に『農』があると凄くシンプルに解決する。
                    仮に解決せんでも、これで良しって思えるような事が、農的な暮らしが土台にあると大きな意味で解決していく。
                    そういう意味では、社会の問題にも照らし合わせられるし、心の問題、環境の問題、食べる事とか。
                    だから仲間と一緒に農業をやるって事を選んだかな。
                    キッカケは子供だったけど、少しづつ広がっていった感じ。



                    今まで見てきた農園で循環を意識している所では、動物性肥料として糞を使用する所が多かったんですが、wacca farmも見渡すと鶏や山羊が居ますけど、なぜ動物性肥料は使わないんでしょうか?

                    動物性を使わないっていうのは厳密に言うと、家畜として自分でエサを作って、手の届くところ(安全なエサ)でやってる動物性肥料に関しては、俺は全然良いと思っていて、うちでは30〜40匹の鶏の糞って俺らの広さ(4ha)からしたら微々たるものだから、基本的には鶏の糞は使ってないんだけど、外から持って来た動物性肥料は使わないと。
                    俺もwacca farm始める前に養鶏の仕事を3年ぐらいやった事があるんだけど、やればやるほど矛盾を感じていくようになって。
                    表向きは「放し飼い」「自然養鶏」ってうたってるんやけど、本当に表向きだけで鶏の事を考えていないやり方で。
                    wacca farmも立ち上げの最初の頃は、そういう動物性肥料をどんどん使ってやってたんだけど、家畜達の飼い方とか俺が矛盾を感じてた部分も、動物性肥料(養鶏場の糞)を使う事で、後押ししてる事になっちゃうから。
                    そういう意味で一切使わない。
                    でも自分でエサ作って飼ってる彼ら(鶏)の糞を入れませんって言ってるわけじゃなくて、循環の中の家畜っていうのは理にかなってると思う。



                    作った野菜に重点を置いている大切な事とかありますか?

                    最初は個人宅配やってなかったんやけど、3.11(東日本大震災)以降、個人宅配のお客さんも増えてきて、そういう人達に出すようになってから、植物性肥料って言ってもドーンって(マニュアル化された量を)入れるわけじゃないから、ほとんど無肥料の状態で、露地で今あった物を、今採れる物をお客さんに出すわけなので、俺たちが余計な手を加えない今の在る物をお届けするっていう『季節感』だったりとか、『暮らし方』だったり、『生き方』だったりシンプルな部分もお客さんに伝える事。
                    完全無欠な安全な野菜を届けるってよりは、想いなり『今のそのまま』を届けるって事かな。



                    ココの場所っていうのはどうやって?

                    ココは、まだwacca farmができる前の1人でやってる時に、すぐ隣の谷でやってたんやけど、wacca farmで大きく仲間と一緒やろうってなった時に、ココが全部空いてて谷がポッカリ山に還ろうとしてる状態で。
                    ココだったら上流に民家もないし、参拝場とかそういうのもないし、綺麗な水が流れてて、隔てられてるし、この谷としての『1つの生態系』みたいな中に自分たちも入れるかなと思って。



                    wacca farmのこだわりとは。

                    こだわっているようで、こだわってないかな。
                    まぁそこはみんなちょっと答えてみてよ。
                    (晶さん)
                    こだわらない事がこだわりです。
                    やっぱり正解はコレだ!って決めちゃうと面白くないというか、そうじゃない事を、私は畑で勉強しているような気がするんですよね。
                    今ある方法(やり方)だけじゃなくて、今ここにない方法も無数にあって、何かを選ぶ。
                    『なんでそれを選ぶのか』っていうところが私にとっては意味のある事なのかなって思うし、それがココ(wacca farm)では出来るかな。
                    私はそこがこだわりです。



                    (伊賀さん)
                    僕はホンマに竜也さんやなと思ってて、竜也さんがこだわっているようでこだわらないっていう感覚は何となく解って来つつ、その可能性を見たいなと個人的には思いながら、竜也さんの考えている事がこだわりと言うか、その先が見たいと思うのが個人的にはこだわりなんですかね。



                    (佐々木さん)
                    俺は何て言うか、晶みたいな事とか、伊賀くんもそうやけど、こんな事を言いながら野草を摘んでお客さんに届けている俺らが、1つの会社として社会の中に存在してる、やっていけてるっていうのは物凄い社会に対して1つのカウンターだと思ってて。



                    何が本当なのか、みたいなところを常に考えながら、本当も嘘もないやんみたいな事を、あぁだこうだ言いながら、でも季節巡って、あぁ綺麗だなみたいな。
                    そういう事をお客さんに伝えながら、もちろん大前提として、ちゃんと美味しい物をお客さんに渡して行くっていうのは大事な事なんやけど、何かもっと広い意味ではそういう想いがあるかな。
                    こんな事を言いながら会社がやっていけるっていう。
                    もっと大前提には『丁寧に暮らしていく』っていう事が含まれてるかな。





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                    〜固めない強い想い〜安芸高田ノ巻

                    0

                      続いて向かったのは、広島県『安芸高田市(あきたかたし)』。
                      戦国武将毛利元就の本拠地として知られ、広島県の北部に位置する市。

                      伺ったのは隣の庄原市から最近引っ越して来たばかりの無農薬・無肥料栽培をされている『あちゅらむオーガニックファーム』さん。
                      専業農家ではなく、飲食店も経営していて、広島市内で営業する『シェリーの畑』では自家農園の野菜を使った料理も振舞われている。
                      主に旦那さんは農園を。
                      奥さんは飲食店をと、二本柱で運営されています。

                      お話をうかがったのは、あちゅらむオーガニックファーム代表『栗栖 伸明(くりす のぶあき)』さん(39)。
                      ベジタブルジャーニー131件目の農家さんです^ ^



                      農法で言うと?

                      農法は無農薬・無肥料。
                      うちの奥さんは自然農って言ってるんですけど、厳密に自然農でやっている人から言わせたら違う部分もあるのかなと思うので、あえて僕個人としては自然農とはうたってはないんで、無農薬・無肥料でやってます。

                      有機肥料は一切入れてないんですか?

                      入れてないですね。
                      農薬は最初から一切使ってないですけど、始めた頃は有機な動物性の肥料も入れてたんですけど、それが果たして安全かと言うか。
                      例えば豚を飼ったり、自分達でその循環を作れば納得ができると言うかそういう物(動物性肥料)も入れてもイイかなとは思っているんですけど、今のところそういう事が出来る環境じゃないので、収量は少ないんですけど有機肥料も入れてないですね。

                      雑草はなどはどうするんですか?

                      雑草は抜く事はほとんどしないですけど、植えてる作物より大きくなったら刈って草マルチだったり上に乗せたりって感じでやってますね。

                      主力の野菜とかはありますか?

                      ベビーリーフを今後、主力にしたいとは考えています。
                      広島に有名な農家さんで『梶谷農園』さんってあるんですけど、こういうやり方があるんだと思って。
                      自然農とは対極する部分なのでバランスを観てやりたいなと思っていて。
                      農業以外に飲食店もやってるんですよ。
                      むしろ飲食店がメインで事業始めたので、自分で作った物(農作物)をお店で出したいなっていうコンセプトで。
                      ある程度、お店が回るようになったら農業だけでやりたいなっていう想いがあって、農業である程度やっていく為には、ちゃんと収益を上げる物(飲食店)をやらないとなと思って。
                      去年の冬に梶谷さんの所を訪れて、なるほどなと。
                      うちの店も当初から珍しい野菜を中心に作ってきたんですけど、もう少しスパンの早い小さい野菜も面白いかなと思って、それを主力にしようと今年は思ってます。



                      栗栖さんの生い立ちから、農家になるキッカケとは。

                      庄原市っていう所で生まれ育って、高校卒業して、コンピュータ系の専門学校で広島市内に出て。
                      地元が雪深い所でスキー場もいくつかあるんですけど、高校の頃から趣味でスノーボードを始めて。
                      専門学校を卒業して、就職する事もなく。
                      専門学校卒業した翌年に、スノーボードで知り合った友人が一軒家をみんなで借りて、住みながらスノーボードをするっていうダメな生活を6シーズン(6年間)冬場だけ生活するっていうのを26歳ぐらいまでやってて。
                      たまたま僕がお世話になってるスノーボードショップで今の奥さんが働いてて、そこで知り合って、彼女もそういう生活をしてたけど、付き合い始めるようになってからお互いそういう生活はしなくなり。
                      うちの奥さんは付き合い始める前から言ってたカナダにワーキングホリデーへ行って、僕は地元で不動産系の仕事をしてたんですけど、30歳を迎える事を機に、今後を考えたらずっとこの仕事をするのもどうかなと。
                      仕事を辞めて、彼女が居る海外へ行ったんですよ。



                      スノーボードも出来るし、仕事の蓄え(資金)もあったので2ヶ月間くらい放浪してたんですね。
                      最初はカナダのウィスラーっていうスキー場に居て、そこからバスで38時間ぐらいかけてオーロラを見に北上したんです。
                      その時にカナダのナイヤガラの方にファームステイしたんですよ。
                      それがこういう今があるキッカケなんですね。
                      そのファームステイしてた所のご夫婦がベジタリアンで、2週間ぐらいしか居なかったんですけど、『自分達で食べる物は自分達で作る』っていう生活をしていて。
                      日が昇った朝起きて、農業してという生活で、野菜だけでも充分に美味しくて、体調も良かったし、それがすごく衝撃的で。
                      日本に帰って来て何をしようって漠然と思っていた時に、農業をやろうかなと思ったんです。
                      うちの奥さんは自分で事業をしたいという想いがあったみたいで、だったら2人で飲食店を始めて、そこで使う野菜を作ったら良いんじゃないって感じで始めたんですね。

                      食べる物を自分達で作るって、その時は漠然としていたんですけど、下の子供が生まれた事がキッカケに、食について深く考えるようになったんですよ。
                      食べ物を選んで子供達に食べさせなきゃって思いが出てきて、添加物とかもこだわり始めて今に至ります。

                      自分がなぜ無肥料にしたかと言ったら、田舎だとちゃんと肥料を入れないと育たないって言われてて「本当に野菜は肥料入れないと育たないのかな?」っていうのがキッカケで。
                      なんか僕そういうところが変わってるみたいで、言われた事が本当かな?って思っちゃうとこがあって。
                      やってみたら、収穫までのペースが遅かったり、肥料やった方が早いし大きくなるけど、出来ない事はないなって。
                      こだわって自然農でやってるわけではないので、最初に言ったように循環出来るような仕組みが出来たら理想的だなとは思うんですけど、今はそう(自然農で)やってますね。



                      飲食店はカフェ的な料理?

                      今はカフェっぽい料理ですね。
                      うちの奥さんがワインを好きで出してるんですけど、ワインもオーガニックな自然ナチュールな物しか出してないんです。
                      ワインが好きで東京に飲食店の研修へ行った時に凄く影響を受けたお店があって。
                      生産者の事をお店が伝えようとしてると言うか、こういう想いを持って作ってる人のワインなんだよって事を、凄く熱い想いで提供したり話してたりしてて。
                      飲食店はそういう立場なんだなと思ったんですよね。
                      『生産者の想いを伝える事』も飲食店側の役目なんだなって事を思ったので、想いのある生産者の物を提供するっていう事に徹して、どういう人が作ってるか解るものだけでお店をやりたいなと思って、今はそれが出来てやってる感じですね。

                      最後にあちゅらむオーガニックファームのこだわりとは。

                      農園としてのこだわりは、安全な物を作っていくのは前提で、人が普通だろと思う事を普通だと思わないような、こだわらないってところを僕はこだわってるってところですね。
                      自然農にこだわりすぎないと言うか、こうじゃないといけないって事を自分の中に決めないという事。
                      固定概念を極力持たないようにしたいなとは思ってますね。
                      その時の自分が何を信じるかによって変わって来るとは思うんですけど、あまり突出して自然農とは言いたくないなとは思ってますね。





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